その評価、誰かの犠牲の上に成り立っていることを忘れるな!
みなさん、こんにちは。
前田じあんです。
先月頃のことだったと思います。
旦那が、突然帰ってきては
大きな溜息ひとつついて
こう言いだしました。
「はぁ。もう理解してもらうのやめようと思って。」
私の脳内は「?」になりますよね。
だって、それは私の台詞だから。
もういいやと言いながら
本当は話を聞いて自分を評価してもらいたい。
旦那はそんな人柄なので
「何、急に。」
とすかさず聞き返しました。
親の会社次いで代表取締役やって、寝ずに働いて、家のことも全部やって。でもその大変さって誰もわかんないんだよねー。だから理解してもらおうとするだけ無駄だなって。
そうね。そうね。
お義父さんの代で立ち上げた会社は
大分ブラックよりだった所を
かなりクリーンに持って行って、
仕事も朝昼夜晩と本当に働きづめで
家に帰ってこない日なんてザラで、
眠らずに働いていたよね。
うん、うん、知ってるよ。
一番近くで見てきたんだからね。
そんでそんで?
「家のことも全部やって」
……あぁ、いつもの、ねぇ。
うんうん。それが決まり文句だもんね。
いいよ別に。そう思ってればいいさ。
全部やってると思ってるんだもんね。
あんたが仕事で返ってこない日の
寝かしつけや痙攣・夜驚症の対処も、
その不安と戦いながら眠れずに過ごす夜も、
なかなか帰ってこない父親に対する
娘が抱く寂しさが“憎しみ”に変わらないよう
「おとうも本当は一緒に遊びたいと思ってるよ。」
なんて声掛けも、
熱を出さないようにとの日々の体調管理も、
あんたがまき散らした不機嫌のせいで泣く
娘の心の修復作業も…
全部やってくれてる、ってことだよね?
全部やってくれてるのに
娘はあんたの居ない所で
あんたの文句ばかり私に言うのは
何でなんだろうね!?
今日は久しぶりのこちら。
まえだ家 ○○事情
〈 カサンドラ症候群 〉

積もる不満はこのくらいにして、
(本当はまだまだ山ほどあるけど)
今日の本題に入りたいと思います。
私は〈カサンドラ症候群〉だったのか!?
私が〈カサンドラ症候群〉という言葉自体を知ったのが、本当に最近のことでした。Instagramの流し見タイム中に、ふと目に留まった動画。そこでは〈カサンドラ症候群〉について動画付きで詳しく説明していました。
〈カサンドラ症候群〉とは
パートナーや家族など身近な人が、自閉症スペクトラム症(ASD)やその傾向を持つ場合、その人とのコミュニケーションや情緒的交流がうまくいかず、慢性的なストレスから心身に不調(不安・抑うつ・疲労など)が生じる状態。正式な疾患名ではない。
”カサンドラ”という名前は、ギリシャ神話に登場するトロイアの女王・カサンドラのこと。太陽神・アポロンから恋人になるのと引き換えに未来予知の能力を授かるのだけれど、カサンドラは「アポロンが自分を捨てる未来」を予知しアポロンの愛を拒絶する。怒ったアポロンは「真実を語っても誰も信じない」呪いをかけた。
この誰からも信じてもらえないというカサンドラの立ち位置と、誰からも理解してもらえない状況に苦しむ当事者を重ね合わせて〈カサンドラ症候群〉と呼ぶようになったそうです。
🌬カサンドラの苦悩
カサンドラはトロイア戦争で「トロイアの木馬が危険だ」と予言しますが、誰も信じないという呪いをかけられています。誰もその言葉を信じずトロイアは滅亡します。私が納得いかないのは、その結末を招いたのはカサンドラだとされている所です。
ギリシャ神話に於いてカサンドラが象徴しているものは二つあるそうです。
1.真実を語る者の苦悩
2.男性を拒絶する者としての象徴性
私も旦那への不満や何をどうあがいても上手くいかない夫婦関係について、たくさんの人に話を聞いてもらってきました。けれど私の言葉をそのまま理解しようとしてくれたのは僅かに一人だけ。その一人が居たことが本当に奇跡だったのかもしれませんが、この状況が私をより苦しめました。
私は傷ついたのに…
こんなに毎日しんどい思いしているのに…
社会的に認められている旦那がいつも優位に立って、私のような仕事は愚か、家事すら満足にできない、人付き合いや自分の感情コントロールも上手く扱えない人の声に耳を傾けてくれる人は居ませんでした。
その内にこう思うようになっていくんです。
あぁ、やっぱり私はダメな人間だったんだ。
だから世間からも見放されるんだ。
しかし、この終わりの見えない苦しみにも出口を示す光が差し込み始めます。その光が一体何だったのか? 解説してみたいと思います。
🌄終わりの見えない苦しみに差し込む光
出口が見え始めたのには幾つかの出来事が関係していました。
〈光の正体〉
