[第3弾]「電子書籍を買ってくれ」——紙で待たされた読者に、公式は何も言わなかった 少年ジャンプ33号
発売から少しして、Xでこんな投稿が流れてきた。「集英社に問い合わせたら、メルカリの転売は編集で把握していないし取り締まるつもりはない、再販はしないので電子書籍を買ってくれ、と言われた」。要旨はそういう内容だった。
先に断っておく。これは一般ユーザー1人の問い合わせ報告で、Togetterのまとめに収録されて広がったものだ。集英社の公式声明ではないし、大手の報道にも同じ内容の裏付けはない。伝聞であって、真偽は確かめられない。
だから自分が書きたいのは「集英社がこう言った」という話ではない。真偽以前に、この一文が「集英社の本音」として受け取られてあっという間に広がり、そして公式がそれを打ち消しも補いもしていない、という事実のほうだ。ジャンプ33号の転売については前編で構造を、続報で発売日の実際を書いた。今回はその続きで、抜け落ちていた一点だけを見ていく。
この回答が、どう聞こえるか
自分が最初に思ったのは、対応の中身より前に、これがどう聞こえるか想像できていないのがまずい、ということだった。
「電子書籍を買ってくれ」。仮にこの一文を編集部の誰かが本当に口にしたのだとしたら、言った本人はたぶん、案内のつもりだったんだと思う。でも、毎週その紙を買い続けてきた読者の耳には、まったく違って届く。「お前が並んでいた列は、もうこっちには用意しない。デジタルに移れ」と言われたように聞こえる。
「メルカリの転売は把握していない」のほうも、額面どおりには受け取られない。日経もテレビも報じて、書店が謝罪の告知を出す規模の社会問題になっている話を、当の版元だけが把握していないとは考えにくいからだ。だからあの言葉は「知らない」ではなく「関知しない」と翻訳されて広がった。
同じ情報でも、誰に向けて、どういう順番で言うかで、意味は反転する。ここが抜けていた。伝聞が「本音」として一気に拡散したのは、内容が過激だったからというより、「あ、この人たちは紙で買ってきた自分を数に入れていないんだ」という感触に、多くの人の実感が重なったからだと思う。
そして、ここが本題なのだけれど。もしこれが本当の本音とズレた伝聞なら、公式が一言「そんなことは言っていない、紙で買えなかった方にはこう考えている」と出せばいい。でも、それがない。前編・続報を通して調べた範囲でも、集英社が転売に直接触れた声明も、紙の再販や重版について読者に向けた発信も、確認できなかった。空白がそのまま放置されている。
「電子書籍を買ってくれ」が代わりにならない理由
伝聞の当否はさておき、「困ったら電子で」という発想そのものが、今回の号ではそもそも代わりになっていない。理由は単純だ。
まず、付録が物理のカードだった。33号の目玉は『ONE PIECEカードゲーム』用のプロモカード、ルフィが1冊に1枚とじ込まれていた。電子版で本文は読める。でもカードは紙の本を手に入れないと出てこない。電子版の定期購読者向けには有償の応募者全員サービスが別に用意されていたが、これは購読者限定で負担金もかかる、別ルートだ。この話は続報で書いた。「電子でどうぞ」でカードが手に入るわけではない。
もっと引っかかるのは、カードを欲しがっていない人まで巻き添えになったことだ。33号は『アオのハコ』の最終回が載った号でもあった。約5年続いた連載の締めくくりを紙で読みたかっただけの人が、付録転売で棚が空になったせいで買えなかった。ブックスなにわ古川店は公式Xで「毎週楽しみにされている方、購入できなかった方、申し訳ございません」と謝り、最終回の立ち読み用を1冊店頭に置く対応をとった。SNSには、いつも買いに来る常連にだけ売ると決めた店の話も流れていた(こちらは伝聞だが)。現場の書店がやっているのは、要するに「顔の見える読者を守る」ことだ。版元ではなく、街の書店がそれをやっている。
