子どもは言語化できないけど多くのことを感じ取ってるという話─事業統括部長×現役経営学大学院生の記録─
自己紹介とここまでのお話
私は静岡出身、現在32歳で社会人が通う経営学領域の大学院生をしている、Aoi Sakura(あおい さくら)と申します。
日中は事業会社の事業統括部長として働いています。
前回は私の生き方や考え方の根幹を支える哲学のような内容を書かせていただきました。
長くなってしまいましたが、お時間がございましたら、お読みいただけますと幸いです。
前回、私の光と闇、八百万(やおろず)の人格と思考が入り乱れる様子をお伝えしましたが、本日は幼少期から小学校の頃、経験してどう思ったかを書いていきます。
環境は人を変える部分もありますが、持って生まれた性格(遺伝的要因も含め)は変えようとすると苦しくなることがあります。
私は、いわゆる「男らしい」とは真逆で、繊細さを持って生きてきました。
まわりを見渡せば、私のように考えすぎるタイプの方は意外と多くいます。
ビジネスパーソンにとっては他者理解、社内外の人間関係、マネジメントとしての人的管理も含めて、ご参考にしていただけたらと思います。
さて、こちらが私の光のプロフィールです。

光は表向きに出す情報で、1つの事実です。
一方、こちらは私の闇のプロフィールで、こちらもまた事実です。
全く違う人間に見えると思います。

それでは光と闇の2面性、2面では済まない私の人生、幼少期、小学校編をお伝えできたらと思います。
私が持って生まれたものと、育った環境について
のどかな静岡で生まれ育った私は、怒られたり、周りの人が怒られている空気感がすごく大嫌いな性格でした。
良いことを言ってくれる優しい人の言葉ももちろん聞きますが、同時に高圧的な態度で正しくないことを言ってきたら、後者に従うタイプでした。私の判断基準は、怒られないこと、だからです。
だからと言って、私は終始怯えているかと言えばそうではなく、周りの人と楽しむことを優先し、スポーツもできたので、表面と内面が一致しない部分が多々あるタイプでした。
『子どもは正直だから!』と言い切る大人を見ると、確かにそういうタイプは多いかもしれないけど、子どもは言語化できないだけで、多くのことは感じ取って、それが鎧(よろい)になっていることをぜひ知ってほしいと思っています。
この部分が今回のメインテーマです。
幼少期から繊細だけどアクティブ
記憶にある最初といえば、保育園に入って、そこでの生活は覚えてないのですが、帰りのスタンプカードみたいなのに並ぶのが遅れて、保育士さんから簡単に注意を受けたことにすごいショックを受け、保育園に行きたくないと言い、「保育園中退」をしました。
華々しいヤンキーエピソードを失礼しました。。
当時は心情の移り変わりは覚えていませんが、とにかく少しの圧や表情、言葉で大きく傷ついてしまっており、正直に言えば今でも続いています。
最初に残っている記憶が「恐怖」であり、過去のことも嫌な記憶がこびりついていると考えると、少なくとも私の記憶というものは、恐怖を覚えたことを一貫して残してしまっている構造だと実感しています。
さて、保育園中退後は、水泳、剣道、ピアノを習わせてもらいました。
水泳は市内大会でバタフライ1位、個人メドレー2位、自由形8位くらいの成績をおさめました。選手育成とかいう泳ぐだけのコースが怒られるし泳ぐだけは面白くなくて、コースを変更して、少し泳いだらなんかキン肉マン消しゴム的なのをプールに沈めてそれをキャッチするようなコースでわいわい楽しくて、水泳は小3くらいで辞めることとなります。
剣道も小学校1年生〜6年生までの全学年が揃う中で、小1にして最優秀なんとか的なすごいありがたい賞をいただきました。剣道はその後、高学年の人たちが容赦無く頭に振り下ろす痛さが苦痛というのと、年齢によってとれる級数に制限があるため、モチベーションがあがらずやめました。
今振り返ると、身体を動かし、いろんな経験をしたことで、頑張れば上達してそれが楽しいく、自分が成長している実感ができること、そうなると、その活動自体が楽しくなることを、感覚的に学んできました。
