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苦手な「自己紹介」をしてみようと思います。

 noteを初めて1年2ヶ月が過ぎても 未だにできていない自己紹介。
 正直今まで「自己紹介ってそんなに必要?」と思っていました。

 Q : 何故かって?
 A : 私は自分をアピールすることが大の苦手だから。

 “生まれてこなければよかった存在” それが私だと思い込んで生きてきた。自己肯定感など皆無。どこにアピールする部分があるのだろう? それ故に歴代の自己紹介と言ったら 周囲からよく言われることを自分の長所・短所に当てはめただけのハリボテ。そんなんだからバイトやら派遣の仕事・オーディションなどの面接ではことごとく不採用。
「え、そんなことある!!???」
 姉から大真面目に心配されたことがある。

 けれど “今の私” は何となく自己紹介の意味を掴みかけている。
 私が考える自己紹介の本質。それは「自分のアピールしたい部分を伝える」のではなく、

「“周囲が見る私” と “私から見た私” の差を明確にし、埋めていく」こと。

 週の真ん中・水曜日。

【自己紹介】
どうも。みなさん こんにちは。
“ダイヤの原石” 前田じあん です。

私の名刺

 そうだ。自己紹介こそがレッテルを剥がす作業そのものなんだ。

 大切なことに気づけた今こそ 私が要らないと思ったものを「要らない」と言う時だ と思い、苦手な自己紹介をしてみようと思いました。お付き合い頂けると嬉しいです。
 水曜日は 好きなことを書く日! それでは書いてみよう😊



【自己紹介】

◆前田じあん とは

 名前:前田じあん(ペンネーム)

ダイヤの原石という意味を込めて
ギリシャ語「adamazein」をアナグラムにしたもの
これが最初のプロフィール画像
実物よりこっちの方が…

「ぉおっと。」

年齢:42歳

去年の冬までは「学生さん?」と言われていた
そう。去年までは。。。

としょぼくれてたらつい最近も言われた🥰
↑このオデコのシワが消えてくれない

友達が糸って言うんだけど痛そう🧵🪡
お勧めのシワなくす方法あったら教えて下さい😭
(切実)

と思っていたのですが、
ある頃から気にならなくなった。
 「おでこのシワが消えない💦
こんな顔で街を歩くのは嫌だ💥」
という不安を克服し
コンフォートゾーンを広げられたお陰
だと思っている。


 性別:女

でもどちらかというと中性的
年下女子から意外にも人気があるんですよ?

 干支:猪

猪突猛進の「伊之助」年
猪突猛進! 猪突猛進!
声真似もできます😀

星座:ふたご座

星に約1m近づけたのは涙ものの肩車
ふたご座の真下だったね~♪
Dreams Come True「いつもいつでも」より
ふたご座は写真左上あたり
ちょっと雲に隠れてる

動物占い:正直なこじか(←何年前の話だか)

何かといつも馬鹿正直
勧誘やらSNSやらで騙された経験は二桁に及ぶ

性格診断:INFP

これで振られる人もいるって聞いたけど
人間関係にヒビが入りませんように…

得意なこと:暗記、0→1、唐揚げ、声真似、お金の消費(依存症レベルは抜け出した)、動物・子供と目が合う(凝視)、自分の内側との対話、「今」を感じる生き方、雨の匂いがわかる、場の空気・居合わせる人間模様を読み解く、積読・飾っ読(←娘に指摘された)

結構あった✨

好きなこと:歌、絵、詩、写真、心理学、思考を巡らす、自分自身を見つめる、自我状態たちとの問題解決、絵本作成、TeaTime、友達と過ごす時間、文通、思い出作り、人と話す、junaidaの絵を眺める、散歩、買い物、服、誰かと力を合わせて物事をやり切る、プレゼントを考える

書き出したら切りがないかも💦

周囲からよく言われること:「話しやすい」「何かのキャラクターになってそう」「思ったより背が高い」「学生さん?」←ただ嬉しいだけw「血管にレモンティー流れてる」「じあんと言ったら歌」「顔ちっさ」「太んないでしょ?」「健康毛」

意外と表面的なモノばかり
「月と月面」理論か?

