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砂漠の北風が吹き抜ける場所で――Gong『Shamal』論

アルバム名: Shamal
アーティスト: Gong(ゴング)
収録曲: 1. Wingful of Eyes / 2. Chandra / 3. Bambooji / 4. Cat in Clark's Shoes / 5. Mandrake / 6. Shamal
リリース年: 1976年(録音:1975年12月)
主要メンバー: Mike Howlett(マイク・ハウレット)ベース・ボイス / Didier "Bloom" Malherbe(ディディエ・"ブルーム"・マルエルブ)テナー&ソプラノサックス・フルート・バンスリ / Mireille Bauer(ミレイユ・ボワイエ)マリンバ・グロッケンシュピール・ザイロフォン・パーカッション / Pierre Moerlen(ピエール・モアルラン)ドラムス・ヴィブラフォン・チューブラーベルズ / Patrice Lemoine(パトリス・ルモワーヌ)オルガン・ピアノ・シンセサイザー / ゲスト:Steve Hillage(スティーヴ・ヒレッジ)ギター(一部楽曲) / Jorge Pinchevsky(ホルヘ・ピンチェフスキー)ヴァイオリン(一部楽曲)

「シャマール」という言葉

「Shamal」(شمال)とは、アラビア語で「北」を意味し、同時にイラクとペルシャ湾岸を吹き抜ける北西の季節風を指す言葉です。夏には砂嵐を引き起こし、バグダッドの空を褐色に染める強風。この言葉をアルバムのタイトルに選んだこと自体、本作の方向性を端的に示しています。Daevid Allen(デイヴィッド・アレン)が作り上げた「ポット・ヘッド・ピクシー」の神話世界——架空の宇宙人や緑色のティーポット、ラジオ・ノームの幻想——は跡形もなく消え去り、代わりに乾いた中東の熱風が吹き込んできました。前作までの湿った幻覚性サイケデリアではなく、砂漠の乾燥した熱気と精密なリズム。この転換は、バンドにとって必然であると同時に、あまりにも唐突なものでした。

正直に言えば、Allen期のGongはずっと苦手でした。架空の宇宙神話、ラジオ・ノーム、ポット・ヘッド・ピクシー——あの独特のふざけ方は、ある種の聴き手には深く刺さるのでしょうが、個人的にはどうにも距離が縮まりません。ユーモアと音楽的深度が同居しているのはわかっていても、その比率がいつも少し合わない。一方で次作『Gazeuse!』以降のPierre Moerlen's Gongは、今度は振り切りすぎています。純化されたジャズ・フュージョンとして完成度は高い。しかしそこにはもう、引っかかりがない。精巧な時計を眺めているような感覚で、何かが胸の奥まで届いてこない。

この『Shamal』だけが違います。長年にわたってヘビロテし続けているのはこの一枚だけで、ゴングのディスコグラフィーのなかで唯一無二の位置にある作品です。後に「Shamal-Gong」と呼ばれるこの瞬間のメンバー編成と音楽的方向性は、前後どちらにも属さない。まさに一期一会のサウンドで、それが長年飽きない理由でもあります。

連続する離脱、そして砂漠の風

1974年の『You』をもって、Gongの「Radio Gnome Invisible三部作」は完結しました。しかしその直後から、バンドは急速に解体していきます。シンセサイザー奏者のTim Blakeが1975年3月に離脱し、同年春にはDaevid AllenとGilli Smythが去りました。Allenはチェルトナムでのライブ中に「見えないフォース・フィールドに阻まれた」として舞台に立つことを拒否したといいます——この説明自体が、彼という人物の本質を物語っています。Steve Hillageもソロキャリアへ向かいます。

こうした相次ぐ離脱を受け、VirginレコードはドラマーのPierre Moerlenにバンドの再建を委ねました。1975年夏、一度は離脱していたMoerlenが復帰し、Didier Malherbe、Mike Howlett、新加入のPatrice Lemoineとともにリハーサルを開始します。録音は1975年12月、ロンドンのBasing Street StudioとOlympic Studioで行われました。プロデューサーとして招かれたのは、Pink FloydのドラマーNick Masonでした。Masonは同年、Floydの『Wish You Were Here』を完成させた直後にこの仕事を引き受けています。Tape Op誌のインタビューでMasonは、「Gongをプロデュースした、とても楽しかった」と振り返っています。

MasonとGongの接点は偶然ではありません。Pink FloydとGongは、1970年代初頭のVirginレコード周辺で結節していた音楽的共同体の一部でした。Floyd的な空間の使い方と、GongがAllen時代から培ってきたサイケデリックなテクスチャーには、根を同じくする部分があります。Masonの貢献は、新しいGongが何者であるかを音響的に可視化した点にあります。

「Shamal-Gong」という特異な存在

後年、音楽史家や批評家たちはこの時期のメンバー編成を「Shamal-Gong」と呼んで区別しています。それは単なる便宜上の名称ではなく、このアルバムが前後のどちらとも性格を異にする固有の存在であることを示しています。「Shamal-Gong」——まさにこの言葉は、個人的な感覚とも完全に一致します。Allen期でもなく、Moerlen期でもない。この一枚にしかない場所に、このバンドは一瞬だけ存在しました。

