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統一教会:フレイザー報告書のフレイザー委員会

8324文字

統一教会の調べで最も重要と思われる「フレイザー報告書」のフレイザー委員会のwikiを、名前と顔と立場を一目でわかるようにした。役に立ったら投げ銭を下さい!m(_ _)m

ワシは、フレイザー報告書を翻訳していた。それを読む前にフレイザー報告書とフレイザー委員会についてのお勉強だ。このウィキはちゃんとしている。私はここに記載されているフレイザー報告書のこの部分を読んだのだ。

フレイザー委員会

フレイザー委員会(国際関係委員会国際機構小委員会)は、1976年から1978年にかけて開かれたアメリカ下院の委員会であり、コリアゲート事件に関する調査を行った。委員会は1977年11月29日に447ページに及ぶ報告書を発表し、この中で大韓民国中央情報部(KCIA)がアメリカの関係機関に対して行った秘密工作活動について報告した。委員会は、中央情報局(CIA)の機密文書などに基づき、文鮮明が設立した統一教会がKCIAの部長である金鍾泌の指示のもと「韓国政府機関」として再編成され、アメリカや日本で政治活動を行っていることを明らかにした。

フレイザー報告書では、自身、フレイザー委員会のことを「小委員会」と述べている。

KCIA部長の金鍾泌

1978年11月1日に、最終的な報告書である「韓米関係の調査」が公表された。この報告書は、議長であるミネソタ州選出のドナルド・M・フレイザー下院議員にちなんで「フレイザー報告書」と呼ばれる。

ドナルド・M・フレイザー

概要

フレイザー委員会は、米韓関係に関する詳細な調査を実施し、一連の公聴会を行った。この公聴会は多くの注目を集め、当時のアメリカのメディアではコリアゲートという言葉が広く使われるようになった。

この公聴会で、中央情報部(KCIA)の元部長である金炯旭は、韓国への米国の販売を独占していた実業家・朴東宣がワシントンでロビー活動を行う代わりに、便宜を図られたと証言した。また、金炯旭は、公聴会の1ヶ月前に、韓国の朴正煕大統領が彼の証言を妨害しようとし、証言を続ければ誘拐や暗殺を命じたと証言した。

金炯旭           朴東宣           朴正煕

アメリカ統一教会の様々なメンバーは、教会の構成員が議会に対してロビー活動を行っていたと証言した。一方、アメリカ統一教会のリーダーであるダン・フェファーマンは、公聴会に対してあまり協力的ではなく、いくつかの質問には回答を拒否している

統一教会に関する調査

フレイザー委員会は「コリアゲート」に関連して、統一教会も調査の対象としている。この件に関して、同委員会に協力した元大韓民国中央情報部(KCIA)部長の金炯旭は、「韓国ではほとんど知られていない統一教会が、アメリカで何千人もの若者を動員して活動していることは、不思議である」と述べた。また、委員会の特別調査団は1977年12月に日本を訪れ、統一教会の日本における政治活動や、在日KCIAによる在日韓国人への監視活動も調査の対象としている。

KCIA部長「金炯旭」は話しすぎて殺されたみたいだね。

1978年3月15日、フレイザー委員会は708ページの記録文書を開示し、1963年2月の中央情報局(CIA)秘密文書を紹介した。この資料によると、大韓民国中央情報部(KCIA)創設者の金鍾泌は、当時27000人の会員を持つ教団を政治的に利用し、教団は農村を中心に勢力を拡大していった。教団は莫大な資金力をもち、農村の有力者に金を配って行った。文鮮明はあくまで「表向き」の代表だったという。一方、教団側はこれを否定している。

KCIA部長の金鍾泌

同年3月22日、フレイザー委員会の公聴会で、KCIAから統一教会を通じ、日本に不自然な資金の流れがあったことが明らかになった。委員会関係者は「日米韓の三国間でかなりの金が動いたことは確実」とした。委員会は文鮮明の顧問・朴普煕を証人喚問し、厳しい追及の結果、KCIAから現金を受け取ったこと、その金を教団の女性信者に渡したことを証言させた。