視力:最近特に老眼が進行中

エッセイを書き始めて
スマホの文字がぼやけるように

ラッキーカラー:黄・紫

黄色は自分で勝手に思っているだけ
紫は一度占ってもらった方が言っていた
なので一時期 髪色も紫に。
そう。私は単純な人間。

私の色んな側面のひとつ:複雑性PTSD

例の、噂の、聞いたことのある、、
「あれでしょあれ!」

自我状態:78名 → 81名

1番の友であり同志であり理解者「最強の仲間たち」


◆肩書き

 “今の私”

どんな時も私が生きているのは「今」


 歩く芸術家(歌・写真・絵・思考)

友人公認


 おかあ

娘のお友達界隈・ご近所界隈でも
あだ名のように呼ばれている


メンタル心理カウンセラー
上級心理カウンセラー

だからなんだよって話なんだけど
折角頑張って取った資格だからちゃんと記載する!


“K.I.R. soldier”

「Keep it real」ありのままを貫く戦士
理解されない苦しみの中生きている人たちを
私は“キィル ソルジャー”と呼んでいる
画像の左が“K.I.R. soldier”のイメージ
誰のことも傷つけない “言葉” が武器


◆noteを始めた理由

 2022年11月頃に「自分の経験をエッセイにしよう!」と思い立って執筆を開始。認知度も理解度も低い「複雑性PTSD」について知ってもらう為、試行錯誤する中で薦められたのがnoteだった。

 まず私はエッセイストでもなければ、本を出した経験などない。ただの無名の凡人というだけでなく、本を読むこと自体が苦手。それなのにエッセイを書いた。「知ってもらいたい」との一心で。
 自分で印刷会社を探して、販売経路をどうするか考えて、かかった費用の回収をどうするか頭を悩ませた。結果は惨敗だったけれど やってみなきゃわからない事が山ほどあった。

 エッセイの周知の為に始めたnoteで、今では「知ってもらいたい」ことを書き続けている。これが今回の挑戦によって得た “最高の財産” なのかもしれない。

 書ける場所があること
 受け入れてくれる人が居ること
 共感できる想いが集うこと
 その一部になれていること

私のとっての財産


◆簡単な家族構成 & 生い立ち

〈 母親 〉
 通称“あの人”。毒親。私の苦しみの元凶。

〈 血の繋がった父親 〉
 遺伝子的な観点からいう父親。顔も名前も知らない。戸籍上他人。生きてるか死んでるかも不明。もはや気にもならなくなった。

〈 育ての父親 〉
 元・一級建築士。空気が読めない。話が長い。血は繋がってないけど意外と趣味が合う。癌で奥さんを亡くしている。

〈 きょうだい 〉
 姉・兄・弟(弟は同級生)。全員育ての父親の連れ子。




 “あの人”のお腹の中に私がいるとわかった時から物語は始まる。
 私の母方の家系では、ばーちゃんの代からある宗教に入信していた。その宗教が原因で相手の家族から結婚を大反対され、“あの人”は1人で生み育てることに。
 私が2歳に満たない頃、育ての父親と結婚。私を連れて行くか祖母の養子にするかも議論したが、父親が引き取ると言ったことで私たちは家族となった。

 幼稚園の年少までを祖母の家の近く(渋谷区)で過ごし、年中からは電車で1時間ほど離れた田舎へ引っ越す。ばーちゃん家(田舎)が都会で、実家が田舎という不思議な位置関係。だからか静かな環境で勉強するのが苦手。ガヤガヤしたカフェや歌いながら勉強したことの方が脳に定着しやすい。
 この時既に“あの人”からの暴力・暴言は始まっていた。

 小学校では常に一匹狼を貫いた。誰かと行動を共にすることが嫌い。女子のグループ化も嫌い。登下校もいつも一人。それが好きだった。
 小学3年生の時に合唱団に入る。塾通いが始まる。
 小学4年生の時から年1回くらいの片頭痛に悩まされるように。
 小学5年生くらいから万引きをするように。
 小学6年生で生徒会の副会長に。受験の為合唱団へ参加できなくなる。ストレスは増し万引きが常習化。

