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【シエスタ式人生設計】第2話:なぜ決断はこんなに重いのか

決断は、怖い。

転職。
引っ越し。
独立。
結婚。

どれも、ワクワクより先に
「間違えたらどうしよう」が浮かぶ。

なぜでしょう。

能力が足りないからでしょうか。

勇気がないからでしょうか。

たぶん、少し違います。

私たちは、
決断を“確定”だと思っている。

一度選んだら、それで固定。
やり直しは効かない。

間違えたら終わり。

そんな前提で考えている。

だから怖い。

たとえば、今の仕事を辞めるかどうか。

続けても不安。
辞めても不安。

どちらを選んでも、
“未来が固定される感じ”がする。

まるで分かれ道で、
どちらかを選んだ瞬間、
もう戻れなくなるような感覚。

それは、怖い。

そりゃ怖い。

でも、本当に決断は
そこまで絶対的なものでしょうか。

いまの仕事を選んだ過去。
それは、完全に動かせないものでしょうか。

転職しても、また転職できます。
独立しても、また勤められます。
住む場所も、変えられます。

簡単ではない。

でも、完全固定とも言い切れない。

それでも私たちは、
決断を“取り消せない宣言”のように扱っている。

だから、手が止まる。

完璧な選択をしようとして、
動けなくなる。

もし決断が、
“確定”ではなく“仮配置”だとしたらどうでしょう。

いまここに、自分を置いてみる。

違和感があれば、
時間をかけて持ち替える。

最初から完璧な位置に置ける人はいません。

家具の位置も、
一度で決まることはあまりない。

置いてみて、
少しずらして、
また動かす。

人生も、それに近いのかもしれません。

決断が怖いのは、
あなたが臆病だからではありません。

決断を“確定”だと思わされてきただけです。

学校はやり直し前提ではない。
就職も一本道に見える。

「間違えるな」と言われ続ける。

その空気の中で、
私たちは育ってきました。

でも社会そのものは、
ずっと更新されています。

会社も変わる。
制度も変わる。
働き方も変わる。

固定されているのは、
現実よりも、私たちの前提かもしれません。

決断は、確定ではない。

決断は、仮配置である。

この前提に立つだけで、
恐怖は消えなくても、質が変わります。

「間違えたら終わり」から、
「違ったら動かせばいい」へ。

大きな安心ではありません。

でも、呼吸は少し深くなる。

決断は、人生を縛る宣言ではない。

いまの位置を、いまの自分で選ぶこと。

それだけかもしれません。

その位置が合っているかどうかは、
歩きながら分かります。

立ち止まっていると、
永遠に分からない。

急いで正解を出さなくてもいい。

仮に置いてみる。
違和感があれば、また動かす。

その前提だけで、
決断の重さは少し軽くなる。

世界は、思ったより急いでいない。


ここまで読んでくださったあなたへ。

もしあなたが、

不安を“消す”方法ではなく、
不安を“扱える立場”に立ちたいと感じているなら、

私はその構造を一冊にまとめています。

▶ 【シエスタ式人生設計|思想編】(3月9日公開予定)

今すぐ何かを変えなくていい。
ただ、自分の立ち位置を整理したいときに。

ここに置いてあります。


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