続・現役放射線技師が語る!日常の中の放射線(前編)ーー実はよく知らない?放射線のこと
放射線のはじまりはひとりの化学者、ヴィルヘルム・レントゲン博士から

1895年、50歳のヴィルヘルム・レントゲン博士は、ヴュルツブルク大学(ドイツ)の総長でありながら、実験物理学者として真空放電の研究に取り組んでいました。真空放電とは、ガラス管の中に電極を封入して電圧をかけながら真空にすると陰極線という放射線が出る現象です。11月8日、夕食をとるため部屋の電気を消すと、ガラス管の近くにある蛍光板が青く光っていることに気づきました。実験装置のスイッチを切り忘れていたのですが、ガラス管は黒い紙で覆ってあるので陰極線の光のせいではありません。試しにガラス管と蛍光板の間に手を入れると、手の骨が映りました。レントゲンは新種の放射線の存在を確信し、その解明に全力を注ぎます。
▶特許を取得せず賞金も大学に寄付
正体不明の光線を、数学で未知の数をXと表すのになぞらえて「X線」と命名。多様な物質を透過するが鉛で遮蔽できる、蛍光物質を発光させるが熱を伴わない等の性質を突き止めました。そして、論文を発表すると世界中で大反響が起こり、X線の透過力を利用したオペラグラスまで商品化されました。医療機器会社は博士を厚遇で誘い、特許取得をすすめる人も後を絶ちませんでしたが、「X線は人類が広く利用すべきもの」と全て断りました。そして1901年、X線の発見に対して第1回ノーベル物理学賞が授与された際の賞金も全額を大学に寄付しました。
1914年に勃発した第一次世界大戦でX線は兵士の診断治療に大いに利用されました。しかしレントゲン自身は大戦による超インフレの中で、困窮のうちに77歳の生涯を終えたのです。
現在の放射線の人体への影響についての閾値(いきち)が示されています。閾値が設けられたのは、広島・長崎における原爆投下後の人体の影響に対しておこなわれた疫学調査によるものです。実際、放射線をあびても、匂いや圧を感じることも熱を感じることもありません。
ただし、大量の放射線をあびることで、やけどや腸炎、白内障や癌などの症状が出る場合があり、放射線の量(閾値)によって異なります。
原爆が投下され、何の知識も与えられない中で被爆地に残り被曝した人、黒い雨にさらされ被曝した人、放射線が残る被爆地に入り被曝した人達などの犠牲によって、私たちの知識が成り立っている事は、常に忘れてはならない事実だと思います。
放射線が人体にあたえる影響

現在の医療現場で被ばくする放射線は一般的に胸部レントゲン撮影では0.06ミリシーベルト程度と非常に少ない量です。
技術の進歩により、レントゲン撮影時の被ばく量も過去に比べて格段に少なくなっています。
放射線防護の基本

一般財団法人日本原子力文化財団「エネ百科」より
放射線の外部被ばくを避けるための考え方に「放射線防護の3原則」があります。これは、放射性物質との間で「遮へいをする」、「距離をとる」、放射線を受ける「時間を短くする」というものです。
この3原則は、19世紀後半、X線や放射能が発見され、同時に多くの研究者、医療従事者等の身に起こった放射線障害の歴史から導き出されたものです。
先にも書かれていますが、特に日本では広島・長崎での原爆被爆者の痛ましい犠牲による多くの教訓も反映されています。
参考
産業医学レビュー Vol. 36 No. 1 2023
電離放射線の歴史から学ぶ放射線防護
Radiation Protection from the History of Ionizing Radiation
岡﨑 龍史氏
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ohpfrev/36/1/36_1/_pdf