その反面、大人というのは期待して、その期待が大きくなると、悪いことしてないのに厳しく怒るようになることを知り、それは嫌だなぁとずっと思うタイプでした。
そもそも複数の子どもに対して何か教育、指導を行う場合、全体を管理しないといけず、安全を第一で考えないといけないので、一定数の緊張感をもたすのは、気持ちもわかります。
特にスポーツにおいては、繊細すぎると苦しいものになり、それが成長を阻害する要因になることも後々気づくこととなります。
怖いもの知らずで、俺が俺がの方が伸びます。
もちろん、技術が均衡してくるようになると、頭を使ったりしますが、これを私は中学の段階で植え付けられ、チームの結果は出すけど自分は死んでいく感覚を覚えます。これは中学編でお話ししますね。
激動の小学校
全国1位タイの先生
小1,2年生で、全国1位タイであろうという素晴らしい先生に出逢います。
1位タイと言ったのは、他にも素晴らしい先生はたくさんいてその方々を私が知らないからです。
でもきっと私が出逢った先生を超えることはないのではないだろうか、そんな、そんな想いで、この表現をしています。
7歳の子に常に丁寧な敬語、叱る姿を見たことはなく、幼い私たちと向き合ってしっかり対話をしてくれるタイプでした。
私が小1の頃、人生で初めてのドッジボールをしたときです。
自陣の後ろの方でボールをキャッチした私は、とった位置からそのまま投げてワンバウンドで相手に届くようにしたことがありました。
先生はコツを教える目的で、「もう少し線の近くに行って投げてみたらどう?」と聞いてくれました。
その先生に私は、「ボールをぶつけたら痛くてかわいそうだから・・」と返しました。(きゅん)
その後先生が何を言ったか覚えていませんが、なんとも言えない表情をした記憶と、その後私は先生にも気を使い、線の近くまで言って、優しい力で自動にボールを投げた記憶は残っています。
先生も私も、どちらも正しいと思えることを主張していると、今でも思います。
私は学校や人前ではしっかりしますが、家庭では大はしゃぎするタイプです、なんなら下校中にも、友達と楽しく過ごす前提で、大はしゃぎます。
通学時に車が通ったら全力で並走して姿を消すという技を生み出した私を羨望の眼差しで見つめる同級生、という構図でした。
運転手さんからしたら大迷惑以外の何ものでもありません、ご迷惑をおかけしました。
でも、学校へ行くとあまりに姿勢良く集中して先生のいうことをよくきき、小1の時点で休み時間の前に着席を促す声掛けをしたので、先生は私が家庭で自分を出せているかと母に確認したくらいです。
今となってはわかりますが、大人が見たら他の児童と比較した際に、相対的に異常すぎて、家庭で何かあるのでは、と疑うのは普通だと感じています。
女王の教室風だけど大きく満たないクソ教師
ここから私の人生は多少の荒波へと向かいます。
小学校3年生で問題教師にあたります。
学級委員長になった私は、教師から標的にされて攻撃され、身体にマジックで教師の名前と◯ね!を書き、数週間不登校になり、その後私立の小学校に転校する形となります。
その教師(おそらく教員採用試験は通過せず講師で勤務)は、1年で学校を転々とするタイプで、問題を起こし続けていた様子でした。
今思えば、この先生は中学ではむしろ子どもと同じ温度感で話すタイプだったと思いますので、場所が変われば違った評価をされていたのかもしれません。
その昔、「女王の教室」という小学生からしたらとんでもなく恐ろしく、でも大人が見ると賛否両論あるけど良い先生に映る、考えさせられる素晴らしいドラマがあったのですが、その先生風、それにロジックが足りないのと、気分屋がのっかった感じのタイプでした。
私が不登校になる決定づけとなった出来事、帰りの会で歌を歌って、全員が全力で歌えたと思ったら着席するという指示があり、私は1回目から着席、クラスの女子数名が歌い終わっても5回連続くらいで立って、なかなか終わらないということがありました。
私はなんで立ってるのかな、と思うと同時に、学級委員として責任感が足りないのでは、先生も何も言わずピアノをひくし、代表として自分だけずっと何も言えずに座っておくのは違うんじゃないか、先生も何か全力じゃないと感じているから、無言でピアノを続けてるんだと思う。