メガネが旧統一教会の古参幹部『朴普煕』(文鮮明師特別補佐官)

朴普煕は「1976年に、KCIAの関係者がワシントンにある朴普煕の自宅を訪問した。KCIA関係者は、統一教会の日本人信者に金を渡すように命令されたことを明かし、3000ドルを手渡した。その後、命令されたとおりにソウルで教団の日本人信者にその資金を手渡した」と述べた。

江利川安栄:今は「日本サンクチュアリ協会」の会長

この信者は江利川安栄で、元々韓国生まれだったが、その後日本に帰化した。江利川は日本での指導的立場にあり、たびたび韓国やアメリカを訪れていたとされる。このほかにも、米国議会関係者の証言として、最低、数人の自民党の国会議員が統一教会に入信していることを明かした。読売新聞は、KCIAが教団を通じて、日本政界に資金を流入させていたとみている。

なお、教団側は朴普煕の証言を大筋で認めるも、金鍾泌がKCIA関係者であることは「当時は」わからなかった、としている。

ワシ:え〜〜っ!金鍾泌がKCIA関係者であることは分からなかったぁ〜〜!!
殺されたKCIA部長「金炯旭」の発言の方を推すなぁ〜。

同年6月6日、フレイザー委員会は、統一教会の教祖である文鮮明に対し、任意で証言を要請するも応じず、強制的に出頭を命じる令状を発行したが、召喚状が到着する直前に「出国」したことを明かした。同委員会は、文鮮明所有の銃器製造企業「統一産業」は韓国国防部と密接なつながりがあり、ライフルや機関銃などの武器を大量に政府に納入しているとしている。また、「統一産業」がどのような経緯で韓国最大の武器製造会社になったか謎であり、教団と韓国政府の関係について証言を求める予定だった。


同年6月22日、統一教会は、フレイザー委員会とドナルド・M・フレイザー委員長に対して、3000万ドルの損害賠償請求訴訟を起こした。同委員長はこの訴訟を、調査を差し止めて文鮮明に対する尋問を阻止する目的があると説明した。

ドナルド・マッケイ・フレイザー

フレイザー報告書

1978年11月1日、委員会は、最終報告となる「韓米関係の調査(Investigation of Korean-American relations)」を公表。これは後に「フレイザー報告書」として知られるようになった。

報告書は、韓国がホワイトハウスに情報ネットワークを構築し、米国議会やマスメディア、宗教、教育に影響を及ぼす計画を持っていたこと、また、1970年にニクソンがアメリカ軍の一部を韓国から撤退させた直後、実業家の朴東順(宣)がアメリカでロビー活動を開始していたことも明らかにした。

朴東宣(Tongsun Park
wikiは名前の字を間違えてないか?順➡宣

また、大韓民国中央情報部(KCIA)と統一教会の教祖である文鮮明が共謀して、米国議会に対して贈賄等の政治工作を行い、何百万ドルもの資金を違法に調達して国境を越えて移動させていたことを明らかにした。統一教会については「文鮮明機関(The Moon Organization)」という呼称を用いた。

文鮮明が関係している多数の教会、企業、委員会、財団その他の集団は、文の中央集権的な指導と統制下にある事実上、単一の世界的機関の一部分であることが判明した。(中略)それは宗教、教育、文化、思想および政治上の事業をも含んでいるという点で多国籍企業を上回る存在である。それは、下級構成員の訓練と利用の点では準軍事組織に似ており、その他の点では厳格な規律をもった国際政党の特徴を備えている。
これらの多数の組織の間には、主として諸組織間の人事異動や財政の混合の点で、あれこれの構成要素を一体であるかのように使用する点で、そしてもちろん、文という人物において、たえまない、緊密な交流がある。当小委員会は、それらは単一の団体だという見解に到達したのであって、本報告書ではそれらを総称して文鮮明機関と呼ぶ。

