見出し画像

赦しの代価を引き受けた方 (He Paid the Price)

すなわち、神はキリストにあって世をご自分と和解させ……

Ⅱ コリント人への手紙 5章19節

クエスチョン

私たちが赦されるための代価を、だれが引き受けたのでしょうか。

アンサー

神ご自身です。

イエスは、私たちを救うという使命をもって地上に来られました。
永遠の御子が、天からこの世界へ。
それは、神の永遠のご計画を成し遂げるためでした。

私たちのため

私たちは、自分たちの造り主である神を無視し、神に背を向けていました。
それでも、キリストは来られました。
私たちを神と和解させるためです。
神はキリストにあって、私たちに和解を差し出しておられます。
そのために、父なる神は愛をもって御子を遣わされたのです。
そして、御子は人となられました。
私たちのためです。

人々は、イエスをこの世から消し去ろうと、不当な死刑を宣告し、十字架につけました。
しかし、イエスのご計画は違いました。
イエスはその死をあえて受け入れ、自ら十字架へ進みました。なすすべもなく十字架へ追いやられたのではありません。父なる神の愛を現し、私たちのために罪の赦しを勝ち取るためです。

罪のない方が、私たちの罪のために死にました。
永遠の神の御子が、何一つ罪を犯していないのに、私たちに代わって死んだのです。
彼は私たちが受けるべき罰を、その身に引き受けました。
しかも、この方は人となられた神です。その犠牲の価値は無限です。
すべての罪の代価を支払って余りあるものです。
あなたの罪も。
私の罪も。
「死は自分をつなぎ止められない。必ずよみがえる。」
イエスは、すでにそう告げていました。
そして、イエスの十字架は私たちの罪のための犠牲であるだけではありません。
この方こそ、主ご自身。
神のひとり子。
目に見えない神が、私たちのために人となって来られたのです。
死が、この方を閉じ込めておけるはずがあるでしょうか。

恐れることはない。わたしは初めであり、終わりであり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、世々限りなく生きている。また、死とよみの鍵を持っている。

イエス・キリスト 黙示録1章17~18節

神の御子は死の鎖を打ち砕き、三日目に復活し、私たちに永遠のいのちをもたらしました。

三位一体の神は、勝利されたのです。

今、父なる神は、赦しといのちを受け取り、神の御子を信頼するよう、私たちを招いています。

けれども、聖書が明らかにするイエスの驚くべき御姿は、これだけにとどまりません。

赦しと贖い。イエスの救いと御国。創造から再臨、そして永遠の未来まで、その御姿はどこまでも驚きに満ちています。

これからもご一緒に、聖書が示すイエス・キリストを、さらに深く知っていきましょう。

いいなと思ったら応援しよう!