私はそう思いました。
その教師は何も言わず、6回目くらいの、ピアノを始めました。
それが終わり、全力で歌えたか、という問いに、女の子数名に加え、私は初めて着席せずにいました。
そのときです、「なんでお前は立ってるんだよ!!!」初めて立った私に、親を殺されたのかと思うような形相でその教師は怒鳴りました。
私は人生で初めて怒鳴られ、意識が真っ白になりました。
理由をきかず、どうしたらよくなるかのアドバイスもせずピアノを続け、空気が緊張感漂う中で、ずっと座っていた私の、1回目の起立で間髪入れずに、目を大きくして大声で怒鳴ったのです。
大人が何を考えているかを読み取るのを得意とする私が、全く読めないタイプでした。
ロジックがめちゃくちゃで、しかも感情を出すタイプの気分屋がこの世界には一定数いで、私はこのタイプが今も苦手です。
その後の時系列的な記憶はあまりありませんが、家に帰って、油性マジックでその教師の名前と◯ね!という名前を体中に書き、大泣きし、母のなぐさめに前否定しました。
普段学校からは楽しく帰ってきて、友達ともたくさん遊んでいた私がこんな状態になっている様子を見て、さすがにまずいと思った母は、数日学校を休んでいる間に、近くの私立小学校への転校を勧めてくれました。
母がその問題が起きた小学校に相談に行った時の話です。
当時の校長は、「先生にも未来があるので・・・」という言葉を残したとのことです。
その後、学級崩壊にはなりませんでしたが、1年間、同級生がノイローゼ気味になっていたと聞いています。
そしてその教師はまたどこかへ行ったとのことでした。
国立大教育学部出身の私が考える「小学校教員」の特性
この章では私の経験を基に、少し刺激的な話しをします。
現役の小学校教員をしている方は飛ばしていただけたらと思います。笑
私はうつ病も経験したこともあり、この世界をシュミレーションゲームとしてちっぽけな人生として捉えているので、否定的によんでいただけたらと思います。
ひどいことをいいますが、感情的にならず、ロジックを捉えていただけたらと思います。
私は小中高校の教員免許をもっています。
基本的に教員免許(多くは教育学部や教職課程で実習等を行い、必要な単位取得)を持っていれば、教員採用試験に受からなくても、教壇に立てること、あまり知らない方もいます。
これは講師と言って、免許があれば、各都道府県や自治体の教育委員会のようなところに登録しておいて、必要な人員として案内があり、補充されて各学校に着任する形になります。
特に教育学部(一般的には小学校は教育学部卒が多いです)は、びっくりしますが、その学生が小学生みたいなタイプが多くいます。
良く言えば、子どもと同じ目線で楽しめるタイプが多いです。
私はその中でも一定数の学力が求められる国立大の教育学部で学んでいた私ですが、その異様な雰囲気に当時は驚きました。
1つエピソード解いて伝わりやすいことで言うと、近年の「多様性を認めていこう」という素晴らしい考えがあります。その「多様性」という言葉には、多様性を否定する人も含まれるはずです。そこに視野は届かず主張を押し通す形で信じて疑わず、「多様性は認めなければいけない」と本気で思い、それを犯すものを軽蔑するタイプが多いです。あの人なんか変わってる、やばいよねで片付ける、思考の深さが足りないタイプが多いです。
ロジックより感情で、道徳はすごく良いことだという主張をもった者が本当に多いです。
これはまた別の機会に書きますが、道徳とは恐ろしいもので、道徳を大切に思う方が社会に出ると苦しみ、乱暴な大人によって精神的に病む傾向があると感じています。
逆に道徳はどうでも良いくらいの、自分がよければすべて良い、という感じで自分のことに集中するタイプは、周りの因子に影響を受けず、良い成果を出して評価をされることが多いのです。
そんな教育学部の雰囲気に何か反発心を持っている者も一定数いますが、変な曲がり方をして、他の優秀な学生に比べると稚拙なことが多くあります。
就活でコンサルや経営幹部候補専門の企業で他大学の人と話すと、ここまで優秀なのかとワクワクしたことを覚えていますが、ここに圧倒的に及ばない感じです。
