感覚過敏と、私に帰れた日
白い紙がまぶしい日がある。
やけにいろいろなものの輪郭がくっきりしすぎて気持ち悪く感じるときがある。
ASDにともなう視覚過敏の症状で、私は聴覚過敏も持っている。
だから買い物に行くときはかならずイヤホンで音楽をかけている。(私の聴覚過敏は、雑多な刺激は苦手だけど、なぜか音楽は平気。爆音ライブも行けるくらいだ)。
5月に入って1週間ほど。GW明け2日目の今日、通っている就労継続支援事業所では、今月の目標を立てた。
スタッフの方と相談しながら、今月も不調への対処を頑張っていこう、という話になった。
たまたま今日、少しまぶしさを感じていたので、私は聞いてみた。
「今日もなんかまぶしいんです。でも、仕事ができないほどじゃないから、サングラスを使わずがまんしたんですけど、どれくらいしんどいときに使ったらいいですか?」
スタッフさんは答えた。
「まぶしいなとか、うるさいなとか思ったら、がまんせずそのときにサングラスとか耳栓を使ったらいいよ」
スタッフさんはそうやって言ってくれたけれど、事業所だから許されるんじゃないか? うすうす思っていたことを聞いてみる。
「でも、そういうものなしで働けたほうが、将来、障害者雇用に行くときの選択肢が広がる気がして……」
「お仕事に実際行くとなったら、企業さんが『その配慮OKだよ』と言ってくれて、合うところに行くから、そこは考え方を変えてもいいかもしれない」
スタッフさんはそう答えてくれた。
コミュニケーションは学習や相談でどうにかしている。だから私は、感覚過敏も同じように「慣れ」とか「体力をつける」とかでどうにかなるものだと、どこかで思っていたのかもしれない。
実際は、そういうわけにはいかない。雨とか気温とかちょっとしたことで、まぶしいなと思う日もあるし、バイクが通るだけで耳を塞いでしまう日もある。こればっかりはどうにもならない。だからこそ、サングラスも耳栓も私には必要なもので、それを含めての就職でないと続けるのが難しくなる、という当たり前の事実に気づいた。
つい、使用するのに躊躇してしまうのは、どこかで周りの人と比べて「ふつうになりたい」と思っていたころの名残だろう。
ふつうの人は室内でサングラスを掛けない。耳栓なしで働ける。
そんなふうに「ふつう」に近づこうとしていたけど、それは自分を苦しめる考え方だった。
事業所での仕事が終わった夕方。
私は今日、また私に帰れた。
少しうれしかった。
