見出し画像

【創作BL】氷のヒーローは、初恋をおぼえている第22.5話「君がいるから、僕は眠れる」

12月。初雪が降った朝だった。

月虹堂は、街外れにある小さな古書店カフェ。

木の香りがする店内には暖炉があり、雨の日も雪の日も、誰かがふらりと立ち寄って、本を読みながらお茶を楽しめる。

僕――御影白夜は、店のマスターをしている。

もっとも、マスターである前に、負の感情から生まれる怪物「幻影獣」を狩る魔法剣士でもある。

だからだろうか。

休むのが、あまり得意じゃない。

その日も朝5時前には店へ出て、焙煎機の前に立っていた。

コーヒー豆を挽きながら、今日の仕込みと任務の予定を頭の中で組み立てる。

睡眠時間は3時間ほど。

いつも通りだった。

少なくとも、僕はそう思っていた。

『白夜』

背後から低い声がした。

振り返ると、シベリアンハスキーのぬいぐるみが腕を組んでいる。

クロだ。

見た目はぬいぐるみだが、中身はれっきとした怪物だ。

もっとも今は、月虹堂の看板犬としてすっかり居着いているが。

『お前、ちゃんと寝たか?』

「ああ」

『何時間だ』

「三時間ほどだな」

沈黙。

クロは額を押さえた。

『……重症だな』

「何がだ」

『全部だ』

その瞬間だった。

クロが店の奥へ駆け出した。

『緊急招集だ!!』

嫌な予感しかしなかった。

集まったのは、
僕の恋人であり、店のアルバイトの桜庭 春希(ハル)。

クロと同じく元怪物のぶちねこぬいぐるみ、まよい。

僕の兄弟子で、何故かいつも胃薬を飲んでる水鏡 暁(みかがみ さとる)。

暁の同期で、何故かいつも暁と一緒にいる、龍宮 蒼羽(たつみや あおば)。

議題は「御影白夜 強制休養計画」。

ハルが真っ直ぐに僕を見て、穏やかだけれど譲らない声で言った。

「意義なし!亅

その瞳は優しく、でも一切の妥協がなかった。

「僕に拒否権は...…」

「ありません。今日はゆっくり休んでください!」

即答だった。

結局、満場一致で強制決定された。

焙煎器は使用禁止、任務資料は回収、
さらに鍛錬用の木刀は押収され、備忘録の手帳までハルに確保された。


朝から、やることがない。

体を動かそうとすると、膝の上に柔らかい重みが落ちてきた。

ぶち猫ぬいぐるみの、まよいだった。

ちなみに彼もクロと同じように、僕らが狩るべき怪物だった。

ハルが、彼らに帰るべき居場所として、ぬいぐるみの体をあげたことで、今は店の看板猫になっている。

「びゃくやさん、なでて」

「……なぜだ?」

まよいは胸を張る。
「いまのびゃくやさん、
げんきゲージがたりないの」

「あにまるせらぴーだよ。
なでたら、げんきでるよ」

僕は小さく息を吐き、そっとその小さな頭を撫でた。

まよいの毛並みはふわふわで、温かかった。

「にゃふふふ……」

まよいが目を細めて嬉しそうに笑う。

その笑顔を見ていると、胸の奥が不思議と緩んだ。

午後になると、ハルが絵本を持ってきた。

『くまさん、はるですよ』

ハルが小さい頃から好きだという絵本らしい。

「僕は子どもじゃない」

「いいから!名作なんで、聞いてください」

ハルは僕の隣にそっと腰を下ろし、肩が触れるくらい近くに寄り添った。

それから膝の上に絵本を置き、指先でページを優しくめくる。

「むかしむかし、なんねんも なんねんも 

ゆきが ふりつづける もりが ありました……」

ハルの声は穏やかで、まるで雪の森に陽だまりができたようだった。

ページをめくる仕草が丁寧で、指先が少し震えているようにも見えた。

まるで、僕に大切なものを届けるようだった。

「くまさんは ながいふゆのあいだ 

もりの おばけたちを おいはらう しごとを していました」

……このくまは、僕に似ている?

なんとなく、そう感じた。

「だから みんな くまさんが だいすきでした。

 ことりさんも、りすさんも、うさぎさんも……」

気付けば、ハルとの距離はほとんどなくなっていた。

ハルの声が少し柔らかくなり、僕の肩にそっと頭を預けてくる。

「みんなで かわりばんこに くまさんを 
みまもっていました。

 ゆっくり おやすみ。
 もう がんばらなくて いいよ。
 ぼくたちが そばに いるからね」


「ゆっくり おやすみ」


その言葉に、胸の奥が痛くなる。

眠ってはいけない、

立ち止まってはいけないと思っていた。

もし休んでしまったら。
もし幸せになってしまったら。

失った人たちを置いていくのではないかと、そう信じていた。

だからずっと走っていた。

けれど、

『もう がんばらなくて いいよ』

春希が読んだその一文は、

まるで誰かが、長い冬の中にいた自分へ語りかけているようだった。

「こわくないよ。 ひとりじゃないよ。 ぼくが いるから」

――ひとりじゃない。

昔の自分なら信じなかっただろう。

誰かと並んで歩く未来なんて、想像もしなかった。

帰る場所なんて、もう二度と手に入らないと思っていた。

なのに、
肩に触れる春希の体温は温かい。

クロがいる。
まよいがいる。
兄弟子たちがいる。

月虹堂がある。

気付けば、失った数よりも、
今ここにあるものの方が、ずっと多くなっていた。

まぶたが、少し重い。

最後のページをめくるハルの横顔が、なぜか少し滲んで見えた。

彼は絵本を閉じると、そっと僕の手に自分の手を重ねた。

指を絡めるように、優しく、確かめるように。僕は目を閉じた。

……眠い。
こんな感覚が自分にあるなんて、思ってもみなかった。

ハルの声が遠くなり、暖炉の火の音だけが残る。

肩に触れる春希の体温。
まよいの寝息。
クロの気配。
みんなが、ここにいる。

僕は、そっと息を吐いた。

怖くない。ひとりじゃない。

その言葉を、初めて信じてもいい気がした。


目が覚めたとき、外は夕暮れだった。

橙色の光が店内に差し込んでいる。

隣でハルが眠っていた。

僕の肩に寄りかかるようにして、安心しきった顔で。

僕はそっとハルの髪に触れた。

柔らかい。この子はいつも、無防備に僕の隣にいる。

忘れても、迷っても、傷ついても——

ハルは何度でも、僕を迎えに来てくれる。

「……ありがとう」

小さな声で、僕は呟いた。

聞こえなくてもいい。

今だけは、素直に言いたかった。

僕はハルの額に、そっと唇を寄せた。

触れるだけの、短いキス。

「おやすみ、春希」

ハルの睫毛が少し震えた気がした。

暖炉の火が、ぱちりと優しく鳴る。

窓の外では雪が降っている。

12月の夕暮れ時。

けれど、月虹堂の中は、温かかった。

僕は彼の肩に頭を預け、静かに目を閉じた。
 
長い冬の中で、ようやく見つけた帰る場所。
 
僕はここにいていいんだと、心から思えた。

――かえろう。
 
――あったかい うちに。

いいなと思ったら応援しよう!