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Cairo『Cairo』(1994, Magna Carta) — 超絶技巧の新人と、省エネ日本盤をやり直す


第一章:Cairo『Cairo』(1994, Magna Carta) — ELPのクローンが見せた、まさかの本気

Cairoは1993年、サンフランシスコでキーボードのMark RobertsonとドラムスのJeff Brockmanが意気投合したところから始まったバンドです。70年代型のプログレッシブ・ロックをオリジナル曲で鳴らすことを目指し、そこにギターのAlec Fuhrman、ヴォーカルのBret Douglasが加わって編成が固まりました。2曲入りのデモテープがMagna Cartaの目に留まって契約に至り、ベースのRob Fordyceを迎えた布陣で1994年にリリースされたのが、このセルフタイトル・デビュー作です。

つまり、他バンドでの活動歴を引っさげたベテラン集団ではなく、正真正銘の新人が結成から1年程度でメジャー(と言ってよいプログレ専門レーベル)デビューを果たした形です。にもかかわらず、収録6曲のうち冒頭のファンファーレ的なインスト「Conception」を除けば、残り5曲はすべて8分・9分・10分・10分・23分という大作構成。新人らしい遠慮など一切ない、笑ってしまうほど徹底したプログレッシブ・ロックへの意志表示でした。

アルバム情報

Cairo(セルフタイトル) 1994年 Magna Carta / Roadrunner Productions B.V. / Apollon Inc.(日本盤: 株式会社アポロン, APCY-8189)

収録曲

  1. Conception (2:10)

  2. Season Of The Heart (10:13)

  3. Silent Winter (8:25)

  4. Between The Lines (9:25)

  5. World Divided (10:16)

  6. Ruins At Avalon's Gate (22:35)

メンバー

  • Mark Robertson — Keyboards, Synthesizers, Hammond Organ, Grand Piano

  • Jeff Brockman — Drums, Electronic Percussion

  • Alec Fuhrman — Guitars, Vocals

  • Bret Douglas — Lead Vocals

  • Rob Fordyce — Bass, Vocals

Emerson, Lake & Palmerへの、クローンと呼びたくなる傾倒

Robertsonのキーボードは単なる「影響」の域を超えて、Emerson, Lake & Palmerのクローンと言いたくなるほどの徹底ぶりです。ヴォーカルのBret Douglasについては、YESのジョン・アンダーソンよりもむしろトレヴァー・ラビンに近い声質という印象が強く、そこにメタリックな質感を帯びたギターが絡むことで、ELPのサウンドを90年代的にアップデートしたような聴感が生まれています。当時まだ若手だったメンバーたちが鳴らしているからこそ、まるでELPそのものが若返って現代に降臨したかのように聞こえる——その感触が強烈にハマる要素だったのではないでしょうか。

しかも本作の美点は、クラシック曲の翻案に頼らず、あくまでオリジナル曲で勝負している点です。ELPからの影響を隠さないバンドは数あれど、既存のクラシック作品を編曲して自分たちの手柄にするのではなく、オリジナルの語法でその世界観を再構築しようとする姿勢には清々しさがあります。特に23分を超える終曲「Ruins At Avalon's Gate」は、本家『Tarkus』の後に続けて聴くと、まるで『Tarkus 2』であるかのように自然に接続してしまう、むしろ、それを凌ぐほどの完成度で、これには驚かされます。

なお、海外レビューサイトでも本作はYESの『90125』とELPの『Tarkus』を意識した作りだと評されることがありますが、実際に聴いた印象としては『90125』色は薄く、大部分はELPへの傾倒が支配的と言ってよいでしょう。

歌詞は、音楽の後からついてきたのだろう

歌詞をざっと通覧すると、内容は終始抽象的・内省的で、「時間」「季節」「嵐」「光と闇」といった曖昧なイメージの反復で構成されています。

  • Season Of The Heart:「季節が巡るように心も変わる」「自分たちは本当に何を成し遂げたのか」という、変化と自己省察をテーマにした内容。「A million suns light the night」のような大仰な比喩が多用されます。

  • Silent Winter:「もう戻れない瞬間」「静寂の冬に閉じ込められる」という喪失・停滞のイメージ。「King's Four」「hourglass is empty」などチェスや砂時計の比喩で、時間切れ・行き詰まりを表現。

