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舎弟

人間嫌いで交友関係が狭い私にも、若い時分から長年続いている弟分のような存在の人間が1人だけいる。

トラビシ という男である。

彼は私よりも5才ほど年下で、私のことを「兄貴」と呼ぶ。
べつに私がそう呼んでほしいと頼んだわけではないが、位置づけとしては私の「舎弟」ということになっているらしい。

現在、トラビシは私の仕事上の相棒でもある。
個人事業主の私には基本的に同僚と呼べる人間はいないのだけど、1人ではこなしきれない仕事の一部をこのトラビシに業務委託して手伝ってもらっている。



◆ インドでトラビシを拾う


トラビシと知り合ったのは、私が25才のとき。

ちょうどインドを放浪していたときで、デリーでのことだった。

パハールガンジの安宿に泊まっていた私は、宿の近くの道端でパンツ一丁のほぼ裸で茫然と座り込んでいる黄色人種の男を見かけた。
(へえ、東洋人の浮浪者もいるんだな…)ぐらいに思って、そのまま通り過ぎようとしたが、なんとなく気になって引き返して、その男の前に立った。

「日本人?」
私が日本語で声をかけると、その男は虚ろな目で私を見上げて頷いた。
それがトラビシだった。

当時、二十歳を過ぎたばかりの彼は、バックパッカーの初心者だった。
意気揚々とインドまで来たが、そこで睡眠薬強盗に遭ったらしく、気がつくとパンツ一丁で道端に転がされていたという。
パスポートやお金も、背負っていた持ち物も、時計や靴だけでなく着ていた衣服にいたるまで、すべて盗られたようだった。
けれども、まだ頭が割れるように痛くて何も考えられず、途方に暮れていたところだったという。

憔悴しきっていた彼を仕方なく私は自分の宿に連れ帰り、少し休ませてから状況を確認して、警察や大使館に連絡をとったり、とりあえずの衣服や靴も用意してやったり、パスポートの再発行から帰国の飛行機の手配まで面倒を見てやった。

彼から詳しく話を聞くと、なんと彼は私が卒業した大学の学生であることも明らかになった。
つまり、彼とは偶然にも大学の先輩と後輩の仲でもあったのである。

ちなみに、彼はこのバックパッカーの洗礼を教訓にして、私の真似をして用意周到に調査してから旅に出る癖がついたらしいし、数年後にはインドにもまたリベンジの旅をしたという。



◆ 再び、街でトラビシを拾う


インドから帰国した後も、私はトラビシとたまに連絡を取り合って一緒に飲んだりはしていた。

トラビシは大学を卒業後、就職しないで IT会社を起業した。
もしかすると、彼が就職活動をしなかったのは、同じように就職しないで気ままに生きている私の姿に彼が影響されてしまった部分もあったのかもしれない。

当時はインターネットが普及し始めていた影響から「ITビジネス」の起業が流行っていて、猫も杓子もその「社長」になりたがっていた時代だった。
ところが、当然ながら成功する起業家はほんの一握りで、多くは借金を抱えて人生を棒に振る結末が待っているのである。
そのことを私は彼にも忠告したのだけど、彼は強引に無謀な夢を追いかけてしまったのだった。

そして彼にも奇跡は起きず、案の定、人生の落伍者の1人となった。

彼の会社が倒産すると、彼は多額の借金を抱え、自暴自棄になって闇社会に出入りするようになった。
借金返済のために反社の組織に雇われ、その手先となって危ない商売にも手を染めたりして、いつしか親兄弟からも縁を切られ、友も離れ、より一層孤立していった。

改めて書くまでもないが、基本的に私は冷たい人間である。
他人はどうなっても構わないと常々思っている。
けれども、どこまでも破滅的な道を突き進むトラビシを、やはり私はそのまま見捨てることができなかった。

そこで私は、彼を雇っていた反社組織の幹部と談判して、彼の借金の肩代わりを私がするとともに、彼を完全に解放させることで話をつけた。

今では、その幹部の人間とも私はそこそこいい仲ではある。
もちろん、彼等がどんな悪事をしているのか私が知る由もないし、社会的に「悪い」とされている人間達なのだから、おそらく一般的には「悪」に決まっているのだろうけど、少なくとも私が知るその幹部の人間は 純度100%の悪ではないと思う。
「清濁」という言葉がある。
どんな人間にも清い面や濁った面があり、いわば人は多面体なのだ。
様々な顔があるからこそ人なのだ。
根っこから腐った人間でないかぎり、真摯に話せば分かり合える。
そう私は信じている。


そうして、トラビシは私の紹介で地道な仕事を得たとともに、私のビジネスを手伝うようにもなっている。

彼の凄いところは、失敗するときはとことん失敗するところである。
そして、その失敗から立ち直ったとき、二度と同じ失敗を繰り返さないところだと思う。

だから、きっと大丈夫だ。


そういえば、トラビシについては今、1つだけ問題がある。

彼は舎弟のくせに、兄貴分の私よりも貫禄があるのだ。
顔は鬼神のようなコワモテで、頭はスキンヘッド。
今では体も鍛え上げて筋肉隆々のマッチョとなっている彼が、貧相な私と一緒に並んで歩くと、他人の目にはどう見ても私のほうが彼の子分みたいに見えてしまっていると思う…。

ま、いいけど。




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