私も曲がっている部分は多くありますが、なんというか教育学部の人はもう少しセンスのない曲がり方をしています。
さて、教育学部の傾向として、全体で何かをする時、きつく注意したりいじめはダメという考えはあるので、建設的に相手の意見を尊重して一緒にやることを大切にし、コミュニケーションを心がけた結果、質の低いものを時間をかけてやって、あの時は大変だったけど乗り越えたよね、みんなで何かをつくることってやっぱりいいね!と幸福感を感じるタイプが多くいます。
この純粋な教員の卵が現場に出て、資本主義の競争の世を生きる保護者の方々に対峙した時に、太刀打ちできないのは想定できます。
自分のロジックが崩壊していることに気づかない、中身も重要だが、成果でものを見るのが普通という価値観が極めて少ない、社会というものを知らない、相談する相手も解決策を提示できない、そんなところだと想像がつきます。
それでバランスが崩れて病んでしまったり、変な尖り方になって、問題を起こすそんなこともあるんだと感じています。
私たちも小学校教員はそういう特性をもっていると理解すると、仕方ないと感じることもできるかと思います。
今まで、自身が教育学部卒ということもあり、厳しく一社会人として意見を述べました。
ちなみに、本当に優秀だと感じる人は、5%くらいいました。
20人に1人の換算なので、わりといます。
中高の教員になるともっと割合は増えるはずです、教育学部ではなく、教育学部以外で、教職をプラスでとるタイプの人たちなので、各学部で専門性を身につけながら、教職を志した姿に、敬意をもちます。
体育と音楽系の教師に関してはまた別でかなり独特です。笑
ちなみに中高になると今度は一転して、道徳的な観点や協調の姿勢が薄れるので、職員室の雰囲気や学級運営もガラッと変わります。
ここは小中ギャップが生まれる要因でもあります。
散々言いましたが、私の結論、小学校の教員はこれでいいのだと思います。
否定しまくったのですが、教員は小学校と同じ目線で、
ロジックではなく理不尽を言いながらもみんなでやることを第一に、
社会に出た時に和を乱さない人を作り上げ、
学習指導要領に準じて、
全国に一定水準の学力を担保することにやりがいを感じ、
子どもの成長を燃料に達成感を味わえる、
これが社会のパズルのピースとしての、
小学校教員だと感じています。
成長した子どもは努力や周りとの協調が評価されると信じて社会に出るも、実態は資本主義で成果が求められギャップが存在していることを知らず、反抗心を出しされると面倒で暴動になりかねないので、何かに刃向かわず我慢をし、労働して税金を納めるようなタイプ、頭が良すぎると面倒なので、社会に出たときに管理しやすい人ならOK、そんなところです。
ただこれは、江戸時代の朱子学や、儒学の延長にもあり、こういった国の教育施策を受けてきた人が、当たり前にそれに疑問を抱かないのは理解できます。
むしろ小学校教員もその被害者でもあります。
私は結局は学校教育に疑問を持っているので教員にはならず、やはり家庭が一番だと強く感じて、外部から教育に働きかけを行う仕事もしています。
良い先生とあたるか、これは運要素もありますし、教員自体がギャップや大変さを感じて正常ではない状態になっていることも考えられるため、6年間毎年良い先生に当たるのは、確率でいうと高くないと思っています。
いろいろな教師と出会い、多少の理不尽も経験する、というのは必要かもしれません。
教員が大変なのも事実で、寛容さは重要です。
私が保護者の立場なら、小学校教員のレベルは先に述べた感じなので、あまりに教員が理不尽をしたらロジックで説明してもらうようにアポをとる、これにつきます。
子どもに伝えるなら、『先生の言うことは基本しっかり聞いて、まずトライしてみて、でもその時に自分でも本当にそれは合っているだろうかと考えよう。』と伝えます。先生には言わなくていいから、帰ってきて私に何を言われてどう考えたかまた聞かせて!そんな感じで対話の機会を作ると、子どもの多角的な思考、解釈レベル、他人への説明力があがり、親は教師の理解もできると思います。
私が保護者なら、SNSで採点がどうだこの教育がどうだ!で主張することは絶対にしません。
