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大人は持ってない子どもの特別な瞬間


子どものお茶目で何気ない日常を
切り取った写真。

あれ良いですよね。

いくつか僕のフォルダに入ってる
こどもたちの写真を載せておきます。


夏の水遊びバシャーン!
桜をふぅーとひと息!
コウモリ!
新一年生!春!



変な顔をしたり、
変なポーズをしたり、
思い切り笑ったり、
いたずらをしたり。

そんな何気ない一瞬が、
たまらなく愛おしく感じます。

僕はふと考えました。

なんで子どもがふざけている写真は
こんなにも可愛く見えるんだろう。


一方で、大人が同じように
ふざけたことをすると
子どもっぽい、ふざけすぎ、
と批判されることもあります。

SNSでも、
おバカな投稿は厳しい目で
見られることがあります。

この違いはなんなのかな。

そう考えたとき僕は、
大人は子どもに対して
まだ幼い、まだ成長の途中、
まだ失敗してもいい存在。という、
どこか温かな眼差しを
持っていることが本質なんじゃないかと
思いました。

だからこそ、子どもがどんなにふざけても、
それを仕方ないと受け止める思いの中に、
可愛い、愛おしい、お茶目だな、
と感じることがあるから
笑顔になれるのだと思います。

そこには、子どもを守り、
愛おしむ人間の
本能のようなものが
あるのかなって思います。

だからこそ、

子どものふざけた姿は、
子どもの時にしか撮ることのできない
特別な瞬間なのだと思います。

大人になれば、
同じことをしても違う意味で
受け取られてしまうことがあります。

もちろん、映画やドラマ、広告のように
演じるという前提がある世界では、
大人がふざけることも一つの表現として
成立します。

けれど、何気ない日常の中で、
心から無邪気にふざけられる時間は、
子どもだけに与えられた
特権なのかもしれません。

だから僕は、子どもを撮影するとき、
笑顔だけではなく、茶目な表情、
ちょっといたずらをしている瞬間も
大切に残したいと思います。

それは大人になってからでは
残すことのない
その子だけの時間だからです。

写真には、
その瞬間しか残せない価値がある。

子どものふざけている写真に
心が惹かれるのは、

きっと子どもという存在を特別に
愛おしく思う、
人間の優しさや本能が
そこにあるからなのだと、僕は思います。

公園にドア!
家散らかしときました♪
寝っころがるぜ!!
パパみてー!
ベンチは気持ちいい〜
たくさんシャボン玉作るぜ〜
鬼滅の刃観た後だから真似しちゃうぜ〜
たまに気になるねん♪
にらめっこしましょ〜
さぁ撮ってくよ〜
声が響くトンネル
ふわふわドーム気持ち良いね
煌めくシャボン玉
アイスクリームたくさん食べたご馳走様!
夏最高ー!

文章・写真 ©️Yuya Kiyosuke

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