倒産、借金、スランプ。人生最悪の闇の中で手塚治虫が描いた最高に退廃的な芸術『ばるぼら』
今回は手塚先生の膨大なキャリアの中でも、
屈指の異色作「ばるぼら」をご紹介いたします。
妖艶で怪しい雰囲気がプンプン漂う世界観が特徴の多くの方が想像する手塚治虫のマンガとは正反対の非常にアダルティな作品です。
後半では、狂気的な名作が生まれた背景にある、手塚治虫の「人生どん底のスランプ」と驚きのシンクロニシティについても迫っていきますのでぜひ最後までご覧ください。
あらすじ
まずは、この物語が
どれほどカオスでサイコなのか、ストーリーを辿っていきましょう。
主人公は、若くして名声を手に入れたものの、
誰にも言えない「異常性欲」の悩みを抱える天才小説家・美倉洋介。
ある日、彼は新宿の片隅で、新宿名物の浮浪者、いわゆる「フーテン」の小汚い少女を拾います。その名も、ばるぼら。

身なりはボロボロ、大酒飲みで、
言うことも聞かないじゃじゃ馬娘。
美倉は彼女を気味悪がって追い出そうとするのですが、
そこで不思議なことが起こります。
それは、ばるぼらが家にいる間だけ、信じられないほど素晴らしいインスピレーションが湧き、傑作が次々と書けてしまうからです。
実は、この掴みどころのない少女・ばるぼらの正体こそ、
関わった男に無限の才能を与える「芸術の女神」でありました。
「魔女に魂を売ってでも、才能が欲しい」
しかし、美倉はあまりに身勝手で
コントロール不能なばるぼらに手を焼き、
ついに彼女を手放してしまいます。

するとどうなるか。
……ピタッと小説が書けなくなってしまいます。
ばるぼらを失ったことで、
美倉は才能を完全に失い、廃人同然に。
もう一度、ばるぼらを探し出そうとするのですが
……時すでに遅し。
ばるぼらはすでに、別の男のものになっていました。
さぁ、芸術の女神を追い求め、狂気とアブノーマルな愛に溺れていく美倉は、一体どんな結末を迎えるのか?
以上が本編のあらすじになります。
なぜ才能を失う恐怖を描いたのか?
ここで一つの大きな疑問が浮かびます。
「アイデアはバーゲンセールするほどある」と言っていた手塚治虫がなぜ?
「才能を失って苦悩する作家」や
「魔女に魂を売ってでも才能を欲しがる」テーマを描いたのでしょうか?
その真相は、本作が発表された1973年7月という「時代」と、
当時の手塚治虫の「精神状態」に隠されています。
実はこの時期、手塚先生はヒット作に恵まれない
「超絶なスランプ期」の真っ只中でありました。
それだけではありません。
自身が立ち上げたアニメ会社「虫プロダクション」や、
版権・出版を扱う「虫プロ商事」が次々と倒産。
借金、債権回収、経営問題のドタバタに毎日振り回され、
とてもマンガなんて描いている状況ではない人生のドン底でした。
当時のファンや研究者の間でも、『ばるぼら』には手塚先生の生々しい深層心理が潜んでいると囁かれていました。
自分は劇画のブームに置き去りにされたのではないか?
時代に取り残されて、もう必要とされていないんじゃないか……
そんな恐怖、苦悩、葛藤。
これらが入り混じった精神性が表に出てきてしまったのだと思います。
さらに、本編をよく見ると、背景がグニャグニャと歪んで描写されているシーンが非常に多いことに気づきます。