外圧を必要以上にかけて教員を傷つけることは、やりすぎだからです、社会構造としての、教員をやりたいと思う者が減ると、社会は回らなくなります。
そもそも教員もやること多すぎて大変なのは事実なので、協力して子どもの教育を行うことが重要です。
でも、あまりの理不尽さには、ときに戦うことも重要だと感じています。
長くなりましたが、次は小学校時代の私について述べています。
3年性で私立小学校への転校、6年性で児童会長へ
保育園もやめ、小学校もやめることになった私。
親が続けさせないから、「そういう逃げる人生になった」んじゃないかという方がいるかもしれません。
ご指摘の意味はわかりますが、私の考えはこうです。
小学校年代で無理に頑張らせすぎて、
生きるのが辛くなってしまい、家に籠るか、
大人の考えはありつつ、子どもの本当の声を信じ、
親が行動を起こして子どもの言ったことを実現させるか。
これが子どもの甘えか、本当の叫びかで対応は異なる。
ここは当事者として言いますが、私が持って生まれた繊細すぎる部分を守るために母が行動してくれたことを、今でも感謝しています。
この性格は母譲りで、父はそのような感情が全くないタイプでした。
教育という何かもわかっていないのに、「お前の教育が悪いから」と母に言うタイプです。
このくらい他責にできて視野狭く自信を持っていたほうが、なぜか社会で生き抜くには都合がよくはまったりします。
幼少期から私に選択をさせてくれたからこそ、今も自分で選択して活路を見出す、その行動には責任をもつことを、幼い頃から体験させてもらいました。
転校した先の私立小学校は、学級経営がうまい先生が揃っていました。
これも大人になってからの考えですが、公立は先生がピンキリ。
私立はいじめ等の問題は学校経営に関わるので、授業のうまさより、学級経営がうまい方が多い傾向にあると感じています。
結果私は転校した先の小学校で、持ち前の友達をたてる気持ちの良いコミュニケーションと先生の言うこと、運動神経も良かったことから、小6で児童会長を務めることとなります。
小学校生活を今振り返ると
結果論ですが、あえて成功事例としてお伝えします。
子どもはしっかりと考えをもっています。
表情や態度、仕草から適切にキャッチアップして、対話をすることで、コミュニケーションが形成されます。
子どもがヘルプサインを本気で出している時、やばい人から離したり、その環境を変えることは、一定数負荷はかかりますが、人生を良い方向に進めることがあります。
大人になった私が考えること。
逃げると言う言葉を使うか、方向転換という言葉を使うか、そこには要点だけ聞いて勝手な解釈をするのではなく、対話からの最善策を探るべきです。
子どもは、その状況や心情を適切に言語化することは難しいけど、多くのことを感じとっています。
その言葉を、求める回答に誘導させるのではなく、素直な気持ちを聴いてあげてほしいです。
これは社会人となった部下や新入社員の方々に対しても一緒です。
我慢が足りないなんて言いますが、何もわからない人が居心地よくないなら、受け入れる側の責任、私はそう思い、組織を見ています。
個人のスキルはもちろん重要ですが、環境整備と、人への信頼が良い影響を与えると、私は信じています。
新しい出会いに人生を立て直せるんじゃないか。
私はそう思います。辛い時に休むことは重要、苦痛を味わい続る1年というのは、とんでもなく長い時間です。
改めて、子どもでも対等に対話すること、子どもから本心を伝えてもらう関係でいることの重要性を、今、感じています。
これは仕事での部下との関係にも似ています。
次回予告
次回は中学編となります。
野球で特待生だらけに囲まれた中でレギュラーを掴み取り、全国大会に行き、大人の汚さを知り、追い込まれすぎてイップスになり、それでも評価してくれた野球雑誌に救われた。そして家庭状況は経済的に悪化していた。
そんな話しをします。
とんでもない文章となってしまいしましたが、こういった悪の部分は対人関係で見せることはありません。笑
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これからもよろしくお願いします!
Aoi Sakuraより
