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【洋書感想文】『デーミアン』ヘルマン・ヘッセ 1919年

 主人公シンクレアの成長を通して自己探求を描いた作品。自分とは何か、人間とは何かということを内面から問いかける。題名のデーミアンはシンクレアの導き手であり、シンクレア自身でもある。内なる自分を表出させたような存在だ。
 比較的裕福な家庭で育ったシンクレアは、真面目に勉強して大学に進学して普通の職に就いて…という絵に描いたような人生を望めるような境遇にいた。大人になっていくシンクレアは自分はどの道を進むべきかという問いに囚われ、平凡で満ち足りた人生コースからは外れていく。世間はそっちの道を行けと言っているけど、自分の内面から湧き上がる衝動はそうじゃないと言っている。人が進路を選ぶ際によく立つ岐路だ。もちろん、安全で安定した、レールが敷かれた人生の道をとる人がほとんどだが、シンクレアは敷かれた人生行路ではなく己が道を行く。たとえそれが困難を極めるものだとしても。
 人間が幸福になるのは案外簡単なのかもしれない。周囲が望むような人生を送ればいいからだ。幾千幾万の先例があり、同じような道をたどった人生の先輩から再現性の高い助言を得られる。でも、そんな幸福には惹かれない人たちがいる。自己を知るために、自分のしたいことを探求し、自分だけの道を進む人たちだ。どちらが人間らしいだろうか。

Ach, das weiß ich heute: Nichts auf der Welt ist dem Menschen mehr zuwider als den Weg zu gehen, der ihn zu sich selber führt!

いまならわかる。人間にとって、自分自身へと通じる道を進むことほど辛いことはないのだ。

酒寄進一訳

 作中で示されているとおり、これはいばらの道だ。でもこの探求心を抑えられない人たちはこの道を行く。自分には何ができて、何に向いていて、何のために生まれてきたのかを模索し続ける。人並みの幸せでよしとしない人種だ。自分がどこにたどりつくかも分からないまま、気が遠くなりそうな膨大な時間と場当たり的に積み上げてきた経験でもって人生を彷徨し続ける。これは自己の創造に伴う産みの苦しみだ。

„Es ist immer schwer, geboren zu werden. Sie wissen, der Vogel hat Mühe, aus dem Ei zu kommen. Denken Sie zurück und fragen Sie: war der Weg denn so schwer? — nur schwer? War er nicht auch schön? Hätten Sie einen schöneren, einen leichteren gewußt?"

「生まれるのはいつだって辛いことです。卵から出ようともがく鳥をご存知じゃないですか。昔を振り返って、自分の胸に訊いてごらんなさい。人生の道はそんなに辛かったか、と。辛いだけでしたか?すばらしいこともあったのではありませんか?もっとすばらしく、楽な道を見つけられたと思いますか?」

 傍から見れば失敗だらけで、無駄打ちだらけのやぶれかぶれな経験の集積でしかない自分の人生を振り返って、もっと楽な道もあっただろうかと思えるのか、思えないだろう。自分の内面に応ずるがままに選んできた道は、ある意味不可避的である。それは自分で決めているようで、自己を超越した何かによって突き動かされている。「自分がAをしたい」というとき、なぜかと問われれば「自分はAが好きだからだ」と答える。なぜ好きかという問いにはそのAを知った原体験や幼少期の家庭関係などからある程度根拠づけられるかもしれないが、つまるところ「好きなものは好き」というトートロジーに帰着してしまうだろう。どんなにそれが好きな理由を挙げたところで、それは対象を好きになった説明でしかなく、動因にはなりえない。たとえ何らかの理由で一時的にその好きなものを放棄したとしても、気が付くとまたその好きなものに関わってしまっている。自分が対象を追いかけているようで、事あるごとに対象が自分の前に現れる。それはもはや運命と呼べる。

Solange der Traum Ihr Schicksal ist, solange sollen Sie ihm treu bleiben
夢があなたの運命であるかぎり、夢に忠実であるべきです

酒寄進一訳


 自分の道を行くとはいわゆる将来の夢を追求するのとは少し違う。「オリンピックで金メダルをとる」を例に考えてみる。なぜ金メダルを取りたいかと言えば、自分の身体能力におけるある種の達成であり、スポーツ選手としてのキャリアのためであり、国家の威信を示すためであり、金や名声のためというのも含まれているだろう。つまり、これは世間的に価値があることを追求しているに過ぎず、自分の内側から湧き上がるような情動とは言えない。長年思い描いてきた念願が叶った瞬間に「なんで今までこれを成し遂げたかったのだろう」と思ってしまうことは少なくない。過程に生きがいを見出だしていたとも言えるが、根本的にそれは自分の道ではなかったのだ。
 そうは言ってもその夢が、なぜだか自分でも説明できない、損得を超えて突き動かされるものなのか、何となく周囲からすすめられ、意図的に選び取ったものにすぎないのか、この判定は難しい。この点にこそ、この作品が問う自分だけの道を行くことの難しさがある。自分のしたいことが、本当に自分の内面からきていて、それをする以外ありえないものになっているのかを点検する作業(=自己探求)の重要性を本書は説いていると読めるのかもしれない。人は自分のしたいことが必ずしも社会に受け入れられるわけではないが、社会に受け入れられるために人は自分のしたいことを倒錯して作ってしまう。シンクレアの人生の要所要所で現れるデーミアンのように、自分の道を指南する存在を心の内に宿していてないとこの道を歩むことは難しい。

 洋書としては今の私のドイツ語の実力(学習歴1年半:計1200時間程度)にはちょうどよく、文章も易しすぎず難しすぎずで、学習としても非常に充実したものであった。ヘッセの詩的な自然や内面の描写はまだ邦訳がないと厳しいかなという実感だが、そろそろ邦訳なしでもドイツ文学が読めるかもと予感させる瞬間もあり、ステップアップの教材としてもよい役割を果たしてくれた。分量が少なめなところも多読教材として推しやすい。次のドイツ語の洋書もやっぱりヘッセかなという気がする。

読書データ
読み始め 20250710
読み終わり 20250808
期間 30日
時間 37時間26分

原文はグーテンベルクのものを読んだ。
https://www.gutenberg.org/cache/epub/41907/pg41907-images.html

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