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手塚治虫が放つ破壊的かつグロテスクな昆虫パニックSF大作。

今回は昆虫に支配される世界「ミクロイドS」をお届けいたします。
手塚治虫お得意の人類終末のストーリー
その中でも本作は大好物の「虫」がテーマであります。
破壊的かつグロテスクに描かれる描写はちょっと耐性がない方には
嗚咽しちゃうかも知れない危険性をはらんでいる衝撃作

今回は執筆された時代背景と共に解説していきますので
ぜひ最後までご覧になってください。

それでは本編行ってみましょう。

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本作は1973年3月~9月まで
「週刊少年チャンピオン」に連載された作品であります。

あらすじは
シンプルに
人類絶滅をたくらむ昆虫軍団と人類の戦いを描いたSFパニック活劇です。

そこに人間と同じ祖先を持ちながら昆虫に育てられ、縮小化してしまった
昆虫と人間の中間的な生物「ミクロイド」が人間側に立ちその戦争を止めるために奔走するというストーリーであります。
襲い掛かる昆虫の大群に成すすべもなく壊滅させられていく人類
世界はみるみるうちに廃墟と化していくのですが果たしてラストはどうなってしまうのか
…というのが大枠のあらすじであります。

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本作を一言で表すなら

「世界を破壊する虫の大群」「残酷な破滅描写」「グロテスク」
「ペシミストな絶望感」「おなじみの胸糞ラストシーン」

と言ったマンガです。

1973年と言えばちょうど先生が病んでたときの作品で
黒手塚でおなじみの「奇子」「ばるぼら」の連載と被っていますし
「ユフラテの樹」とも同時連載していて、まさに精神が情緒不安定、
本編も少年誌でありながらドス黒いダークさが前面に出た作風であります。

この直後に「ブラックジャック」の連載が始まり復活ですから
本当に復活前の一番苦しいときの作品で、まだ毒っ気が混じり込んでいるむしろ、その歯ごたえが逆にちょっと気持ちいい頃の作品でもあります。


世間一般的にはあまり評判の良くない作品でしたが
ボク個人的には好きな部類に入ります。
同じスランプ時期の「週刊少年サンデー」に連載していた「ダスト8」「サンダーマスク」といった本当にドン滑った作品とは違い少年誌への復活の狼煙を感じるべく、のたうちまわる狂気と言いますか、内包していた破壊衝動が弾け飛んでいる感がいいですね。

このちょっとぶっ壊れた感
これぞ主旋律の手塚治虫の原点といったテーマがいいです。

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人間が駆逐されていく絶望感
救いようの無い人間の愚かさと文明社会の皮肉を描いていていかにも
手塚節全開が気持ちいい。
気持ち良すぎて最後の方はあまりにもテーマ性が強くなりすぎてミクロイド放ったらかしになっちゃいます(笑)
「先生!ミクロイドの存在忘れちゃったの?」…と思うくらい「対人間」のニュアンスが強くなるんですよね。

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スランプで病んでいた事とこの時代、社会が混沌と揺れていたことも相まって少年誌の枠組みを超えるくらい重いテーマになっていきます。

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ちょうど社会は公害による自然破壊、過激派の学生運動、
石油ショックにニクソン・ショック、いわゆる「ドル・ショック」。
インフレで世界経済が大きな混乱しておりましたし

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加えてベトナム戦争の長期化
「世界はどうなってしまうんだ」という情勢不安が高まっていた時期でありちょうど今の世界情勢に近い感覚かも知れません。

そんな折に地球を破壊する人類に対して昆虫たちの逆襲というテーマ
高度経済成長に浮かれた日本人たちへのアンチテーゼ、カタストロフィーを
かましてくるわけで同年の小松左京さんの「日本沈没」がヒットした影響もあるかも知れませんね。

そんなわけであまり少年誌的ではない作品でしたけど個人的には
手塚節が拝める作品としてボクは好きな方の作品でありました。

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そして本編は1973年4月から毎週土曜日に
テレビアニメ放送もスタートしています。