— 『韓米関係の調査』C編第5章「序論」、1978年11月1日。

1974年:ウォーターゲート事件の渦中、ニクソン大統領と文鮮明はホワイトハウスにて面会した

報告書は、KCIAの職員が米国下院議員のスタッフとして入り込み、一部の教団信者が議会事務所でボランティアとして働いていたこと、またKCIAと文鮮明が設立した「韓国文化自由財団」という非営利団体が韓国の「パブリック・ディプロマシー」を担当していたことを認めた。 また、ウォーターゲート事件に際しての、統一教会によるニクソン支持の動きに対して、KCIAが影響を与えていた可能性についても調査した。

パブリック・ディプロマシーまたは公共外交とは、自国の対外的な国益と目的の達成のためにおこなわれる外交活動の一種。広報文化外交。広報外交。対市民外交。国益のために国家が意図を持って行うプロパガンダ(広報戦争)のこと。

ワシントンにある教団関連団体「自由指導財団(FLF)」の元会長のアラン・テート・ウッドは、アメリカ国内での統一教会の政治的目標とKCIAの政治的目標は「完全に重なり合っていて、その間には何らの差異も認められないほどである」と証言した。

委員会の報告書はまた、KCIAがアメリカの大学に資金を提供し、政治的な影響を与えようと計画していたことも明らかにした。また、KCIAはアメリカに住む韓国人が大韓民国政府の政策に抗議すると、嫌がらせや脅迫を行っていたとも述べている。リンク

韓国の学術ロビー、ブルース・カミングス、サンフランシスコ大学日本政策研究センター。
1996年5月、フレーザー委員会は、韓国中央情報局(KCIA)の1976年の米国における作戦計画を入手した。この計画には「学術界および宗教界における作戦」と題されたセクションが含まれていた。この計画では、米国における反韓国派の学者の態度を変えるために資金をばらまくことが求められていた。委員会は次のように結論付けた。「…韓国政府は助成金を利用してアメリカの大学に政治的影響を与えようとした…KCIAはこれらの取り組みに大きな役割を果たした。」


その後

「コリアゲート」に関与したリチャード・T・ハンナは収賄で有罪判決を受け、禁固刑を言い渡された。リンク

エドワード・R・ロイバルは、朴東順(宣)から献金を受け取ったことを報告しなかったため問責された。チャールズ・H・ウィルソンとジョン・J・マクフォールは懲戒処分を受け、下院議員・エドワード・J・パッテンは無罪となった。エド・ダーウィンスキが韓国政府に米国の機密情報を漏洩させた疑惑は結論が出ずに終わった。

エド・ダーウィンスキ
ジョージ・H・W・ブッシュ政権にて初代アメリカ合衆国退役軍人長官を務めた。

金炯旭1979年10月に失踪、7日午後7時頃に東洋人とカジノを出たのを目撃されたのを最後に消息を絶った。当時のKCIA長官・金載圭の命令で暗殺されたとみられる。(公式的には確認されていないようだ)

金炯旭           金載圭          朴正煕

そして、1979年10月26日に金載圭は朴正煕大統領も暗殺する。(時期が近すぎるが違う理由だね)
1979年、朴正熙大統領の暗殺後、ソウルの春と呼ばれる民主化ムードが続いていた。

光州事件

光州事件は、1980年5月18日から27日にかけて大韓民国の全羅南道の道庁所在地だった光州市を中心に発生した市民による軍事政権に対する民主化要求の蜂起である。

もの凄いですね

軍による一斉射撃などで一般市民に多数の死者を出した。この事件では、市民側の目的である民主化達成と軍事政権を倒すことはできなかったが、7年後、1987年に軍事政権側が6・29民主化宣言を出し、言論の自由と大統領の直接選挙を認めた。

金鍾泌

コトバンク

金鍾泌は、1979年の朴正煕暗殺以後は議会の有力政治家に再び復帰したかったが、1980年5月に新たにクーデターを引き起こした新軍部によって「権力型不正蓄財者第1号」と指定され、戒厳司令部に連行され、政界から追放。弾圧される側となった。