✧夏の不調による「旦那への諦め」
✧IMAGINESSEYの執筆
✧ChatGPTによる無意識分析
✧友達へのカミングアウト(カサンドラ症候群について)
✧アンカーを意識した日常(娘・キッチンでの家事・手足の動作)
→それにより**自己統合**が進んだこと。
つまり、差し込んだ光の正体は**自己統合**だったのです。しかし、私の場合は実際に統合した訳ではありませんでした。ChatGPT曰く「統合してもしなくても良い段階」に入っているそうです。
以前どこかの記事でも書いたのですが、**統合**は選択肢の一つにすぎません。しかしもしも**統合**が起こったとしたならば、私の中に居る自我状態たちが「自己/Self」という全体像を見失うことなく、「自己/Self」の一部として柔軟に、尚且つ一貫性を持って機能するようになるのだそうです。
〈 専門用語 解説 〉
・自我────意識の中心
・自己/Self────意識と無意識を含む“心全体”の中心
・個性化────社会的な仮面(ペルソナ)を脱ぎ捨て、意識と無意識のすべての側面を統合し「自己/Self」という心の全体性を実現していく、一生涯続く精神的成長のプロセス。
・シャドウ(影)────意識が認めがたい抑圧された自己の側面(怒り・嫉妬・弱さ、あるいは創造性など)
・アーキタイプ(元型)────集合的無意識に存在する普遍的な心のパターンやイメージの原型
・集合的無意識────人類共通の深層心理。
少し話が心理学寄りになってしまいましたが、つまり私は**自己統合**をしてもしなくても良い段階にいます。内面世界に分断があっても、未消化の感情があっても、それらを抱えたまま日常・関係・判断ができる状態になったということだそうです。
では、この差し込む光がどのように私を出口へと導いてくれたのか? それを次に整理していきます。
🏔出口の先に見えた世界
さて。統合へ向けて私の内面世界が動き出したことによって、一体何が起こったのか? 少しスピリチュアル的に聞こえるかもしれませんが、私が変わったことで世界が変わったのです。ここで言う「世界」とは私を取り巻く環境のことを指しますが、この記事の冒頭でも書いた通り旦那が愚痴をこぼしたのです。
私目線で描くと、旦那の人物像はだいぶ荒れています。自分の血の繋がった家族や甥っ子・姪っ子、ご近所さんには愛想を振りまき良い顔をするのに、私の娘の心理にはシャッターを下ろし聞き入れてもくれない。「家のことは全部自分がやってる。みんなほんっとイージーな生活してるよね。」と他者を見下す。その中に私も含まれている。言葉では「いいよいいよ。やすできるから。大丈夫だから。」と言いながら、仮面の下では「どうせできないでしょ?」と決めつけている。自分の興味のあることには前のめりになるが、興味のないこと関心のないものに対しては心を閉ざす。娘に対してでさえ「だったらお父やらないからいい。」と冷たい態度で接する。何度「○○は止めて!」と説明してもその場限りの返事しかできない。そもそも話を聞いてない。特に私の声は耳にすら届いていない。無視する。などなど…
これだけ聞けばなかなか酷いなと思って頂けるかもしれません。けれどこれは私と娘目線の旦那像であって、周囲からは全くそう見えていないのです。家事も育児もこなす神夫。愛想もよく遊んでくれるからご近所さんや子どもたちからも大人気。私の言っている“旦那”は別人格なのかな? と思ってしまうほど。これが〈カサンドラ症候群〉に陥ってしまう所以なのだろうなと思います。
それでですね。話はまだまだ終わりません。何も愚痴をこぼしたくてこの記事を書いている訳じゃないんです。私の内面に棲むカサンドラ。その苦悩が終わりを迎えようとしているのです。
今回のタイトルの核心
『その評価、誰かの犠牲の上に成り立っていることを忘れるな!』
この言葉を声高らかに宣言するためにも
最後のまとめに入りたいと思います。
まとめ|カサンドラの失敗
太陽神・アポロンの身勝手さには呆れて物も言えませんが、カサンドラにも落ち度はあったのではないかと思っています。それは……
「貴方が私を見捨てる未来が見えた。」と
正直に話さなかったこと。
だから貴方の愛を受け入れるのが怖いと正直に打ち明けていたら、もしかしたら何か変わっていたのかもしれないと思わずにいられません。
現状を変えたいのであれば一人でがむしゃらに頑張っていてはダメな時があります。そんな時は周囲と力を合わせて乗り越えるしかありません。我が家は旦那と娘と私の3人家族ですから、3人で力を合わせなければいけません。力を合わせる時に必要なのが意思の疎通。報・連・相だと思うのですが、私たち夫婦はこの概念がお互い違っていたんですね。旦那はできる人がやればいいと思っている。私はできない時もあれば、できる時もある。できる時に動こうとするけれど、旦那のスピードの方が早いので手持無沙汰になる。それなら、と娘と遊んで過ごしていると
