【火の鳥ヤマト編】君たちはどう生きるか?手塚治虫が問う21世紀のボクたちへ!名言も紹介
今回は火の鳥「ヤマト編」のご紹介です。
本作は『火の鳥』シリーズとしては第3作目にあたる作品で
物語は1作目の「黎明編」の続きとなる連作。
徐々に『火の鳥』の全貌が見えてくる展開に
手塚先生は「ヤマト編」にどのようなメッセージを込めたのか?
その秘密をたっぷりとご紹介いたします。
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本作の立ち位置
本作の最大の特徴は『火の鳥』全エピソードの中でも異色のギャグタッチで描かれているところです。
恐らく手塚先生は前作「未来編」で絶望的な描写を描いちゃったので
このようなタッチにしたのだと思われます。
故に「未来編」からの緩急の振り幅が大きすぎてマジでエグイです
(前作衝撃の未来編はこちら)
まぁこっち(ヤマト編)の方が当時の手塚治虫の姿なので
「未来編」の方がド肝を抜いたというのが正しい見方なんですけどね

はいというわけで「ヤマト編」見ていきます。
舞台は4世紀ごろの日本奈良
「黎明編」卑弥呼の時代の後に続く奈良時代の物語です。
ヤマト国の大王の古墳作りにまつわる形でストーリーが展開していき
手塚治虫版ヤマトタケル伝説に、禁断の恋、切ないラブストーリーを絡ませ
権力者の欲望や古墳づくりなど色々と見どころがあるのですが
今回はひとつのテーマに絞って読み解いていこうと思います。

ズバリ!本作のテーマは
「どう生きるか?」
これが火の鳥「ヤマト編」における最大のテーマだと思います。
大枠のストーリーはヤマト国とクマソという対立する二国があり
ヤマト国の王子オグナが、クマソ討伐に向かうのですが
敵対していたクマソの人たちと仲良くなってしまいます。
そしてそこでクマソの歴史を知り
自国(ヤマト国)との違いを体験するんです。
これまで自国の事しか知らなかったオグナは
様々な世界、考え方、文化があることを知り
さらにはクマソの娘と禁断の恋に落ち
愛と国と信念と、様々な感情の狭間に揺れ人生に迷いが生じます。
自分はどうすれば良いのか
「どう生きるべきなのか?」
さてこの後一体どうなるのかというのが大枠のストーリーになります。

人間の幸せとは…
ヤマト国の王子「オグナ」が
クマソの老人「おじい」に出会ったシーンで
本作の核心部分となる会話があります。
オグナは、おじいにこう問います。
生き血を飲めば死ななくなるという
伝説の火の鳥を見つけたのになぜ捕まえなかったかと…
「火の鳥の血を飲めば老いずに済んだのに」
しかしおじいはこう諭します。
「人間はな死なないことが幸せではないぞ、
生きている間に…自分の生きがいを見つけることが大事なんじゃ」
このおじいのセリフ。
これぞまさしくこの「ヤマト編」の大テーマ
「こうあるべき」という常識や概念に縛られず
自分の「やりたいこと」「こうありたい」と望むことを意識して
生きていくことが本当の幸せであるというメッセージです。
そして何を隠そう
このおじいこそ前々作「黎明編」で地の底からはい上がって生きのびた青年タケルの子孫なんですね。
「黎明編」で火の鳥に励まされ己が何をするべきかを問い、
それを実行し新しい世界へ足を踏み出して村を作った
その姿こそがこのクマソです。
この繋がり最高!
こういう登場人物の因果関係が繋がってくるのが『火の鳥』の面白さの醍醐味でめちゃめちゃドデカイスケールの一端が徐々に明らかになっていく快感…。気持ちいい、、、
そしてこの「自分がどう生きるか」というメッセージは
本編には数々散りばめられています。
君たちはどう生きるか
まず
後継者の川上タケルはオグナにこう問います
「なぜお主はそんな手の届かないものを望むんだね」
人間の寿命が延びたところで一体何になる」
タケルは続けてこう言います。
「お主も悔いのない一生をおくれ力いっぱい生きるのもいい」
「そうすればたった50年の人生だってじゅうぶんのはずだ…」
このように
「自分がどう生きるか」と問うセリフが本編には沢山登場します。
これに対しヤマトオグナは苦悩します。
クマソを討伐するためにヤマトから出てきたが
ボクが本当にやりたかった事はクマソの討伐なのか?
「だれかぼくの道を教えてくれ、ぼくはどうしていいのかわからない」
…と自問自答していくんですね。

反対に
オグナの親父ソガ大王
知性も威厳もない時の権力者であり
自分の力だけは誇示したい典型的なダメ愚王
美化した肖像画を描かせたり
ニセの歴史書を描かせたり
その最たるものが自分のための巨大なお墓建設
そんなやりたい放題やってきた権力の限りを尽くした大王の
死にざまからも本作のテーマが伺えます。
死ぬ間際の大王のセリフには…
「予は今までなんのために生きてきたんだ?
墓を作るためだったのか?なんとくだらねぇ人生なんだ」
「予はもっと、もっと何かやりたかった…」と
自分の人生の虚しさを嘆き、後悔の念に駆られます。
時の権力者として散々やりたいことをやってきたつもりでも
それが本当にやりたいことではなかったと涙するんですね。
これは権力者の哀れな死に様を描いているようで
実は現代人である読者に対しての大きなメッセージにもなっています。
そして手塚先生はこういうシリアスな展開になると
クールダウンさせるためにしょうもないギャグを挿入する習性があります。
なんせ大王が
「ジョニーウォーカー飲みたかった」ってセリフで死んでいきますからね。
シュールなギャグぶっ込みすぎです
冒頭にも触れましたが本作はパロディが多い、
もう笑っちゃうくらい多いです。
時代を風刺したものからセルフパロディまで
結構な量が散りばめられていますので
なんだこれ?って思うかもしれませんがこれが手塚治虫ですから(笑)

