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【シエスタ式人生設計】第5話:なぜ他人の成功に揺れるのか

他人の成功を見ると、
少しだけざわつく。

昇進しました。
独立しました。
月商〇〇万円を達成しました。

おめでとう、と思う。

でも同時に、
胸のどこかが静かに揺れる。

なぜでしょう。

自分も努力している。
自分もちゃんとやっている。

それなのに、
誰かの報告を見ると、

「自分は遅れているのではないか」

という考えが浮かぶ。

不思議です。

誰かの成功で、
自分の人生が減るわけではないのに。

でも、なぜか減った気がする。

不思議な計算です。

比較が苦しいのは、
能力差を見ているからではないのかもしれません。

“位置”を見ているからです。

私たちは無意識に、
人生を一本道のレースのように想像してしまう。

前にいる人。
後ろにいる人。
そして、自分はどこか。

一本道だと思っていると、
他人の前進は、自分の後退に見える。

だから揺れる。

でも、もし人生が一本道ではなく、
配置の連続だとしたら。

他人の成功は、
別の配置の結果にすぎない。

どこに依存を集中させたのか。
どんな環境に身を置いたのか。
どんなリスクを選んだのか。

その違いが、結果になっているだけかもしれない。

そこに上下はない。

あるのは、違いだけです。

比較が刺さるのは、
自分の位置が固定だと思っているからです。

今の立場は動かせない。
今の選択は取り消せない。

そう思っていると、
他人の成功は脅威になる。

でも、決断が仮配置で、
依存が持ち替えられるものだとしたら。

他人の成功は、
自分の終わりを意味しない。

ただの、別の配置の例です。

すると何が起きるか。

嫉妬は、情報に変わります。

「あの人は才能がある」ではなく、
「あの人はそこに集中させたのか」と見られる。

焦りは、分析に変わる。

比較は、刃物ではなく道具になる。

もちろん、揺れはなくなりません。

それでも、
その揺れが“敗北感”ではなくなったとき、
立場は少し変わっています。

他人の成功は、
あなたの失敗ではない。

配置が違うだけかもしれない。

その前提に立つと、
世界は競争の場というより、
観察の対象に近づきます。

急いで追いつかなくてもいい。

いまの位置を見て、
動かせる部分を考えればいい。

それだけでも、
ざわつきは少し静まります。

世界は、思ったより急いでいない。


ここまで読んでくださったあなたへ。

もしあなたが、

不安を“消す”方法ではなく、
不安を“扱える立場”に立ちたいと感じているなら、

私はその構造を一冊にまとめています。

▶ 【シエスタ式人生設計|思想編】(3月9日公開予定)

今すぐ何かを変えなくていい。
ただ、自分の立ち位置を整理したいときに。

ここに置いてあります。

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