1984年に渡米し、1985年政治活動解禁。1986年に帰国後、新民主共和党を結成した。

「コリアゲート」の後、アメリカに逃げることが出来るの??(°_°)
謎。

でも統一教会はアメリカユダヤに利があることばかり。「コリアゲート」やフレイザー報告書って、まだ正義がアメリカに残っていた時代の名残って感じもするんだよな。


国際勝共連合側の反論

  • 事務局より 2022.11.30(安倍暗殺の後)

「フレイザー委員会」最終報告書について

 国際勝共連合と、友好団体である世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する昨今の報道において、1978年11月に米国下院の「フレイザー委員会」(国際関係委員会国際機構小委員会)が公表した最終報告書をもとに、以下のような言説が繰り返されています。

「KCIA」を結びつける各種報道

「朴正熙政権時代、文鮮明教祖が大韓民国中央情報部(KCIA)の指示で、反共政治団体である国際勝共連合を創設したのが1968年のこと」(産経新聞2022年10月28日付)

「その(韓国政府の米政界への)工作の重要な『実働部隊』となったのが、文鮮明率いる旧統一教会の関連組織だったのだ」(集英社オンライン2022年10月26日配信)

しんぶん赤旗は8月28日配信の「統一協会 危険な二つの顔」「勝共連合 反共・反動の先兵」と題する記事で、次のように報じています。
 「米韓関係を調査した米国下院フレイザー委員会の最終報告書(78年)は、61年にクーデターでうまれた朴正煕軍事独裁政権のもとで謀略工作機関『KCIA(韓国中央情報部)』が統一協会を『組織』し、『政治的用具』として利用してきたという情報を記しています」

ウィキペディアにも「フレイザー委員会」のページで、「同委員会は中央情報局(CIA)機密文章を紹介し、1954年に文鮮明によって設立された統一教会は、1961年に大韓民国中央情報部(KCIA)部長の金鍾泌の指示で『韓国政府機関』として再組織され、アメリカや日本で政治工作を行っていることを明らかにした」などと明示しています。

以上のように、当連合や旧統一教会がKCIAによって「組織」され、「政治の駒」として利用されてきたかのような指摘が現在も散見されます。

昨今の状況を鑑みて、当連合としても改めて説明することにいたします。

フレイザー委員会「未確認情報」を無責任に公開

 まず、フレイザー委員会の最終報告書では、354ページで「KCIAの長官であった金鍾泌が統一教会を創設した」との主張を撤回しています。

 そもそもこの主張は、1970年にソウルからワシントンに報告された米CIA(中央情報局)の未確認情報を、同委員会が78年3月15日、無責任に公開したことに端を発しています。「統一教会が韓国政府の政治的な道具として、初代KCIA長官の金鐘泌氏の手で1961年に創立された」といったものでした。

うん、これはありえない。でもそういう意味では述べていない。
金鍾泌は(もともとあった)統一教会を韓国政府の政治目的のために「組織化し、利用する」意向を表明した・・だ。

 現在では調べればすぐに分かることですが、統一教会が文鮮明総裁によってソウルで創立されたのは1954年5月1日であり、朴正熙大統領と金鐘泌(キム・ジョンピル)氏が権力を握る61年より7年も前のことです。

 当の金氏も、「当時KCIAの長官だった私は、文鮮明氏の名前を本国では知りませんでした。私が1973年4月に韓国を離れた時でも、私は文氏の名前も知りませんでした。アメリカに到着して初めて彼の存在を知りました…」と述べています。

それは嘘くさい。そう言わないといけないだろ?そもそもコイツらと既に身近な知り合いだ。1962年10月22日~26日。神奈川県小田原市の小田原で開催された道徳再武装運動(MRA)世界大会。1973年4月に韓国を離れた、その理由の情報が見当たらないな。

