初恋は呪いだ。
初恋って、いかにも甘酸っぱい味がしそうな響き。淡い青春の思い出とか、レモン味とか、何やら素敵な色が付けられているイメージだが、私はそうは思わない。
私が鮮烈に「初恋」を意識したのは、少女漫画の甘い恋模様でもなんでもなく、太宰治の「人間失格」である。
いやいや、人間失格と初恋関係ないやろボケ、何言うとるねんという感じである。
初めて読んだのは、私が中学2年生の時。
厨二病真っ盛り。本屋でたまたま目にした、当時デスノートの作画担当の人が表紙を飾っていた「人間失格」に並々ならぬ引力を感じ、吸い寄せられるように文庫本を購入した。
この本に描かれている主人公はまさに自分だ!と、葉蔵と自分自身を重ねて読んでしまう人が多いと言われる、人間失格。
私は一度として葉蔵に自己投影したことはない。
確かに子どもの時の意識って意外と鋭いよね〜という共感はあったが、これは自分の物語だ!と思う程、自分と似ているとは思わなかった。
こういう人もいるんやろなあぐらい。
何となく読み進めていた人間失格。
そこで私は出会ってしまった。
文学がこんなに魅力的なんだと、心臓に直接カウンターパンチをくらった強烈なシーン。
葉蔵が、ツネ子という女性と出会い、心中するまでの11ページだ。
ツネ子は酒池肉林という、何でそんな名前付けたんやと言いたくなるようなカフェで働いている女給だ。
葉蔵とツネ子が初めて出会ったシーンの一部を抜粋させて頂く。
「そのひとの傍にいる事に心配が要らないような気がしたのです。」
おお…。
葉蔵はとにかく、世間や人間に怯えている。しかし、何故かこの女性と共にいると安心する、と。ええやん…素敵やん…。
ツネ子は旦那が詐欺罪で刑務所におり、毎日面会に通っている。
「けれど、あすから、やめます。」
と話す、きっと寝転がる葉蔵の横に座り、侘しげな横顔で俯いているんだろう。
なんて幸薄そうな女なんや、ツネ子…。
後日、葉蔵は友達のアホの堀木と共に酒池肉林を尋ねる。堀木がツネ子を見て、こんな貧乏くさい女はないっしょ〜みたいなことを言う。失礼すぎるやろが。しかしそれほど、ツネ子は悲壮感の漂う女性なのだ。
葉蔵はツネ子とお酒を飲み、微笑み合う。
そのシーンの一説が、中学二年生の私の心をぶち抜いた。
「ツネ子がいとしく、生まれてこの時はじめて、われから積極的に、微弱ながら恋の心の動くのを自覚しました。」
ツネ子は葉蔵にとっての初恋の女性だったのだ。私は感動した。
葉蔵はこれまでに散々女性と関係を持ってきたが、葉蔵にとってツネ子は他の女性とは異なる存在だったのだ。
中学二年生の私は思った。
恋ってこういうことなんや…。
見た目が可愛いとかかっこいいとかそういう表面的なことではない。その人がいてくれるだけで安心できるような、そんな存在に出会うことが、恋。
恋って美しいし、尊い。
しかし、感動していたのも束の間。
次の日の朝のシーンを抜粋する。
「夜明けがた、女の口から「死」という言葉がはじめて出て、」
うっそ、もう死ぬん?早ない…?と、私は驚きを通り越して草を生やした。
いやいや、これから始まるところやん!?
昨日の晩に好きって気づいたんやん!
ツネ子も好いてくれてそうで両想いやし、これから二人で思い出いっぱい作っていけばいいやんか〜!
まあでもツネ子は旦那もおるし、それでも二人でいたいのに…ならば、死んで一つになるしかない…。みたいな感じで一緒に死ぬならわかるけども〜!
私は心の中でバシバシ突っ込みを入れた。
結局、二人は入水自殺を図った。ツネ子は亡くなり、葉蔵は未遂に終わる。
死に損なった葉蔵が、病室のベッドでシクシクしているシーンを抜粋する。
「そんなことより、死んだツネ子が恋いしく、めそめそ泣いてばかりいました。本当に、いままでの人の中で、あの貧乏くさいツネ子だけを、すきだったのですから。」
中二で買った文庫本のこの一説に、シャーペンで線が引いてある。過去の私の感動の軌跡が今に伝わってくる。それぐらい好きな一説なのだ。
この二人は出会ってすぐ互いを安心できる存在であると認め合い、生きていく呪縛から解き放たれようと共に死ぬことを選ぶ。
それが、海底で抱き合いながらずっと二人潜り続け、いずれ深海に溶け合っていくような、優しくて心地よくて儚い、そんなイメージを私に埋め付けた。
初恋ってこんなに暖かくて、安心できるものなんや…。ほんで、恋の終着点は心中なんや…。
そう、中二の私は思った。
厨二病も真っ盛り、こういう思考になるのは致し方なかった。
しかし、今にして思う。
この初恋心中シーンのせいで、私の恋愛観は随分と狂わされたものだ!!!!!!
私の初恋は中学ニ年生だが、とてもこんな抒情的なものではなかった。
付き合った途端に相手から距離を取られ、私は激怒し、どうして何も言ってくれへんの!?と相手を引っ叩いた。
彼の頬はその晩、何も食べることができないほどに膨れ上がったらしい。
恋って、お互いのことは何でもわかっているような、そんな安心感のあるものなんじゃないの!?と私は思った。
高校生の時にできた彼氏には浮気されてた。
よくその彼に、何で私のことわかってくれへんの…と、泣きついていたことが思い出される。
しかし、大学の時に付き合った彼は、これまでの人生で一番、この人間失格の初恋心中イメージに近い安心感を与えてくれて人だった。付き合い始めの頃、同じセリフ同じ時、思わず口にするような、ありふれたこの魔法で作り上げていた。恐らく、ベースの感覚は似ていたもの同士だったんだろう。
私は彼と結婚するつもりで付き合っていた。結婚しよね♡とかしょっちゅう言ってたし、初めてお泊まりした時には嬉しすぎて泣いた。
私達、きっと元々一つの身体だったのが分裂した二人で、こうなることが運命やったんやね…♡とか言い合ってた。
それでも別れは来た。別れる前なんて、この人まじで何考えてんの?意味わからんと思ってた。
そんなもんなのだ。
恋なんて…。
一緒に死んで一つになろうなんて、言ってくれた人は一人もいない。
…まあ実際に言われたら怖いけど。
それからの私は、まあ長く付き合ったりもありはしたが、付き合っては別れを繰り返し、恋愛遍歴と経験人数だけで無駄に増えていく。
今の彼氏は今までで一番結婚をイメージできたが、よくすれ違っている。
安心感はあるような、ないような。
付き合ってまだ三ヶ月なのに、すでに別れそうになったりもした。
太宰先生、あなたの描いていた初恋心中イメージは、あなたにとってはノンフィクションでも、超普通人類の私には程遠いフィクションだったんですね…。
私はその呪いのせいで、随分恋愛で苦労してきました。
付き合ってきた彼らにとっては、きっと重みのある変なイマジネーション押し付けられて、辛かったに違いない…。
ごめす。
これを読んだ人はきっと、いや、そんな幻想勝手に抱いてもさぁ…と思って読んでいたに違いない。あなたは何も間違っていない。
初恋は呪いだ。
私は今でもまだ、初恋の呪いから片足ぐらいしか抜け出せずに失敗ばかりしている…。
アーメン
