【火の鳥の真実】あの傑作は地獄のスタートだった!手塚治虫が味わった絶望から神格化までの物語
手塚治虫の代表作といえば「鉄腕アトム」「ブラックジャック」など
数々のタイトルが思い浮かぶと思います。
しかし「ライフワーク」と言えば、
「火の鳥」一択になるのではないでしょうか。
1954年発表以降、亡くなる直前まで手掛けていた未完の大作
手塚先生の死後
今もなおその神秘的な魅力に惹きつけられている読者は絶えません。
……が、
意外にも、この傑作も執筆当時は人気がなかったのはご存じでしょうか
というわけで
今回から複数回に渡って
あまり知られていない「火の鳥」の真の姿を
「雑誌COM」刊行の歴史を辿りながら
「火の鳥」の創作の裏側と題して
紐解いていきますので最後までお付き合いください。
今回掘り下げるのは、1967年に刊行された雑誌『COM』での再始動版。
「雑誌COM」に焦点を絞ってご紹介しますので
「COM」以前と「COM」以後の作品については
触れませんのであしからず。
雑誌『COM』という賭け
まず「雑誌COM」とは一体何なのか?
ここから行きましょう。
雑誌COMとは1967年に手塚治虫が刊行した「青年誌」のことです。
漫画家である手塚先生がマンガだけでなく,
なんと雑誌まで作っちゃったんですね。
なぜめちゃクソ忙しい手塚先生が青年誌まで刊行したのか?
これにはいくつか理由がありますが
その一つは
50年代から60年代にかけて手塚治虫が作り上げてきたマンガのシステムが
否定される時代が来たからです。
それは面白くないということではなく、一般化されたことによる否定
あまりにも手塚漫画が大衆化されたことによって
そのカウンターカルチャーが誕生したってわけです。
端的に時代が「脱手塚」になっちゃったってことです。
当時、新たな潮流として「劇画」なる表現方法が急速に台頭してきました。
リアルで重厚、そして時に反体制的なその表現方法は、
手塚マンガとは全くの真逆。
手塚マンガがメジャーの王道とするなら
「劇画」はライブハウスから突如現れたロックスターのような存在。
この新しい価値観は瞬く間に若者たちを席捲していきます。
これにより手塚マンガは古いというレッテルを貼られ時代遅れとみなされていくわけです。
まさに黒船『ガロ』の衝撃
その「劇画」の象徴的存在だったのが、1964年創刊の『月刊漫画ガロ』。

この「ガロ」には
ただならぬアングラな気配が立ち込めていて反権力的な雰囲気と
新しいムーブメントを予感させるカッコ良さをぷんぷんに漂よわせていて
ちょうど学生運動が盛り上がっていく時代ともリンクして
若者たちを中心として爆発的な人気を得ていきます。
『月刊漫画ガロ』の看板作は白土三平『カムイ伝』である種の熱狂的ともいえるカルト的な人気を得ていきます。
一方の手塚サイドは「鉄腕アトム」「W3」という少年漫画ですから
「うわ、ダサっ」「恥ずかしい」という
学生時代にありがちな王道を排除する恥ずかしさと
不良に憧れるトレンドの前に完全粉砕されてしまいます。
ついこの前まで夢中でかじりついて読んでいたくせに
「恥ずかしい」という理由だけで読まなくなる。
思春期特有の背伸びして自分の好みすら変えてしまう精神構造の
イキった子供たちの揺れ動く心情の変化を手塚マンガはモロに喰らいます。
怖いですよね。
この流れは急速に加速していき
「ガロを読むことがステータス」
「手塚マンガは子供騙し」
のようなこれまで王道であったが故の反発がマンガの中心に来ちゃうんですね。
この時代背景はめちゃくちゃ大事なので補足しますが
大人たちが決めてきた価値観やこれまで良い物とされてきたものへの反発
そうした気運が世の中に渦巻いていた時代です。
そうなると手塚マンガは王道であるがゆえに体制側の象徴とみなされ「反手塚」路線が急速に拡大していくんですね。
雑誌『COM』、2ヶ月で爆誕!
完全に時代にそっぽを向かれた手塚先生
並の作家ならそこで筆をヘシ折られるところですが
そこは手塚治虫、この嵐をただ黙ってやり過ごす訳はありません。
この圧倒的逆風に真正面から挑んだ手段がまさに規格外。
それこそが自分の雑誌の発行
雑誌『COM』の発行だったわけであります。
めちゃクソ忙しい手塚先生がなんで青年誌まで刊行したのか…?
それが「劇画」への抵抗だったんですね。
しかも驚くべきことに、創刊までにかかった期間、なんとたったの2ヶ月!
わずか2か月という信じられない速さで創刊されました。
創刊まで2か月なんて出版界の常識から見てもありえないほど異常で
手塚治虫のスピード感はハンパありません。
実際、創刊当時の編集者の回想によると何も決まっていないのに
手塚先生は見切り発車して何もかもギリギリだったそうで
まさに強行突破オブ強行突破という
相変わらずの無茶ぶりを炸裂させていたそうです。
でもそれほどまでに手塚先生は時代の変化を、危機感を身体の芯から
感じていたという証明でもありますよね。
あともう一つの理由として
『月刊漫画ガロ』は当時の人気漫画「カムイ伝」のための雑誌、
白土三平の雑誌とも言われていて
その「ガロ」に対しての対抗として
手塚先生も自分の雑誌を作りたくて、作りたくてしょうがない(笑)
だから雑誌「COM」を自分で立ちあげ
その看板作に「火の鳥」を掲げ手塚治虫の雑誌を作っちゃったんです
雑誌「COM」が手塚治虫の雑誌であるというのは
発刊の成り立ちを追うことでも見えてきます。
雑誌「COM」の前身は実は
「鉄腕アトム」のファンクラブ会報「鉄腕アトムクラブ」でありました。