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実は、原作よりもアニメ化の方が元々前提としてあり雑誌連載は
そのPRのために書かれたものだったそうです。
これは「サンダーマスク」の時と同じでテレビ先行というもので
前作の失敗例からあまり手塚先生は最初乗り気じゃなかったんですけど
当時流行っていた巨大化するヒーローではなく縮小化するというアイデアはいけると思いスタートさせたのがキッカケとなっています。

最初は「ミクロイド」というタイトルだったんですけど、
「それだけじゃあ弱い」ってことで勝手に「Z」ってつけられて
「ミクロイドZ」としてスタートさせられちゃうんですね。
にも拘わらず後で「なんたらZ」はテレビ番組ではよくあるから
「競合する」という理由で急遽「Z」から「S」に変えられたそうです。

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この二転三転問題にに対し先生は「あとがき」でこう書いておられます。

「放映ギリギリで突然「S」に変わりました。「ミクロイドZ」で連載一回目を描いてしまっていたこっちにとってはいい迷惑です。いずれにせよテレビは自由奔放な展開ができずあまりのらないのです」

というように
「どうでもいいから面倒な事やめてくれ」的な悲痛なグチを漏らしておられます。
「なんとかZ」って明らかに「マジンガー」の事ですよね(笑)
そんなもんちょっと考えたら分かるやんって感じですけど…


実は他にも理由があったそうで…
テレビのスポンサーが「服部時計店」(現在のセイコーホールディングス)に決まった時にライバルのシチズンが「シチズンZ」という時計を発売していたのでそのスポンサーへの配慮のため「Z」を却下したとも言われております。

正直子供にとっちゃ「Z」でも「S」でもどっちでもいんですけど
こうした大人の事情はクリエイターにとって障害以外の何物でもないですよね。

…っていうかどっちもそんなもん、
わざわざつけなきゃいけないの?とすら思ってしまいますけど
子供にはとりあえず付けときゃあ喜ぶと思ってるんでしょうかね。
「Z」でも「S」でもどっちかなんてどうでもいいです。


そしてテレビアニメの内容も原作の手塚イズムのような
ドス黒い世界観ではなくテレビ放映に耐え得る控えた内容に修正されております。


これには脚本家としてあの辻真先さんが担当しておられまして
辻さん自身色々苦心されたそうで
この作品のテーマは「小さくなった奴の孤独」ですから本当は主人公を一人にしたかったと言っておられます。

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「三人の中でドラマをやってしまうと「周りが大きい」というのが
利いてこないんです。」

と原作のミクロイドが3人いることで「孤独感」を表現する難しさを苦悩しておられました。
折角小さいヒーローを設定したんだし、その一寸法師的な設定をもっとうまく利用して世界と戦う新しいヒーロー像をどう表現したらいいか悩んでいたそうです。
実際、本作については「やり残した事が多く、残念な思いも抱いている」と後に語っておられますが…

一方の手塚先生は
「小さくなった奴の孤独」なんかより人類終末の悲劇の方が描きたいとばかりにラストには主役のミクロイドはほとんど登場させず
人類終末のドラマを書き散らしております。

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もちろんアニメではこのラストは採用されず
アニメ版の最終回は全く異なるラストになっているのは言うまでもありません…


というわけで「ミクロイドS」お届けいたしました。


人気のない作品でありましたけど結構見るべきところも多く
改めて読み返してみると非常に面白い作品です。
冒頭の入りなんか最高だと思います。

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新手のゾンビ映画のようなニュアンスもあって
世紀末感漂ってて今の時代に映画化してみると面白い題材なんじゃないかな
特に現代のような混沌とした世の中、執筆当時のような社会状況と似ているのでそういう面からみても手塚先生が伝えないメッセージを想像してみるのも宜しいのではないでしょうか。

最後までご覧くださりありがとうございました。


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