 中学生。何とか自分の内側を悟られないよう必死で隠す日々。周囲から弟と比べられることが増え、ストレスがまた1UP。恋愛・対人関係・勉強などで失敗と後悔を重ね心がボロボロに崩れていく。

 高校生。貼られたレッテルを剥がすことが出来ず、レッテル塗れの自分を演じて生きた。
 高校2年生で保健室登校気味に。遅刻はしないけど、早退することが増えた。“あの人”は働いていたので家にいないから都合が良かった。
 高校3年生。夢への道を閉ざされ人生どうでもよくなった。

大学生。大海を知らない井の中の蛙は、世界は更に広いのだということを思い知らされる。
 大学1年目は何とか順調にスタートを切った。
 大学2年で初めて付き合うということを体験し、自分にとって付き合うことよりも大切なものに気づけた。
 大学3年。書道部の部長を務めやる気に満ちていた私は、自分の限界を既に越していることに気づかずメンタルダウン。大学へ行けなくなる。「〇にたい」と思うように。
 4年目は休学しバイトに明け暮れる毎日。心を休める為の休養という名目ではあったが 母親の監視下であることには変わらない。
 何の変化もないまま復学した5年目。精神病棟へ入院しながら大学へ通った。そして無事に卒業を果たす。

 31歳。紆余曲折あったものの、この年に自分の幸せをかけて嫌々ながら動き出す。そして旦那と結婚。
 ギリ34歳で娘を出産。家事・育児に追われるうちに自分の問題の本質は何も解決していないことに気づき、再び心療内科へ。そして診療所の先生のもとへ通い、臨床心理士・マオ先生と出会う。その間 実に14年。それはそれは長い道のりだった。けれどこの時点で全ての闇が晴れていく訳ではない。

 39歳。エッセイの執筆開始。
 40歳の夏にエッセイ販売開始。
 “今の私”42歳、こうしてnoteを書き続けている。


【前田じあん note用語・note仕様】

◆私の内面世界『安全な場所』

 コンフォートゾーンをイメージして頂くとわかりやすいかと。
 私が安心していられる内側の空間。恐らく無意識層に存在している。ワークを通して創り上げた内面の世界。私の成長に合わせて広がってゆく。

◆ワーク

 トラウマ治療で行うカウンセリングのようなもの。
 自分の安全(心の面での)を確認して、目を閉じて、無意識に立ち上がるイメージをじっくり見つめたりアクションを起こしたりする。時間にして約50分。

◆“今の私”

 その文字通り「今」この瞬間を生きている私のこと。自我状態たちと区別するために設けた肩書き。

◆“私の中の私達”=自我状態

 「思考・感情・行動のパターン」。誰かと関わる時の考え方・感じ方・行動の。交流分析論では(P : Parent)、大人(A : Adult)、子ども(C : Child)の3つのカテゴリーに分類されている。
 私にはこの癖の数が現在発見したものだけで81ある。

◆自我状態会議

 自分の内面を見つめ、より生きやすくなるようにみんなで相談しながら意見を出し合いながら改善していくこと。ありのままで生きていく為の選択として行う。

◆“○○な私” □□

 “○○な私”とは、自我状態の位置づけ。私のどんな部分の癖なのかを表す。
 □□は 自我状態の呼び名。太文字表記するようにしている。

◆「」と『』

 「」で書く文章は現実世界の人が話す言葉。
 『』は自我状態たち内面世界から聞こえてくる声。

◆臨床心理士・マオ先生

 2年半に渡るトラウマ治療を共に完走した 臨床心理士の先生。もちろん偽名。

◆診療所の先生

 心療内科の先生。漢方薬を処方してもらっていた。私を複雑性PTSDと診断してくれた先生。マオ先生を紹介してくれたのもこの先生。


【私の内面世界『安全な場所』】

 内側の世界だから表記は『』。治療を積み重ねるごとに広がっていった内側の世界を簡単にまとめてみます。

◆初期|枯れ木と荒野を蘇らせる作業

 1.人生の木(元・死にかけの枯れ木)
 2.満月
 3.どこまでも続く草原
 4.光る花(→ こころの花 : Your Smile)