手塚治虫の代表作どころか、
日本を代表するマンガというビッグネームの会報が元になっていたんです。
しかしそんな超有名作とはいえ時の流れとは残酷なもので
この時すでに少年誌は月刊誌から週刊誌への移行が始まっており
その流れに沿うようにして「鉄腕アトム」の露出も激減
時代は間違いなく新時代へと移り変わっていました。
その最も象徴的といえる出来事は
やはりTVアニメ「鉄腕アトム」が最終回を迎えたことだと思います。
1966年の大晦日にTVアニメ「鉄腕アトム」最終回の放映が終了。
日本アニメ史の一時代を築いた伝説のアニメがついにその幕を下ろしました。ここがまさしくトレンド転換の決定的瞬間と言えるでしょう。

しかしその新時代の到来を手塚先生は予見していたかのように
なんとその翌日の1967年1月1日に雑誌「COM」創刊させます。
…つまりは「火の鳥」黎明編の誕生の日。
「アトム」から「火の鳥」へ
これぞ手塚治虫の象徴的な作品のバトンの受け渡しが
行われたと受け取るのがスマートな解釈ではないでしょうか
こんなドラマティックな演出がとても偶然なんですかね
ボクは手塚先生が意図的に仕込んだ演出だと見ています。
これらから解釈するに
「火の鳥」とは手塚治虫が第二の手塚代表作を託した作品であるとともに
劇画への対抗、時代のトレンドへの対抗として生まれた
文字通り破格の期待作であったと言えると思います。
「まんがエリート」という名の喧嘩状
この期待作において
雑誌「COM」創刊のことばに手塚先生自身のコメントが掲載されているんですがこれがまたスゴイんでご紹介しておきます。
今はまんが全盛時代だといわれているのだが果たして質的にどれだけすぐれた作品が発表されているのだろうか。
(中略)
私はこの雑誌においてほんとうのストーリーまんがとはどういうものかを、わたしなりに示したいと思う。
どうですか。コレ。
劇画、劇画ってめっちゃ盛り上がってるけどお前ら
「本当に優れたマンガあんのか!」と
「本当のストーリーマンガを知ってんのか?」
とですね、めちゃくちゃ喧嘩売ってます。
名前こそ出していませんが明らかに『月刊漫画ガロ』と
その読者に向けた挑発にしか見えません(笑)
しかもめちゃくちゃ上から目線ですけど
この時すでに立ち位置は圧倒的に不利な状況ですからね
にも拘わらずこの喧嘩腰、最高です。
このコンセプトは雑誌「COM」のサブタイトルにも反映されておりまして
表紙には「まんがエリートのためのまんが」と銘打ってあります

「本当のストーリーマンガとは何たるか」を巨匠手塚治虫が世に知らしめるぞという明確な意思表示がされましたが
…多くの読者の反応は
「まんがエリートってなんすか」
って困惑気味…
「…で?」みたいな感じですよ。
文学作品にも匹敵する圧倒的なドラマだろうが何だろうが
正直、読者にとってそんなもんどうでもいいんです。
しょせんは娯楽。単純に楽しめるマンガが読みたい。
これが読者の意見です。
芸術性だの社会性だのどうでもいいんです。
手塚先生が理想とした本質的なマンガの面白さとは
正直インテリ過ぎて理解が追い付かなかったんですね。
逆にもはや何がしたいのか分からない取っ散らかった印象を余計に与えてしまうという深刻なブランディングミスにもなってしまいました。
絶望のスタート
このように
満を持して発表した雑誌「COM」と「火の鳥」でしたが
読者との致命的なすれ違いを生み、手塚先生はさらに頭を悩ませます。
さらには追い打ちをかけるように「火の鳥」よりも
同じ雑誌「COM」で連載していた
石ノ森章太郎の「ジュン」と永島慎二の「青春残酷物語」の方が人気があるという手塚先生にとって「火の鳥」にとって
順風満帆どころか地獄のようなスタート切るわけであります。
この状況はさすがに、手塚先生、めっちゃ焦っていたと思いますよ。
なんせ昔からのファンを蹴散らしてでも読者を振り向かせる属性の人ですからこの異常事態はもう大変です。
さぁこの後、手塚先生はどう立ち回ったのか…。
「火の鳥」の連載はどうなっていったのか
…ということなんですが
「火の鳥」はこの後、猛烈な向かい風の中、とんでもない覚醒を遂げます。
この覚醒こそが「火の鳥」の真の姿になるんですが
この続きは次回とさせていただきます。
最後までご覧くださりありがとうございました。
ではでは。