時代設定を無視した当時の流行語とか
社会を風刺したブラックジョークも折り込まれていますので
そちらも併せて探してみると面白いかもしれませんね。
自分の人生に満足しているか
オグナがタケルを刺し殺す名シーン
敵国である刺客を手厚く迎えていたタケルに対し
オグナは刃を向けます。
刺されたタケルは恨むわけでもなく迷いの中にいた
オグナの「自分がどう生きるか」という使命を全うしたのだと悟ります。
その覚悟を見届けたタケルは
あろうことか代々誠実だった男に付けられる「タケル」という
名前を敵に送り絶命。
お互い目的は違えど
「自分がどう生きるか」に基づいた選択をした二人の男の姿を描いた
本作のテーマを代弁する屈指の名シーンです。

その後は迷いもなく
己の信念に従って突き進む
ヤマトオグナ改めヤマトタケル
そして彼の物語が進んでいきます。
古墳工事完成を止めること
歴史を勝手に改ざんすること
そして罪のない人々を殺させることをやめること
権力に逆らいながらもすべて「自分がどう生きるか」を選択し続けます。
最後には敵国の娘「カジカ」との禁断の恋を成就させるため
二人揃って生き埋めになることを選択します。
死ぬ間際には
「ボクは満足している、
ボクの一生は力いっぱい生きてきたんだ悔いはないよ」
との言葉を残し生き埋めのまま命を断ちます…。

何とも儚い絶命でしょうか。
オグナは迷いの中で火の鳥と出会ったことで
本当の生きる意味を悟ったんです。
オグナのそんな姿を見て火の鳥は一度も人間には飲ませたことがない
「飲んだものは不老不死になるといわれる」
伝説の生き血を差し出し、そして助けます。
これは火の鳥シリーズの中でも非常に珍しい行為です。

これこそ
火の鳥の「なぜ不老不死を願うのか」という
超越した力をどう使うかを問うたメッセージであると言えるでしょう。
望むものをどう使うかも分からず、ただ己の私欲のため
もしくはイタズラに必要以上の力を追い求める人間の愚かさ、醜さ
そうした人間の本質的な欲望を本作では描き出しています
そんな見せかけの強さより
「自分がどう生きるか」を明確にした人間の方が
誰よりも強くなれるし
誰よりも幸せに生きていける。
そしてそれが正しいものに使われるのであれば
これまで高見の見物をしていた火の鳥でさえもそっと力を寄せてくれる…
限りある命をどう使うのか
「自分がどう生きるか」
これこそが「火の鳥ヤマト編」の最大のテーマになっています。
手塚治虫が想う『火の鳥』
『火の鳥』とは、本当に色んな解釈ができる、読み方ができる漫画なので
どれが正しいのかという回答はありません。
もちろんこの記事の解釈もただひとつの解釈であり正解、不正解という二元論で論じるものでもありません。
読者それぞれの解釈が生まれることが最も健全な事だと思います。
故にご自身で読み進めていく中で
今回ご紹介した「自分がどう生きるか」ということをひとつの軸として
「ヤマト編」を読んでみてもよろしいのではないかと思います。恐らくこれまでと違った目線で、そして新たな気づきを与えてくれると思います。
最後に『火の鳥』ではありませんが
「自分がどう生きるか」というメッセージを他の作品でも残していた手塚先生の有名な名言2つをご紹介しておきます。
医者は生活の安定を約束していた。
しかし、僕は画が描きたかったのだ。
これは手塚先生が漫画家になった後に残した言葉。
医者になるか漫画家になるか迷っていた手塚先生。
当時は漫画家という職業ですら怪しい仕事であり批判の対象ですらあった時代に安定した生活より自分のやりたいことを選択した手塚先生、まさに「自分がどう生きるか」を表した名言のひとつだと思います。
そして最後にもうひとつ名言をご紹介して終わりにしたいと思います。
人間は、生きている間に、なぜもっと素晴らしい人生を送らないのかなぁ。素晴らしい満足しきった人生を送れば、死ぬ時にそんなに苦しまなくたっていいんだろうなぁ。
というわけで今回は火の鳥「ヤマト編」ご紹介しました。
如何でしたでしょうか。
『火の鳥』は人生においてまさにバイブル的マンガであると言えます。
娯楽と知性を兼ね備えた素晴らしい作品ですので未読の方は是非一度手に取って読んでみてほしいと思います。
そして小さい頃に読んだことがある方も『火の鳥』は再読するほどに面白くなるというドエライ漫画でもあるので今一度改めて読み返してみてください。きっと今までとは違う新しい発見があろうかと思います。
ではまた
最後までご覧くださりありがとうございました。
次回はこちら