当時の読売新聞が訂正記事を発表

 同委員会の報告書をもとにした読売新聞は78年3月16日、「統一教会は金鍾泌氏らが設立」との記事を発表。ところが読売新聞は同年9月23日、この記事について、「その後の調査の結果、事実に反し、穏当を欠く表現がありました。このため、宗教法人である世界基督教統一神霊協会にご迷惑をかけました。お詫びの上、訂正します」と、訂正記事を発表しています。

読売がシロウト。報告書を落ち着いて読めば「”統一教会”は金鍾泌氏らが設立」という文ではないのだ。

フレイザー委員会が米国議会の権威をもって、「統一教会は韓国政府の道具である」といった虚偽の情報を公開したため、それらが新聞報道などを通して事実であるかのように吹聴されてきたのが真相と言えるでしょう。

統一教会は韓国政府の反共産主義プロパガンダの道具でもあるが、統一教会の教義は本気で反共産主義。韓国政府も統一教会に至れり尽くせり、どっちが上、下というのを感じないね。

最終報告書に対する米国統一教会の反論

 この他にも、同委員会の最終報告書では、文総裁の説教などを盛んに引用していますが、その引用すら正確になされておらず、誤った結論を導くために巧みに変えられていることにも注意が必要です。

 そして何より、最終報告書に対する米国統一教会の反論書(79年1月発行)の、次の結論部分を心に留めていただきたいものです。
 「(統一)教会はいかなる犯罪または違法行為においても有罪だと証明されなかった。事実、教会に関しなされた主要な告発について小委員会自体が、嫌々ながらであったとしても認めたように、それらは真実ではないとすべて露見したのである」

「(統一)教会はいかなる犯罪または違法行為においても有罪だと証明されなかった。➡有罪だと証明されなかった。それは事実。統一教会のヤバさはもっとデカいんだ。これはフレイザー議員も理解できてない。

「フレイザー議員はソ連の工作員」との証言も

ないないないないwwww 見事な報告書で感心したわ。

当時からフレイザー委員会が政治的に偏向し不正があると、共和党議員をはじめ、マスコミ関係者などからも非難されてきました。

 さらに、同委員会の委員長ドナルド・フレイザー下院議員は、ポーランドからアメリカに亡命した情報将校ヤヌス・コハンスキー(Janusz Kochański)氏によって、「米議会内でソ連のために秘密裏に活躍する『影響力のあるエージェント(工作員)』だ」と証言されています(この点について、インテリジェンスの観点から真実がさらに明らかになることを期待します)。リンク

 昨今の一部記事では、「『フレイザー報告書』の慧眼」「驚くほど精密な調査が行われていた」など、フレイザー委員会を手放しで礼賛するものも見受けられます。メディア関係の皆様におかれましては、一方からの主張だけでなく、もう一方からの主張にも真摯に耳を傾けていただけることを願っております。フレイザー委員会については、同委員会で証言した朴普煕(パク・ボーヒ)氏の著書『証言(上巻)』(世界日報社)、第13章「米国議会での証言」も合わせてご参照ください。

メガネが朴普煕
対立意見も聞くべきだが、ないないない(笑)

なお、「国際勝共連合はKCIAがつくった」旨の言説については、日本共産党と勝共連合との間で闘った宮本顕治元議長に関する「リンチ殺人言論裁判」の反訴として、勝共連合が共産党を名誉毀損として提訴。結局1988年12月、共産党はこの「KCIA説」を証明できないまま本訴を取り下げることになりました。

ワシも「国際勝共連合はKCIAが作った」のでは?と思っている。統一教会の反共産主義思想を作ったか拍車をかけた。でも、『フレイザー報告書』だけでは「国際勝共連合はKCIAが作った」と確定するには足りない。というか『フレイザー報告書』を全部を読むことができない。「フレイザー報告書」は1978年に朝日ジャーナルに掲載されたが、現在では入手も困難とのこと。全部読めないようにしているのが既に臭いよね。

また、『フレイザー報告書』でも『小委員会が収集した米国政府機関に関する情報の多くは機密解除できなかった』と書いてあったよ。アメリカ側の都合もあるんだろうな。

おわり

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