  • Between The Lines:「最後の章がやってくる」「呪縛を解けるか」という、決断を迫られる状況の寓意。具体的な対象は示されず、抽象的な葛藤として描かれます。

  • World Divided:「銃が装填され、境界線が引かれる」という対立のイメージから始まり、"Guerra sin motivo"(理由なき戦争)というスペイン語のフレーズも挿入されますが、特定の紛争や事件に言及するわけではなく、あくまで人間同士の分断・不信という普遍的テーマの寓意として処理されています。

  • Ruins At Avalon's Gate: 23分の大作らしく最も語彙が多く、「心の暗い部屋」「死にゆく良心」「仮面」「幻想の歌」「再生の痛みに備えよ」といった、内面の裁きと再生を扱う一種の精神的叙事詩。アヴァロン(アーサー王伝説の島)という固有名詞はタイトルに使われていますが、歌詞自体はケルト神話を具体的に語るのではなく、あくまで魂の彷徨のメタファーとして借用されている程度です。

歌詞クレジットを見ると、ほぼ全曲でBret Douglasが単独、あるいはAlec Fuhrmanと共作で手がけています。

想像するに、Cairoの作り方はおそらく音楽が先にあり、そこにBretが「プログレらしい歌詞」を後付けで書いてみた、というところではないでしょうか。だからこそ聴いていて音楽は耳に残っても、歌詞の言葉そのものは残らない。それでいて耳障りにはならず、心地よく聞き流せてしまう。一方で曲名は、それなりに考え抜かれたのではないかという気がします。

ジャケットは「Windows 95」——低予算CGという時代の刻印

一方で、このアルバムのアートワークについては擁護のしようがありません。当時の安価な(あるいはフリーの)レンダリングソフトで作られたと思しき、いかにも低解像度な3DCGのジャケットです。海外のレビューサイトでも、このジャケットは「Windows 95を思わせるアートカバー」と評されており、音楽の完成度とのギャップを指摘する声は少なくありません。これは裏を返せば「ジャケットだけ見ると期待できない」という共通認識がリスナーの間にあったことを示唆しています。

Discogsのクレジットを確認すると、興味深いことに、このCG制作はドラムスのJeff Brockman自身が手がけています。Brockmanはドラムスと電子パーカッションに加え、共同プロデュース、エンジニアリング、ミキシング、アレンジ、そしてコンピューター・グラフィックスとデザインまでを兼任するクレジットになっています。つまり外部のデザイナーやCGスタジオに依頼したものではなく、バンドメンバー自身が手持ちのツールで内製したジャケットだったわけです。93年結成・94年リリースという制作スケジュールを考えると、予算やスケジュールの制約の中でメンバーが自ら手を動かした結果と見るのが自然でしょう。

Ozric TentaclesのEd Wynneのアートなど、メンバーが秀逸なアート感覚を発揮するバンドもいますが、このジャケットは、残念ながら稚拙すぎましたね。当時のハイテクを駆使したものだったのかもしれませんが、今となってはかなり底辺のアートです。

第二章 もし、アポロンが本気を出していたら

発売元の株式会社アポロンは、このバンドの音の本気度に比して、相当な省エネのプロモーションしか行っていませんでした。

日本盤ライナーを読むと、手がけた伊藤政則氏は、プログレッシブ・ロックとハード・ロック/ヘヴィ・メタルの境界線が曖昧になっていく90年代当時のシーン全体を俯瞰しながら、Magna Cartaというレーベルの立ち位置、そしてCAIROをそこに位置づける筆致でライナーを綴っています。ただ、氏自身が「詳しい資料がないのでどういう背景を持ったバンドなのかよく分からない」と率直に記しているとおり、当時は結成の経緯もメンバーの素性も、ジャケットの制作背景もほとんど手元になかったのでしょう。的確な観察眼はそこかしこに光っていますが、肝心の一次情報の乏しさが、文章の推進力をいくらか削いでしまっています。

また、アルバム名は原題の「Cairo」をそのままカタカナにしただけ、曲名も律儀に英題を並べるだけで、当時の洋楽ディストリビューターがお家芸としていた、あの大仰で意味不明気味な"盛った"邦題文化もまったく発揮されていません。バンドという生身の編成でELPを直系で受け継ぐ、これだけ「本物」の音を鳴らしている作品なのに、プロモーションはずいぶんと省エネだったわけです。