◆中期|過去の私を探す旅

 5.記憶の場所(闇の穴・俯瞰の崖・記憶の底)
 6.今ここの扉
 7.過去の川
 8.理想の峰
 9.始まりの場所
 10.連鎖のそら
 11.”未だ見ぬ私”の畑
 12.心の灯台
 13.思いを届けるトロッコレール
 14.赤と黒の渦
 15.怒りの氷塊
 16.深層心理美術館

中期頃の『安全な場所』

◆後期|これからの私を受け入れる旅

 17.未来の芝生
 18.“なりたい私”への未知
 19.無の隔たり
 20.ツギハギハート と 光の柱
 21.ゴールテープ

◆強化期|今までの学びを日常に沁み込ませる訓練

 22.ワタシナンカの海
 23.飲み込んだ地球
 24.特別な金色

◆終結期|自分の足で歩くための準備

 25.記憶のゴミ捨て場
 26.Ego States Orchestra と 楽譜『願いの欠片』
 27.不安の雨
 28.揺れても大丈夫の虹
 29.感情のズレ
 30.誘惑の水流
 31.ピクニックの丘
 32.選択する「今」

まだ描き途中だけど
こんなに広がった『安全な場所』


【“私の中の私たち”自我状態】

 複雑性PTSDの私が取り組んできたトラウマ治療。それが自我状態療法とアクティブ・イマジネーションのハイブリッド・ワーク。詳細については過去記事を参照していただけると助かりますっ

▼治療内容について書き残した記事は コチラ▼

 自我状態81名 全てを紹介していると切りがなくなってしまうので、個々の紹介記事を追々こちらに掲載していければいいなと思っています。
 一先ず、現状こんな感じです ↓

 1人ずつ順番に探して、向き合って、寄り添って、受け入れていく。81人全員とそうしてきた。それができると自分が愛おしく感じる。
 自我状態は遺文の一部でもある訳なんですが、私はそれぞれに人格を与えて会話もするし名前も付ける。内側の世界の親友みたいな存在になる。自分自身なのにちょっと別角度から見ることができて、優しさも向けられるし愛おしくもなる。これぞ正に 一心同体 だなって思う。

私は治療の一環として取り組みましたが、誰もが挑戦してみてもいいんじゃないかなって思います。そうしたら世界がより良くなると私は信じているんですけど ね。

▼自我状態とのやり取りをまとめた記事はコチラ▼

▼治療のことやトラウマのことはコチラ▼


【合言葉】

 ワークを通して自我状態たちとの約束や誓いを合言葉にしました! 日常の色んな場面で思い出しながら過ごしています。そんな私にとっては宝物の言葉たちを紹介します💎

 ・もう誰も置いて行かない
 ・迷った時は あの歌を歌おう。
 ・「ありがとう」と「ごめんね」も忘れずに
 ・自分に約束。無理はしない。
 ・大丈夫、私たちなら越えてゆける。
 ・見た目で判断しない!
 ・私は特別
 ・「負けない愛だよ。」
 ・願いの欠片たちの想いも “なりたい私” まで連れて行く
 ・私たちを信じてくれる人たちをまずは信じていこう。
 ・「私は最強」
 ・幸せになりたい人、この指とまれ!
 ・“That is living.” それが生きるということ。
 ・「『おかえり。』」← 自我状態たちと友達の双方から貰った。
 ・そろそろ自分に素直になってもいいんじゃない?
 ・評価は要らない
 ・揺れても大丈夫


私たちの旅は これからも続いてゆく───。

 本当の私について、最後まで読んで下さりありがとうございます!
 みなさんの中の私のイメージに 読む前と変化はあったでしょうか? お時間がありましたら どんな部分がイメージと違ったか? またはどこがイメージ通りだったか? 教えて頂けると今後どんな自己紹介をしていくかの勉強にもなります。なんにせよレッテルは早いうちに剥がしてしまいたい🤔
 是非 コメント 残していって下さいませ✨

 私は交流がしたいから。
 互いの本質に触れて、認めて、受け入れ合う。
 そんな交流がしたいから。

 何卒よろしくお願い申し上げます😊

以上

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