理性を裏切った夜に
季節はすっかり秋めいてきたが、仕事の疲れだけは夏と変わらない。のどごしを求めて今日も帰宅前にコンビニに立ち寄る。
そうだ、こんな夜は、バカの飲み物を飲もう。そう思い立った私はがぶ飲みメロンソーダを手に取った。ネーミングとパッケージから滲み出るバカさ。たまらない。

念の為補足すると、バカと呼ばせてもらってはいるが、決してバカにしているわけではない。バカのレッテル貼りをして民衆を扇動したいわけでもない。
これは一種の崇拝である。
あの禍々しい緑色の液体は、私の理性を試している気がする。透き通った宝石のような色彩に、逆に自分を見透かされているような感覚に陥る。
あの緑は、思考を焼く炎だ。殴り掛かられたような暴力的な甘さは論理を強制的に暗幕で覆う禁断の甘露であり、粗野で激情的な泡立ちと炭酸音は破滅を司る悪魔の呼吸と咆哮である。
気が付いたときにはもう遅い。「がぶ飲み」していたつもりが、実際には私たちが呑み込まれているのだ。
こうした危うい魅力が、あのネーミングとパッケージのバカさをより際立せている。
疲れたときこそバカの飲み物が飲みたいと感じるのは、私がまだ思春期に後ろ髪を引かれている証左かもしれない。学生のような軽やかな足取りで向かおうとしたその時だった。レジに、麗しい女性が立っていることに気が付いた。
彼女の魅力を言葉にしようとすること自体が、愚かしい。あれこれと修辞を尽くすより、「かわいい」とただ呟くほうがよっぽど真実に近い。
その美しさに抗うかのように、私は手に持ったがぶ飲みメロンソーダをそっと棚に戻し、ウィルキンソンの炭酸に持ち替えた。
気持ち儚げな、少し気だるい表情でレジに向かう。そう、私はカッコつけたのだ。
先ほどは勢いのままに小難しく語り散らかしたが、がぶ飲みメロンソーダはバカの飲み物だ。あの女性に、バカの飲み物を飲んでいるバカな男だと思われるわけにはいかない。
いや、待て。
カッコつけても何も変わらない。
私に今必要なのは、こんな無味無臭の炭酸なのだろうか。
違う。今、この瞬間、私を満たしてくれるのは、やはりあのバカの味しかない。踵を返してもう一度緑の悪魔と対面する。深く一呼吸を入れた私は、彼を手に取り先ほどよりも堂々と、毅然とした姿でレジにむかった。
思い過ごしかもしれないが、レジの女性は気持ち半笑いだった。
思わず萎縮してしまった私は、心の中で(いや~これ頼まれて買ってるんですけどね~?)と強めに念じ始めた。
女性「レジ袋ご入用ですか?」
私「あ、いらないです(俺が飲むわけじゃないけどね?)」
女性「160円です」
私「はい、IDで払います(俺が飲むんじゃないから後で請求するんですけどね?)」
女性「ありがとうございました」
私「ありがとうございました(ほんと自分のじゃないんですけどね)」
やっぱり、「かっこ」つけても何も変わらない。
どれだけ念じても、1ミリの想いも伝わっていないのだろう。
それでも理性を裏切ったその夜、私はいつもよりも勢いよく、がぶがぶと飲めたような気がした。バカみたいに大きなゲップがでた。