そこで、もし当時十分な資料が手元にあり、発売元の株式会社アポロンがこの作品に本気を出していたら——という前提で、オリジナルのカヴァーアート、アルバムと楽曲の邦題、そして拡充されたライナーノーツを、僭越ながら勝手に作り直してみました。

想像されるジャケット

ピラミッド、宇宙(SF)、そしてアヴァロンという本作に眠る三つのモチーフを軸に、AIで新たに描き起こしたイメージです。低予算3DCGだった実際のジャケットに代わり、「もしアポロンが本気で予算をかけていたら」という体で店長がGeminiに描かせてみました。

生成してみて、色味は違うけどJordan Rudess「The Road Home」(2007)を思い出しました。
まぁ、これがいいかどうかは別として、このくらいは緻密であって欲しかった。

アルバムと楽曲の邦題

次は、アルバムと楽曲の邦題です。

アルバム邦題
『黙示の神殿』 ("Cairo"というバンド名の異国情緒(ピラミッド・ジャケット)を活かしつつ、中身がELP直系の壮大な音楽絵巻であることを示す邦題。"Cairo"というそっけない原題に対して、当時の邦題文化らしい"盛り"を加える形です。/// 実は記事をリリース後に、邦盤の帯に「時の砂」という微妙な邦題を見つけました。)

  1. Conception 「創世の序曲」(2分強のファンファーレ的インストなので、これから始まる大作群への"開幕宣言"として)

  2. Season Of The Heart 「巡る心、還らぬ季節」(変化と内省というテーマ、原題の語感も生かしつつ叙情性を足す)

  3. Silent Winter 「静寂の冬 〜失われた刻(とき)〜」(砂時計・チェスの比喩=時間切れのイメージを補足)

  4. Between The Lines 「行間の呪縛」(歌詞の「呪縛を解けるか」という主題を前面に)

  5. World Divided 「引き裂かれた世界」(ほぼ直訳ですが、当時の邦題ならこのくらい素直な力技もよくありました)

  6. Ruins At Avalon's Gate 「アヴァロンの門、その廃墟にて 〜再生の刻(とき)〜」(23分の大作にふさわしく、原題を尊重しつつ"再生"というラストの主題を副題で回収)

これくらい振り切った邦題が付いていれば、当時の店頭でもう少し違った存在感を放てていたかもしれません。中身の本気度に、せめて邦題だけでも追いついてほしかった一枚です。