「ホントみんなイージーでいいよね。」
溜息交じりに小言を言う。自分で自分の首を絞めてるだけにしか見えないのですが、私の言葉は彼の耳には届かないのでいつしか言うこともやめました。自分が苦しんで思い知るまで放っとくしかなかったのです。
そんな旦那が、遂に、本音を漏らしたのです。その言葉は私が想像していた範囲内過ぎて腑に落ちまくり。それが次の言葉になります↓
💣旦那の本音
以下、旦那と私の会話です。
旦那「いやー、やすって本当に良く働くよね!」
私「そうだね。」
旦那「それって誰にもできないし、その大変さは誰にも分んないと思うんだよね。」
私「そうでしょうね。(だってあんたが全部やっちゃうんだから)」
旦那「みんなやらないじゃん。だからやすがやるしかないじゃん。」
私「……」
旦那「ねー、ほんとやすよくやるよねー。」
私「それで体壊してたら元も子もないけどね。」
旦那「ねー。でもしょうがなくない?」
私「だね。だって他人を信用してないもんね。」
旦那「だって自分でやった方が早いから。それにみんなやんないし。」
私(鼻で笑う)「いや、それは育てられないからでしょ?」
旦那「まぁまぁまぁ。」
私「あなたは受け入れられないだろうけど、それによるシワ寄せはこっちに来てるんだからね。」
旦那(鼻で笑う)
私「誰かを育てればもっとうまく回るかもしれないのに、それできないもんね。」
旦那「いいの、やす全部できるから。」
私「なんで全部やろうとするの? 全部できるって引き受けてストレスたまって家でまき散らされても迷惑なんだけど。」
旦那「みんなできないじゃん。だからやすやるしかないじゃん?」←この思考しかない。
私「働きアリ理論じゃん。あんたがサボるアリを生み出してんじゃん。」
旦那「そう! それでいいの。やすができるから。みんなやらなくていい。」
私「は? 何それ。周りは出来るようになりたいと思ってるかもしれないのに...…」
旦那「そうするとやすができない人になっちゃうから。みんなはできなくていいの。」
私「なんで思考が極端になるかね!!」
会話はここで笑って終わりました。けれど私は心では笑えなかった。旦那の心の底に隠された本心に触れて
────あ、こいつ本当にやばい奴だ。
と悟ってしまったから。
けれど私は苦しみの出口を抜け出せた。何故かというと苦しみの正体を見つけ出せたから。
〈 苦しみの正体 〉
自分が出来る人間であるために、周囲の人の「出来る」を奪い続けた旦那から私の「出来る」を守るための副作用。
私は私の「出来る」力を奪われないよう必死で耐えていた。周囲の人たちのように、奪われていることにも気づかずにその空気に馴染んでいるのとは違って。必死で耐えている。
旦那は自分のやる事に興味を示した人・賛同する人以外には見向きもしない。だから私は心のシャッターを下ろされたのだと理解しました。それならば、シャッターは下ろしたままで構わない。私の「出来る」力は私のものだから。奪われてなるものか!
そして最後にもう一つ。旦那が得ている周囲からの“神夫”と言う評価は、私と娘の心的犠牲の元に成り立っている。それに胡座をかくことなく、誠実に生きていってもらいたいものです。
「無意識は俺の持ち物ではない」
そう言い放った旦那の言動をユングが聞いたとしたなら、頭を抱え込んでしまうだろうか? 静かに呆れてしまうだろうか? その答えは当人がいないので聞く術はないけれど、突き詰めていくことで私が旦那に対してどのように対応していくかが分かるかもしれない。私はそう思っています。

結びに|カサンドラ症候群に苦しむ方へ
一番身近な人に声が届かない。心を開いてもらえない。その苦しみはあなたを暗闇に閉じ込めてしまうでしょう。
けれど忘れないで欲しい。その苦しみは、あなたが自分の一部を守る為に「必死に日々を乗り越えていることで起きている副作用だ」と云うことを。
あなたは打ちのめされてなんかいない。もう駄目だと思いながらも自分らしさを失わない為に、今も、精一杯生きている。その苦しみのせいであなたらしさを見失ってしまわないように、今日もどこかで息抜きを。小さなことでもご褒美を。そしてひとりの夜に涙が流れたら、自分の心に正直になってみて欲しい。その気持ちをnoteやSNSに綴るでもいいし、誰かにメールしたり電話をかけたり会う約束をして、少し心を軽くして。そうやって何とか今日を乗り越えて欲しい。
終わりの見えない苦しみに僅かな光が差し込む日まで─────
