クソつまらない毎日を過ごした”ヌマリックス女子期”
見えている世界は脳のマトリックスでしかない
映画「マトリックス」って観たことありますか?初めて見た時、音楽も映像も、そしてキアヌリーブスも大好き過ぎてめちゃくちゃハマった作品でした。
でも、当時はまだまだこの映画の深みを理解せず、ミーハー心♡で観ておりました。
今改めて考えると「事実」とは何だろう?今、見ていて、体験している事す全て「事実」なのか?意味不明な問いになりますね。補足ですると「誰の」「事実か?」です。
この宇宙はお1人様専用です
同じ体験をしていても、それに対しての「解釈」は世界の人口分、約81億万通りなんです。誰一人違う世界があるんです。そして誰1人一緒である人はいないんです。
よく親子だから、夫婦だから、友達だから「わかってくれている」なんてそんなは、自分本位な勝手な妄想または押しつけでしかないんです。
このことを知らなかった時って、本当に辛くて仕方なかった。だって誰も私のことをわかってくれないって思っていたし、逆に私はみんなを理解したいから、周囲の事ばっかり見ていました。そして、わかってもらう為に、一生懸命話続けていました・・・(よく話す人とは言われていましたが、意味がわかりました(-_-;))
私は、「みんなから理解されてい」って世界から、理解できないって事を知った時、心から「安心」したんです。
みんなひとりひとりの世界があるって事です。
なぜ、世界が違うの?
それは、体験したことを記憶する時、それぞれ得意な五感で捉えて、その感覚を過去の体験や信じている思い込みから分析して「解釈」という意味づけをして、カテゴリー分けして記憶します。
感覚×体験の記憶×信じている事=解釈
「解釈」に得意な味をつける
事実というものは存在しない。存在するのは「解釈」だけである。
そんなハズはない!だっていつもみんな話を聞いて納得してくれるもん!だからわかってくれているもん!って言いたくなる人もいるかも知れません。
だけど、全て、目の前の出来事も問題も「どう解釈したか」です。
自分の記憶そして脳に記録しているカテゴリーに、なんとなく似ている分野があれば、「きっとこんな感じなんだろうなっ!」ってことで、「わかるー」って言ってくれている。
すべて「その人の解釈」その人の世界の中での解釈になるから、同じではないんです。
そしてさらに大きく分岐するのは、その解釈に対する大義名分です。
要はどうしてその解釈をするか?を、どのように意味をしたかで、その出来事の「味」は変わる。辛くもなれば甘くもなる。
行動のプロセス
人は「解釈」によって見えてくる世界が全く変わります。そして、その世界での行動も全く違うし、入ってくる情報も変わっていくんです。
だから、本当に自分がなりたい姿があるならば、それを実践している人やそんな人がいる環境に身をおくことが早道とはいいます。
自分の周囲の5人の常識が自分の常識であって、5人の平均年収が自分の年収になると言われるぐらいです。
「解釈」と意味付けが、大きく関わっています。
さらには、行動のプロセスの中で選択するものが変わってきます。
行動のプロセスは
①感情(感覚)→②解釈→③出来事→④選択→⑤行動
行動のプロセスには、感情が先に生まれ、その感情に意味をつけて解釈して、その解釈に合う、出来事を選択して体験します。
例えば、
夏の明け方、暑くて目が覚めた時「イラっ」ってしたとします。これが、「怒り」の感情。
感情は、外的要因や体調から体感から起きていて(マニアックな話では、惑星、エネルギーで体感して感情が先に起きていると私は捉えています。)
そして、次に「イラッ」とした感情がある世界では、この「イラっ」と似たような過去体験した記憶を想起して、「解釈」を作ります。
その次に、「解釈」(信じている事実と思っているもの)に近い出来事に目が向きます。
そしてをそれを見て「イライラってする」出来事を目にして「やっぱり世界はイラっとする」世界が見えてくる。
そして「イラっ」と1日を体験します。
またはこんな事もありますね。
イラッとするから「今日夜飲みに行きたい」とか「ジムに行こうかな?」って行動を取ったり、無意識的にしています。
自分の感情に見合った、出来事に意識が向いて、その感情に見合った事ばかり増えていきます。そして、見える世界は”いつも”イラッとすると認定して確信度を上げていきます。
繰り返しになりますが出来事が、感情を作っているわけではなく、感情に対する解釈に見合った、世界を自分が選択して体験しているんです。
「解釈」すなわち意味づけが世界を決めている
どんな体験でも、そこにある感情はみんな違う事は、感じてもらえたかも知れません。
さらには、自分の得意な解釈で、そこにどんな意味を付けるかで体験は全く違う物になります。
これがパラレルワールドですね。同じ体験でも同時に「ネガティブ」も「ポジティブ」も存在していて、自分で選択している。
「人は、自分流の主観的な意味づけを通してしか物事を把握できない」という理論です。 人間は、事実をありのままに客観的に把握することは不可能であり、同じ出来事を体験したとしても、感じ方や受け止め方は人それぞれ異なります。
「クソつまらない毎日」を「自分史上最幸にする」テクニック
では、どうやって「クソつまらない毎日」を変えることが出来るんかな?
それは、自分がどんな意味づけをしているか?に気がつく事しかありませんね。
どうやって気がついたらいいの???????
それは、ネガティブ感情を伴う、出来事を体験している時こそチャンス!!!!!っていうか、ギフトあり!!!
みんな、ネガティブをなかった事にしたり、「悪」にしたいりしています。
いつどこで、それが「悪」っと意味を付けたんでしょう?
ネガティブは生命維持機能でしかありません。要は危険回避か闘争能力です。これが闘争か逃走か反応です。
だから、この感情があるときに視座を上げる質問をしてみるんです。
「この体験から何を学ぼうとしているの?」
「なぜ、この体験を自分に選択させたの?」
「この体験にどんな意味を付けたいの?」「それは、本当なの?」
自分に合うこんな問いをしてみてください。
この答えの中に、自分世界にある思い込みが見えてきます。
自分が作っている「マトリックス」に気がつきます。
このマトリックスは、「自分史上最幸にする」ことだって出来るから、
自分の感じている感情を悪者にしない。
ネガティブが浮かんでも全く問題ないし、メンタルが弱い人ではないです。
気がついたら80%解決です。
①今感じている痛みをなかった事にはしない
②痛みを感じきって、そのメッセージを受け取って「感謝」に変換
③そして、自分のマトリックスの再設定
クソ楽しい毎日へ変化しちゃいましょう!
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
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