あり得たかもしれないライナーノーツ

以下は、伊藤氏のライナーに「もし当時、今回私たちが辿り着いたような情報が手元にあったなら」続いていたであろう内容を、勝手に想像して書き足してみたものです。

 プログレッシブ・ロックというジャンルが、80年代の長い冬を経て、90年代に入りふたたび熱を帯び始めている。その震源地のひとつが、サンフランシスコのマイク・ヴァーニーが興したレーベル、MAGNA CARTAであることに異論を挟む者はいないだろう。'92年のMAGELLAN『HOUR OF RESTORATION』、そしてSHADOW GALLERYと、着実にラインナップを固めてきたこのレーベルが、満を持して送り出す第3弾。それが、このCAIROである。
 まず驚かされるのは、彼らがまったくの新人だという事実だ。1993年、キーボードのマーク・ロバートソンとドラムスのジェフ・ブロックマンがサンフランシスコで意気投合し、70年代型プログレッシブ・ロックをオリジナル曲でやる、というただそれだけの純粋な動機からCAIROは産声を上げている。ギターのアレック・ファーマン、ヴォーカルのブレット・ダグラスが加わり編成が固まり、わずか2曲のデモテープがMAGNA CARTAの目に留まって契約。ベースのロブ・フォーダイスを迎え、結成からおよそ1年というスピードでこのデビュー作を世に送り出したことになる。ベテランの熟慮の産物ではない。この事実を踏まえてから針を落としてほしい。
 全6曲中、ファンファーレのごとき小品「CONCEPTION」を除けば、残る5曲はすべて8分、10分、10分、10分、そして23分。この潔いまでの大作主義に、まず笑ってしまった。しかも、新人らしい遠慮や逡巡がまるで感じられない。デビュー作でいきなり23分の大作を、しかもクラシックの引用に頼らずオリジナルの語法だけで構築してみせる胆力は、並のルーキーにできる芸当ではない。
 サウンドの根幹にあるのはEMERSON, LAKE & PALMERである。それも、影響というレベルを超えて、クローンと呼びたくなるほどの徹底ぶりだ。マーク・ロバートソンの鍵盤捌きは、まさしくキース・エマーソンの再来を思わせる。ハモンド・オルガンとシンセサイザーが縦横に暴れまわり、グランド・ピアノが叙情を運ぶ。そこにメタリックな質感を纏ったアレック・ファーマンのギターが絡むことで、EL&Pのサウンドが90年代仕様にアップデートされたかのような感触が生まれている。まだ若いこのメンバーたちが鳴らしているからこそ、EL&Pそのものが若返って舞い戻ってきたような、そんな錯覚さえ覚えるのだ。
 特筆すべきは終曲「RUINS AT AVALON'S GATE」だ。22分35秒におよぶこの大曲は、EL&Pの『TARKUS』への直系のオマージュでありながら、既存曲の引用や翻案にはいっさい頼っていない。あくまでオリジナルの語法でTARKUSの世界観を再構築しようという心意気があり、実際、本家『TARKUS』のあとに続けて針を落とすと、まるで「TARKUS PART 2」であるかのように違和感なく耳に馴染んでしまう。これには正直、唸らされた。  ヴォーカルのブレット・ダグラスの声質は、YESのジョン・アンダーソンよりも、むしろ『90125』時代のトレヴァー・ラビンに近い印象を受ける。歌詞についてはブレットが単独、あるいはアレックとの共作でほとんどを手掛けているが、特定の史実や固有名詞に頼るタイプの書き手ではないようだ。「時間」「季節」「嵐」「光と闇」といった、抽象度の高いイメージの積み重ねが並ぶ。おそらく彼らの作曲は音楽が先行し、そこに言葉を後から乗せていくスタイルなのだろう。だからこそ、耳に残るのはあくまでメロディとアンサンブルの手触りであって、歌詞の一節ではない。それでいて、これが少しも耳障りにならず、心地よく流れていくのだから不思議なものだ。曲名だけは、「SILENT WINTER」「BETWEEN THE LINES」「RUINS AT AVALON'S GATE」と、いずれも詩的な喚起力を備えており、この辺りにはしっかりとセンスが光っている。
 アルバム・ジャケットについても触れておきたい。ピラミッドとUFOをあしらったこのコンピューター・グラフィックスは、実は外部のデザイナーの仕事ではない。クレジットを見ると、これを手掛けたのはドラムスのジェフ・ブロックマン本人だ。彼はドラムス、電子パーカッションはもちろん、共同プロデュース、エンジニアリング、ミキシング、アレンジ、そしてこのコンピューター・アートワークまでを一手に引き受けている。まだ駆け出しのバンドが、限られた予算とスケジュールのなかで、メンバー自らの手ですべてを内製した結果がこれなのだと知れば、見る目もまた変わってくるだろう。
 古典への敬意を、90年代のテクノロジーと若さで塗り替えてみせる——CAIROというバンドの旅は、まだ始まったばかりだ。この先どこまで行くのか、見届けたいと思わせる説得力が、このデビュー作にはある。

最後に

Cairoは現在、バンドとしての活動を続けているわけではありません。ヴォーカルのブレット・ダグラスは2011年に他界し、キーボードのマーク・ロバートソンも音楽シーンから離れています。2001年の3作目『Time Of Legends』を最後に新作はなく、公式な解散発表こそないものの、オリジナル編成での再結成はほぼ望めない状況です。  

それでも、ドラムスのジェフ・ブロックマンだけは今も現役です。YouTubeチャンネル「@CairoProgressiveRock」を通じて、自身の演奏やCairoの楽曲を発信し続けており、バンドとしての再結成ではなく、たった一人でその記憶を守り続けているような佇まいがあります。あの日、ジャケットのCGを一人で手掛けていた彼が、30年以上経った今も一人でCairoの灯をともし続けている——そう思うと、少し感慨深いものがあります。

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