【激レア】手塚治虫が闇に葬った「封印された3冊」…その理由が面白すぎてヤバい「魔神ガロン」伝説
今回は、手塚先生もお気に入りだった、巨大ロボットSFマンガの先駆的作品『魔神ガロン』をお届けします!
しかし、この作品……実は手塚先生があまりにも忙しすぎて、最後は
伝説級のとんでもない幕切れを迎えた「曰くの作品」でもありました。
今回は、その面白さと、ファンを驚愕させた衝撃の裏話を一挙にご紹介しますのでぜひ最後までお楽しみください!
手塚治虫は巨大ロボットが苦手?
本作は1959年7月号から1962年7月号まで
雑誌「冒険王」で連載されました。
1959年と言えば後に手塚先生がめちゃくちゃ嫌っていた『鉄腕アトム』の実写ドラマがスタートした年で連載では『0マン』や『スリル博士』と同時期の作品でかなり初期の作品といえます。
当時、巨大ロボといえば『鉄人28号』が大人気を博しておりまして
少年がロボットを操縦するテンプレートは本作でも共通しています。
ただ、『鉄人28号』との大きな違いは、『鉄人28号』の無機質さと比べ
ガロンには巨大ロボットにはない「生命感」を感じさせます。
のちの『マジンガーZ』や『ガンダム』のような「操縦する兵器」と比べても、ガロンはかなり人間臭いです。
人間臭いと言うより全くロボット感がありません。
生命感というより生活感みたいな。
なんせ、浴衣を着てますからね(笑)

とはいえガロン自身には明確な意思はなく、
意思を持つパートナー「ピック」と対になって初めて動きます。
そしてピックが引き離されると、一転して破壊の限りを尽くし暴走し出すといった設定になってはいますが、この辺の曖昧な生命体としての立ち位置が非常に手塚治虫らしい設定と言えます。
人間が操縦するわけでもなく、自らの意思があるわけでもない。
この曖昧な不気味さは、どこか『エヴァンゲリオン』に通じる雰囲気を感じさせますが1959年の時点でこの設定は、早すぎたというか
ロボットものとしての設定がグダグダになってしまった印象を受けます。
…というより手塚先生にはやはり
無機質なロボットものが似合わないんですよね。
躍動感がありすぎるというか、、生命感を感じさせるというか
ディズニーがロボットものやるようなイメージですかね。
どうしたって生命感でちゃう。
後の「マグマ大使」もそうなんですけどそもそも手塚マンガが
こういうヒーローものはあまり向いていないんですよね(笑)
手塚初期作に見られるテーマの傾向
ストーリーも、少年誌のロボット活劇でありながら、テーマが激重です。
ガロンは、宇宙人が地球に送った無敵の兵器で
地球人がその無限の力をどう使うか、宇宙人が上空からテストしている建付けになっており「地球人の良心を試す」といった、初期手塚作品お得意のテーマと言えます。
作中では、身勝手な大人たちが私利私欲のためにガロンを奪い合いますが
この設定は、まさに「核兵器」のメタファーになっていて
「使い方を間違えればすべてを滅ぼす」という強い反戦メッセージが込められているのが分かります。
子供のころはそんな堅苦しいテーマなんぞ分かりもしませんが、
大人になって読み返してみるとなるほどね。…と
戦争反対のベースが入っているなぁと容易に読み解けるかと思います。
執筆されたのが1959年ですからまだ戦後14年ほど
原体験の方々からすればついその前まで戦争していた感じですよね。
この後に描かれる「0マン」も「キャプテンKEN」などもやはり侵略戦争がテーマとして描かれています
「魔神ガロン」も非常にPOPなロボットマンガでありながらも
こういった反戦テーマが作品に色濃く反映されているのも
この時期の手塚作品の大きな特徴と言えます。
幻の3巻~5巻がある?
ここからが本題です。この『魔神ガロン』、
後半がとんでもないことになっているのはご存じでしょうか。
手塚ファンであるならば周知の事とは思いますが…
講談社の「手塚治虫漫画全集」では
「魔人ガロン」は全2巻で完結しております。
……が、実は続きの「3〜5巻」が存在します。
この「3〜5巻」は手塚先生の死後に発刊されたもので
手塚先生が存命中には単行本化されていなかったものになります。
なんでそんなことになっているのか…?
それは、3〜5巻のクオリティが著しく低いからなんです。
…というのも
手塚先生があまりにも忙しすぎて
中盤以降を別の人に代筆してもらったからなんですね。
その代筆のクオリティが、先生の本意ではない仕上がりであったため、
先生自身の手で「後半3冊分」を封印してしまったというワケ…。
でも代筆とは言え、アシスタントがペン入れをしたり
他人の手が入るといったことはこれまでもあったことですし
そこまで毛嫌いしなくてもと思いますよね…
でも、実際このクオリティは笑えます(笑)
マジで「どっかのアルバイトに描かせたのか!?」ってくらいおぞましい出来栄えです(笑)。
実際に見てもらえれば分かりますが
特に注目は全集の第3巻136ページ~155ページ辺りは猛烈で
これは手塚先生じゃなくても闇に葬りたいクオリティ。

