ルリナ
ルリナは、この田舎町に引っ越してきたマナミの一人娘である。
体が華奢で丸顔のせいか、見た感じでは少し幼くも見える。
パッチリした大きな瞳は母親のマナミに似ていると思う。
マナミはシングルマザーなので、ルリナには生まれたときから父親がいないということになる。
そして、ルリナは他の子とは違う特殊な障害を抱えている。
◆ ルリナの障害
ルリナの障害について(説明が少々難しいのだけど)できるかぎりここに書き残しておこうと思う。
ルリナは、ほんの数人の身近な人としか普通に会話をすることができない。
他人とコミュニケーションをとることができないのである。
一見すると、それはただの「人間嫌いな子」みたいな感じにも見えるのだけど、じつはもう少し問題の根が深い。
会話ができない原因は、ほとんどすべての人間に対して大きな恐怖を感じているからだという。
だからこそルリナは人混みが嫌いだし、親しくない人間達と長時間を一緒にすごしたりすると、極度のストレスから本当に気分が悪くなってしまうこともあるという。
不安障害や回避性パーソナリティ障害の症状にも似ているそうだが、医学的な診断を受けたところ、ルリナには既存のパーソナリティ障害のカテゴリーには入れられない症状もあって、極めて特殊なケースになるのだそうだ。
◆ ルリナから見えるもの
ルリナの目から見ると、身近な人間以外が幽霊かゾンビのような奇怪な存在として映っているらしい。
それは視力の問題ではなくて、脳の問題なのだという。
つまり、母親のマナミやアカリママや私のような身近な人間は、ごく普通に人間として見えているのだけど、それ以外のほとんどの人間達のことは気味悪くて恐ろしい何かとしか認識できないようだ。
人間の目というのは不思議なもので、瞳に映っているものがそのまま真実だというわけではない。
瞳が捉えた映像を脳内で編集処理して、それが何であるかを脳が識別することで認識できているのだそうだ。
(うーん、あまり上手な説明ができずに申し訳ない。)
したがって、ルリナの脳は身近な親しい人達だけを人間として認識して、それ以外の人達のことはバケモノのようにしか識別できないのだそうだ。
巷ではよく「人の顔が認識できない」という障害もある。
「相貌失認」または「失顔症」といわれる障害である。
これも、目で見たものが何らかの原因によって脳で識別できないことによってもたらされる障害だそうだ。
目で見た映像を脳で処理するときにエラーが生じるという意味では、ルリナの障害とも広い意味では繋がりを持っているのかもしれない。

◆ 治療法がない
どうしてルリナがそんな障害を抱えることになってしまったのかは、医学的にも定かではないらしい。
が、おそらく脳内の先天的な要因とともに、生まれてから今まで周囲の人間達からいじめに遭ったり攻撃されたりしてきたという環境による後天的な要因も積み重なって、現在のような症状に至っている可能性が高いという。
一般的なパーソナリティ障害とは違って、問題が複雑で症例もまだ少ないため、現代医学をもってしてもルリナの障害を根本的に治療することは難しいらしい。
少なくとも一般的な理学療法や行動療法や薬物療法などで簡単に解決できるものではないという。
ルリナの身体と精神への負担を考慮すれば、むりやりに完治させようとするのではなく、できるだけルリナがストレスを感じなくても済むような生き方を選んでいくことが最も合理的で有効な解決策なのだろうとのことである。
◆ ルリナの不登校
ルリナはこうしたメンタルの問題もあったことから、都会の学校でも友達を1人もつくることができなかったという。
そればかりか、それでも頑張って登校していた学校でも酷いいじめに遭ったりして、よけいに対人恐怖が激しくなってしまい、ついには不登校になってしまったそうだ。
母親のマナミが学校や教育委員会にも相談したらしいが、結局のところ何も解決しなかったらしい。
フリースクールや個別指導も試みたことはあったけれど、それもうまくいかなかったという。
この町に引っ越してきた後の現在も、転校先の学校でやはりうまくいってはいないらしい。
◆ ルリナと私
ほとんどの他人をまったく受け付けないルリナ。
ところが、意外にもルリナは私のことは初対面のときから普通の人間としてちゃんと見えていたそうで、私にはとても懐いてくれている。
べつに私が話し上手なわけでもないし、顔だって悪役顔の強面だろうと自分でも思っているし、「変人」といわれる私は客観的に見ても他人から警戒されやすいタイプなんだろうと自分自身で悟っている。
それなのに、である。
実際に、ルリナは私に対してはとてもおしゃべりである。
他人に対しては無口で無表情なのに、私に対してはとびきりの笑顔を見せてくるし、いつもあらゆる情報を私に伝えようとしてくる。
もちろん、私は嬉しい。
それはまるで、人間に懐かなかった野良猫が自分にだけ懐いてくれたときのような喜びにも似ているかもしれない。
たぶん、今ではルリナは私のことをもう他人だと思ってないと思う。
おそらく私を父親のような存在として、いや、むしろ父親以上の存在として見てくれているのかもしれない。
もし、私が人並みに結婚をしていて、自分の子供をつくっていたとしたら、ちょうどルリナぐらいの年齢の子がいたんだろうか。
たまにそんなことを考えたりもする。
そういう意味では、ルリナは私にとって自分の子供みたいなものなのかもしれない。
【追記】2026年4月から、ルリナは私の家で暮らしています。