これは単なる演出というより
当時の煩わしい人間関係や経営問題に振り回され、
マンガをろくに描けない歯がゆさ……。
マンガを描くことでしかこの状況を打破できないのに、
そのマンガすら自由に描けないという、揺らぐ精神状態
それこそ手塚先生本人は意識していなくても無意識のうちに滲み出てしまった深層心理が垣間見える描写にも見えます。
こんな締め付けられるような環境だったからこそ
「魔女に魂を売ってでも才能を手に入れたい」と望む作家の姿として
手塚先生本人の願望が強く表れた作品になったのではないでしょうか。
狂気的に惚れこんだ作品がモデル
そんな異色作だった本作にはモデルとなった作品があります。
それがオッフェンバッハの「ホフマン物語」というオペラです。
1951年には「ホフマン物語」として映画化もされ
インスピレーションを受けて
「ばるぼら」を描いたと手塚先生自ら語っておられます。
手塚先生はこの映画が大好きで、「わが生涯の青春映画」と大絶賛しており生涯ナンバーワンとも言っています。
面白いことに、手塚先生の奥様も結婚前に偶然この映画を見ていて非常に印象に残っていたそうで、お二人は意気投合して京橋のフィルムセンターまでわざわざ再上映を見に行くほど、特別な作品でもありました。
怪奇に満ちたロマン、フェチズム、そして倒錯した愛情表現。
『ばるぼら』の作風は、間違いなくこの『ホフマン物語』から遺伝子を受け継いでいると言えます。
しかし、本当に驚くべきはここからで
なんと、この『ホフマン物語』を作ったオッフェンバッハ自身の私生活や境遇が『ばるぼら』執筆時の手塚先生の境遇と非常に似ているんですね。
オッフェンバッハもまた、劇場の経営に失敗して莫大な借金を抱え、
世間から冷遇され、精神的に追い詰められたドン底の中で、
執念のように『ホフマン物語』を書き上げました。
大好きな作品のテイストが自分好みで、
しかもその作者が自分と同じように経営難とスランプで苦しんでいる……。
手塚先生がこれに運命的なシンクロニシティを感じないわけがありません。
その熱量が『ばるぼら』のたぎる変態性に火を点けたのは偶然ではないでしょうね。
異常性欲者に絡みつく浮浪者女
さて、本作のドロドロとした異様な世界観を引き立てているもう一つの要素が、ばるぼらのキャラクター性でもある「フーテン(瘋癲)」です。
今ではあまり使われなくなりましたが、60年代後半から70年代にかけて流行した言葉で、今でいう「ニート」や「ヒッピー」のように、定まった職や住所を持たずに街をぶらついている人を指します。
フーテンとは、映画『男はつらいよ』の「フーテンの寅さん」のイメージが強いせいで、どこか自由気ままで愛嬌のあるイメージを持たれがちですが、
この言葉、元々は「精神の均衡を失っている」という意味なんです。
谷崎潤一郎の小説『瘋癲老人日記』でも、息子の嫁に性的興奮を覚えるじいさんの倒錯したマゾヒズムが描かれていますが、

本来は「社会不適合者」とも言える危うい精神状態を指す言葉です。
だから、『ばるぼら』における小汚くて、何をしでかすか分からない、
奇怪な行動を繰り返すあの描写こそが、
本来の「フーテン」の正しい表現と言えます。
この『ばるぼら』の退廃的な世界観は、当時の永島慎二先生が
実際に新宿でフーテン生活をしていた経験をベースに描いた『フーテン』からも強い影響を見て取れます。
フーテンの本質とは、
つまるところ「常人には理解できない」ということ。
サングラスをかけた中年男性といった美倉のビジュアルや、
新宿独特の小汚さ、
冷めているのに内側に狂った熱量を秘めている空気感など、
異常な性欲に悩む孤高の小説家に浮浪者女が絡みつくという
非常にカオスでサイコな作風は異様な世界観を放つことになります。
手塚先生は、自分がスランプに陥り、
世間からそっぽを向かれて孤立していく恐怖を、
美倉の「異常性癖」や、
ばるぼらの「奇怪な行動」といった、
常人には理解しがたいアブノーマルな形に置き換えたのでしょう。
これらが入り混じった混沌とした掴みどころのないダークなエロチシズムは
当時の手塚先生の危うい精神状態と化学反応を起こし
より作家性の強いカルト的作品となり
これまでにない異色の立ち位置となる作品になりました。
ついに覚醒
しかし、この危うい情緒不安定な時期も、ついに終わりを迎えます。
『ばるぼら』の連載が始まってわずか4ヶ月後……
ついに手塚治虫の底知れぬ才能が炸裂。
あの名作『ブラック・ジャック』の連載がスタートします。
あの人生最悪のドン底から、マンガ界の歴史を塗り替える特大のヒット作を生み出してしまう手塚治虫という才能の恐ろしさ、、、、
『ばるぼら』から『ブラック・ジャック』に至る振り幅は
もはや狂気でしかありません。
これは信じられない出来事であると言えます。
つまり、この『ばるぼら』という作品は、
手塚治虫が創作の苦しみから脱却する直前に、
狂気的で変態的な創作意欲で書き殴った「最後の絶叫」であり
「最高に退廃的な芸術作」だったわけです。
芸術と隣り合わせの狂気、退廃的なエロス、これらをミステリーとミックスさせて見事に昇華させた、禁断のデカダンスの傑作『ばるぼら』。
手塚先生の当時の苦しみに思いを馳せながらもう一度読み返すと、
初見の時とは全く違う生々しい感動が味わえと思います。
というわけで今回は「ばるぼら」のご紹介でした。
ではでは。