読者の声も具体的だ。ロケットニュース24が伝えた読者は、30年以上毎週紙のジャンプを買い続けてきて「こんなことははじめて」と言い、抽選もことごとく外れた。芸人の藤井ペイジさんは「45年ジャンプ買ってて初めて買えないかも」とコメントしている。30年、45年、紙で買い続けてきた人たち。この層に「電子書籍を買ってくれ」は、どう考えても届く言葉じゃない。彼らはコンテンツを消費してきたんじゃなくて、月曜に紙のジャンプを買うという習慣ごと続けてきたのだから。
メルカリには「33号 付録なし」という出品まであった。カードはいらない、雑誌だけ読みたい、という需要が現実にある証拠だ。
対策の量はあった。抜けていたのは、紙の読者への言葉だった
公平に書いておくと、集英社が何もしなかったわけではない。通常より50万部の増刷、お一人様1冊の要請。これはどちらも編集部の公式告知で、数の対策としてはかなり踏み込んでいる。前編でも、手は打っていると書いた。
実は、この構図には前例がある。2025年10月3日発売の『ONE PIECE magazine』Vol.20。創刊号の表紙をあしらったルフィのプロモカード(今回とは別のカードだが、同じONE PIECEカードゲームのプロモだ)が付録に付き、やはり品薄と転売の標的になった。蔦屋書店系の店舗が「重版未定・ご注文もお取り置きもお断り」「再販分はお一人様1冊」と告知する事態になり、11月に重版がかかっても、入荷のたびに棚から消えた。受注生産や応募者全員サービスのような「欲しい人が確実に手に入る経路」は、確認できた範囲では用意されていない。定価1,650円のムックの付録カードは、いまや2万円前後で取引されている。
自分もこのVol.20を買えなかった一人だ。だから33号の「50万部増刷」という数字を見たとき、9か月前の反省が量には反映されたんだな、とは思った。ただ、引き継がれたのはそこまでだった。
だから今回の欠けは「量」じゃない。増刷はした。にもかかわらず、紙で毎週買ってきた読者に向けた発信と、その人たちをどう救うかという話だけが、すっぽり抜けている。50万部刷りました、1人1冊にしてください——ここまでは言った。でも「それでも買えなかった、いつも紙で買っている方へ」の一言が、公式からはついに出てこなかった。
対策のうち、供給を増やす部分は前を向いていた。でも「言葉」の部分が空いていた。人は、空いた場所に流れ込んできたもので全体を判断する。今回そこに入り込んだのが、例のあの伝聞だった。
自分にはこれが、たまたまの不運には見えない。全体として、お金になる部分——増刷して売る、電子の有償応募に誘導する——はちゃんと設計されているのに、お金にならない部分——買えなかった紙の読者に向けて何をどう言うか——が最初から設計に入っていない。これは自分の受け取りだけれど、読者が二の次になっている構造の表れだと思う。
紙で買う、ということ
一歩引くと、これは1つの号の炎上を超えた話につながっていると思う。
紙で買うというのは、単に情報を受け取ることじゃない。手元に残る。付録が付く。月曜に店に行く習慣がある。読み終わった雑誌が積み上がっていく。そういう、消費とは少し違う何かが乗っている。今回カードだけ抜かれてゴミ箱に積まれた本誌の写真は続報でも触れたけれど、あれが刺さるのは、本体を「ガワ」扱いされたように見えるからだ。紙で買ってきた人ほど、あの扱いにこたえる。
象徴的なのは、長年の読者による「卒業」の投稿が相次いだことだ。42年間買い続けたという読者は、ほぼ埋まった「ジャンプチケットラリーチャレンジ」の台紙の写真とともに「今回の件でスッパリと買うのをやめることにしました。単行本派になります」と投稿した。35年の読者は「20店舗回って諦めつきました。これを機に卒業します」と書き、「願わくば今後は読みたい人の手に届くように配慮を」と結んだ。約40年の読者の卒業の言葉は「長い間、お世話になりました」だった。