このアルバムで際立つのは、打楽器の多様性と密度です。Moerlenはドラムセットに加え、ヴィブラフォンとチューブラーベルズを担当し、Mireille Bauerはマリンバ、グロッケンシュピール、ザイロフォンを操ります。音程のある打楽器が旋律を担う場面が随所に現れ、音楽全体に独特の反響感をもたらしています。Malherbeはインタビューでこう述べています。「Daevid Allenが去ったとき、スタイルと神話は彼のものだったと理解した。残されたのは、より即興的で、よりジャジーなもの。そしてアルバムは非常にコヒーレント(coherent:論理的で一貫性のあるもの)になった」と。

収録曲の地平——地図なき旅

アルバムはMike Howlett作曲の「Wingful of Eyes」で幕を開けます。「眼に満ちた翼」という詩的なタイトルが示すのは、Allen時代の神話的語彙をまだ手放しきれない姿勢です。Steve HillageがゲストとしてギターでAllen期のサウンドを召喚し、新旧が一時的に融合する場となっています。しかしそれは回顧でなく、別れの音に近い。

Patrice Lemoine作曲の「Chandra」は本作中で最も知的な設計が施された曲です。「Chandra」とはサンスクリット語で「月」を意味する言葉です。カンタベリー的なオルガンの音色と、そこに絡むMalherbeのサックスは、かつてSoft Machineが開拓した流域へと接続しています。Howlettが詩を書いたこの曲は、月と水と光の関係を瞑想的に語るものですが、Allenのような宇宙的ナンセンスではなく、静謐で哲学的なトーンを帯びています。

Malherbe作曲の「Bambooji」は本作のなかで最も多文化的な曲です。前半は極めて和風。バンスリ(インドの竹製フルート)の音から始まり、アンデス的なリズムを経て、アルゼンチン出身のヴァイオリニストJorge Pinchevsky(ホルヘ・ピンチェフスキー)の弦が割り込む。Miquette Giraudyのボイスが東洋的な色を加え、一曲のなかで地球を一周するような構成を持っています。Malherbeは長年にわたり世界各地を旅し、インド音楽に深く入り込んできた人物です。「Bambooji」に宿る多文化性は、観光的な借用ではなく、彼の身体的体験の反映です。

「Cat in Clark's Shoes」というタイトルは一種の謎かけのようです。「Clark's(クラークス)」はイギリスの老舗靴メーカー——生真面目なブリティッシュ・ブランドの名前を冠した猫が、世界中を踊り歩くというイメージです。実際この曲は、ジャズ的なベースラインからユダヤ音楽的な旋律へ、そしてアルゼンチン・タンゴへと急展開し、複数の文化を猛スピードで横断します。Malherbeのサックスとフルート、Pinchevsky のヴァイオリンが異なる民族音楽の慣用句を素材として解体・再組成していく様は、このアルバムで最もスリリングな瞬間のひとつです。

Moerlen作曲の「Mandrake」は、本作のなかで最も内省的な曲です。マンドレイク(マンドラゴラ)は魔術的な植物として中世ヨーロッパの薬草学・魔術書に繰り返し登場する存在ですが、この曲において神話的説明は存在しません。Malherbeのフルートとbauerのマリンバが、ゆっくりとした光の中を漂うように展開するこの曲は、Allen時代の道具立てを神話なしに使用する試みとして聴こえます。

タイトル曲「Shamal」はグループ全員の共作で、Sandy Colleyのボイスが加わります。砂漠の風の比喩が繰り返されるこの曲は、前後の曲で培ってきた多文化的融合を最もファンク的な文脈で結実させています。HowlettのベースラインはHerbie Hancockの影響を感じさせますが、そこにMoerlenのヴィブラフォンとPinchevskyのヴァイオリンが割り込んでくることで、純粋なジャズ・ファンクには着地しません。「Shamal」——北の風——という名前は、最終的に「いかなる安定した場所にも属さない音楽」の象徴として機能しています。

一期一会の場所

日本の音楽メディアでGong、特にこの時期が語られるとき、「Daevid Allenなきゴング」という定式化が繰り返されがちです。それはある意味で正確ですが、欠落を嘆く視点に立ちすぎています。Malherbeが証言するように、「スタイルと神話はDaevid Allenのものだった」のは事実です。しかしだとすれば、Allenという重力から解放されたとき初めて、Malherbeのフルートが本来どこから来ているのか、Moerlenの打楽器がいかに多様なルーツを持っているのかが、聴き手の前に露わになったとも言えます。

この問いに対するひとつの答えが『Shamal』です。ふざけた神話もなく、ジャズへの純化もない。その空白の場所でのみ生まれ得た音楽がここにあります。砂漠の北風はある場所から別の場所へと砂を運びますが、その砂がどこに堆積するかは誰にもわかりません。このアルバムが長年飽きない理由は、まさにそこにあります。吹き過ぎていく風は二度と同じ軌跡を描かない。だからこそ何度かけても、毎回どこかが新しく聴こえてくるのです。

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