特に人一倍、改編修正にこだわりを持っている手塚治虫が
これをOKするはずもありません。
これまでなら間違いなく自身で書き直していたと思われますが
これはあまりにヒドイと判断したのか、描き直しもせずストーリーを一刀両断のぶつ切りにして物語を終わらせています。
だって2巻の終わりがこれですよ。

なにこれ?
とんでもないところで終わってます。
「え?」…っていう二度見してしまうレベルの違和感ですよ。
まさに表現として断ち切ったと言えるラストですね。
これはスゴイ。
手塚先生が余程イヤだったことが分かります。
実際に封印された3巻以降は手塚先生が如何にも何も手を付けていない編集、流れになっているのである意味で歪な展開が拝むことができるのである意味貴重な封印作と言えます。
…実はほかにも
でも確かに酷いクオリティではありましたが、良く見ると1.2巻もちょいちょい酷いクオリティのものもあるんですよね。
じゃあこれも代筆の方が描いていたの?ってことなんですが
実はコレ、手塚先生が描いているんですね。
え?、、ですよね。
これについてはあとがきにこう書かれています。
三十歳代のころは、原稿をかくのによく“並行作業”をやったものです。
A社のを一枚かいて次にB社を一枚といったように、
各社平等に一枚ずつ仕上げていくのです。
しかし、あまり遅れると絵に手をぬいた雑な仕上げで、
短時間にかかねばならなくなります。
したがって並行作業は結果的には満足のいくものは生まれません。
いや、アンタもかい!
代筆のクオリティを否定しといて自分のペン入れは言い訳してますからね。面白過ぎるやん(笑)
その他にもあとがきには、
「少年誌描いていて幼年ものとか少女ものが入ると大変」とか
「青年向けはもっと困る」とか
「したがって中途半端な作品ができあがってしまいます」とか
言い訳だらけやないかい(笑)
これね、本編を見れが分かりますが、ペン入れのクオリティにはかなりバラつきがあるので「ああ、ここ怪しいなぁ」といった違和感が見て取れます。

手塚先生が満足のいく原稿が描けないことについて
色々愚痴こぼしていますけど、
そもそもスケジュールがバグってるからこんなことになるんであって
アンタがスケジュールパンパンにしたからやんって言いたくなります(笑)
3巻以降の代筆の件にしても、
そもそも手塚先生が忙しすぎて手が回らなくなったから代筆頼んでますから
仕事を入れすぎた事が原因ですからね。
その後も、
「移動中の揺れる車や電車の中で原稿を描いたから」とか
「そこまでして原稿を描かなければならない職業のツラさ」
と愚痴をこぼしているんですけど…
いやいや、、それもアンタのせいやん(笑)
完全に自業自得ですからね。
ここら辺の手塚治虫の面白さ。たまりませんよね。
これぞ手塚治虫節全開と言えるエピソードでありました。
以上行き過ぎたオーバーワークが生んだ「ぶった斬り作品」「魔神ガロン」ご紹介いたしました。
巨大ロボットでありながら人間臭かったり
最後は手が回らくなって後半部分は闇に葬るなどある意味、非常に手塚治虫らしい作品ですのでご興味ございましたら是非ご覧になってみてください。
ではでは。