その卒業投稿への返信に、いちばん本質を突いた声があった。「読みたいマンガが少しずつ減って、それでもワンピースが載っている内はと思っていましたが、まさかそのワンピースのおかげで読めないとは。もういいかな」。ワンピースは、紙のジャンプに残る最後の理由だった人が多い。その最後の理由が読めない原因に変わった瞬間、人は離れる理由を見つけてしまう。
台紙の写真の意味も重い。チケットラリーは紙版の購入者限定で、毎号目次のチケットを集めた枚数に応じて賞品がもらえる、編集部自身の企画だ。応募期限は2026年7月31日。33号を買えなかった参加者は、ゴール目前で台紙に穴があく。「せっかく紙媒体でこういう楽しめる企画があったのに、まさか転売ヤーに邪魔されるとは」という同じ台紙の投稿は、百万回を超えて表示されていた。紙で毎週買うことに意味を持たせる仕組みを自分で設計しておきながら、その参加者が買えない号を作ってしまった。
そして数字を見ると、紙は確かに細っている。2025年、紙の出版市場は書籍と雑誌を合わせて初めて1兆円を割り込んだ。週刊少年ジャンプの印刷証明付部数は2026年1〜3月期で100万4,167部。2013年の同じ時期は283万部あったから、13年でおよそ3分の1だ。紙と電子の売上比率も、編集長が2023年末に「ほぼ半々」になったと語ったと報じられている。紙は、もう安泰な柱ではない。
肌感覚でも分かる話だと思う。普段のジャンプは月曜に出て、日曜になっても棚に残っている号が珍しくない。その雑誌が、カードの付いた週だけ発売日の深夜に消えた。完売したのは雑誌の人気ではなく、カードの人気だ。この落差を複雑な気持ちで眺めているのは、売れ残る普段の号を毎週買い支えてきた読者のほうだと思う。
だからこそ引っかかる。紙が細っているのは事実として、その紙をいちばん最後まで支えているのは、毎週買ってきたあの読者たちだ。30年、35年、40年、42年、45年。その人たちが記念号を買えず、公式からは言葉もなく、伝聞では「電子に移れ」と受け取られる。紙を守りたいはずの出版社自身が、紙を最後まで買っている人を軽く扱っているように見えてしまう。
紙が減るのは時代の流れで、それ自体を止めろとは言わない。ただ、細っていく紙を最後に支えている読者に、買えなかったときの一言すら用意しない。この積み重ねが、紙のマンガ文化を静かに細らせている芯なんじゃないか。自分はそう思っている。
それで、あなたはどう受け取りましたか
今回言いたかったのは、シンプルだ。転売対策の量はあった。抜けていたのは紙で毎週買ってきた読者への言葉で、その空白に伝聞が「本音」として流れ込んだ。読者を待たせたまま公式が黙る、という設計そのものが問題だと思う。
解決策を並べるのは今回はしない。ただ、増刷という数の対策と同じ熱量で「買えなかった、いつも紙で買っている方へ」の一言があったら、あの伝聞はここまで公式の顔にはならなかったはずだ。空白を埋めるのは、たぶん量じゃなくて言葉だ。
あなたは、あの「電子書籍を買ってくれ」を、どう受け取りましたか。紙で買い続けてきた人にとって、あれは案内に聞こえましたか、それとも切り捨てに聞こえましたか。そして、いま公式にいちばん足りなかったのは、部数でしょうか、それとも一言のほうでしょうか。コメントで聞かせてもらえると嬉しいです。
なお本記事は特定の個人や企業を非難する意図はなく、公開情報と自分自身の見聞をもとにした分析を目的としています。文中で触れた「集英社への問い合わせ回答」はSNS上で拡散した一般ユーザーの伝聞であり、集英社の公式声明として確認されたものではありません。
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