連載企画『ギターの歴史』
「アメリカン・ギター ~MARTIN~ vol.8」
ECシグネチャー・モデルの誕生
前回のコラムでは、近代ギターの歴史に金字塔を打ち立てたモデル、マーティン D-45の誕生秘話とその再生産に関するストーリーを紹介した。今回は、90年代初頭から巻き起こった熱狂的なアンプラグド・ブームの象徴ともいえる、エリック・クラプトンのシグチャー・モデルに関して紹介しよう。
1992年にリリースされたクラプトンのライブ・アルバム『アンプラグド ~アコースティック・クラプトン~』は、全世界で2,600万枚以上のセールスを記録し、ライブ・アルバムの中で歴代最も売れた作品としてギネスブックに掲載されている。それまでエレキギターの神様として男性ギター・ファンに強く支持されてきたクラプトンだが、この92年を境にアコースティック・ギターの神様となり、コンサート会場には男性ファンを大きく上回る女性ファンが詰めかけた。
それまでマーティン・ギターといえばドレッドノートと決まっていたが、クラプトンがあのライブで手にしていたのは、1930年代の000-42という誰も見たことのないやや小型のヴィンテージ・ギターだった。マーティン社やギター・ショップには連日このモデルに関する問い合わせが殺到し、半世紀も前に生産中止になった過去のレアモデルが大きくクローズアップされるという異常な現象が長い間続いていた。もちろん当時000-42は生産されておらず、000-28や000-18といった一部の000シリーズは生産されていたものの、もともとドレッドノートの数十分の一というごくわずか生産量であるため、相次ぐ注文に対応できるはずもなかった。000モデルの品不足はその後2~3年間続き、需要に生産が追いつくようになったのは90年代半ばになってクラプトンのシグネチャー・モデルが発売された頃だった。
ハードロックやヘヴィメタル、ニューウェーヴ、テクノポップが吹き荒れた不遇の80年代をじっと耐えてきたマーティン社が、そんな絶好のチャンスを見逃すはずはなかった。しかし、80年代に会社の規模を縮小し、生き延びることで精一杯だったマーティン社が、新たな製品作りと量産化に対応するだけの体制を整えるには、数年という長い歳月を要した。
1993年頃、マーティン社は正式にクラプトンとのコラボレーションを考え、彼のシグネチャー・モデルを企画するとともにその実現に向けて準備を始めた。クラプトンは80年代前半から、アルコールやドラッグに溺れていた過去の自分と真剣に向き合うようになり、イギリスの断酒会にも積極的に参加するようになったが、いつの日か自分と同じような状況に苦しんでいる人々に手を差し伸べることを考えるようになった。彼は以前からカリブ海東部に位置するアンティグア諸島にある別荘で過ごすことも多く、やがてこの地にアルコール依存症の患者を救済するための専用医療施設の建設を計画した。その施設となるクロスロード・センター・アンティグアが開設されたのは、1998年である。クラプトンは自分のシグネチャー・モデルのロイヤリティの一部をクロスロード・センターの運営資金に当てることで、マーティン社とのコラボレーションを積極的に行うようになった。
マーティン初のクラプトン・シグネチャー・モデル、エリック・クラプトン・リミテッド・エディション 000-42ECが発売されたのは、1995年のことである。そのモデルは、アルバム『アンプラグド』の中で使用された1930年代末の000-42の仕様を意識したデザインで、まさしくクラプトン・ファンが待ち望んでいたものだった。スノーフレイク・ポジション・インレイ、エボニー・フィンガーボード、インディアン・ローズウッド・バック&サイド、シトカスプルース・トップ、アバロン・トリムといった豪華な仕様で、アルバム『461 オーシャン・ブールバード』にちなんで461本が限定生産された(そのうち28本がシェード / サンバースト・フィニッシュ)。当時の価格は8,100ドル(シェード・フィニッシュは8,320ドル)。このモデルは、当時クラプトン・フリークやアコギ・フリークの間で大きな話題となり、限定生産だったことやマニアックなヴィンテージ・スタイルだったこともあり、高価であったにも関わらず一瞬にして完売。多くのマーティン・ファンやクラプトン・ファンが憧れる幻のモデルとなったのと同時に、クラプトンがいかにギター・シーンに多大な影響を与えているかが浮き彫りとなった。
このモデルを買いそこなった多くのクラプトン・ファンや、高価であったため買うことを躊躇していたギター・ファンは、もっと一般の人々にも手が届く価格帯のシグネチャー・モデルの発売を強く望んでいた。そしてその回答としてマーティン社が用意したモデルが、翌96年に発売されたレギュラーのシグネチャー・モデル、000-28ECだった。このモデルはクラプトン・ファンを中心に爆発的なセールスを記録し、発売されて29年経過した現在も人気モデルとして広く知られている。
次回のコラムでは、この000-28ECに関して、詳しく紹介しよう。
Text by MINORU TANAKA



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