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【日めくり短編 127】 手入れ

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 八月五日、午前十一時半。大館駅前のロータリーには陽炎が立っていた。

 工藤幸一は屋根の行灯を布で拭いて、指を離した。塗装が指の腹を焼いていた。車はクラウンコンフォート、走行五十二万キロ。エンジンを切って三十分になるのに、ボンネットの下からまだ熱が上がってくる。

 ラジオは秋田市の話をしていた。夕方には竿燈の提灯に火が入る、祭りは明日で終いだと言っている。ここから車で二時間、あちらの賑わいは別の国のようなものだ。工藤の稼ぎには関わりがない。

 今日の予約は一件だけだった。十一時三十二分着の列車、成田あかり、柏沢まで。朝のうちに、墓掃除へ行く家に頼まれた送りを一件断っていた。時間が重なった。盆前は毎年こうで、断った先の家からは来年も呼ばれない。

 柏沢と聞いたとき、工藤は受話器を持ったまま少し黙った。田代の奥、県道が沢に沿って細くなっていく先の、家が十軒あるかどうかの集落である。あの集落に用のある人間は、たいてい成田麹店に用がある。

 改札から出てきたのは白いシャツの女だった。二十代の終わりくらい。キャリーケースの車輪が一つ、熱いアスファルトの上で鳴いていた。

「柏沢の、成田麹店までお願いします」

「へえ、成田さんの」工藤は後ろのドアを閉め、運転席に回った。「寅次さん、まだ室に入ってますか」

 女はシートベルトを締める手を止めた。

「……ご存じなんですか」

「昔、味噌屋の配送をしてました。二十年、樽を積んで走ったんです。米麹はいつも成田さんのを使わせてもらってた。あの匂いは、覚えてます」

「孫です」と女は言った。それだけ言って、窓の外を向いた。

 メーターを倒す。数字が動きはじめる。

 国道を抜けるまで、どちらも黙っていた。工藤は客が話したいかどうかを、だいたい最初の三分で見分ける。この客は話したくないほうだ、と踏んだところで、後ろから声がした。

「あの、急がなくていいです。むしろ、少し遅く着きたいくらいで」

「珍しいことをおっしゃるお客さんだ」工藤は笑った。

「昼はまだでしょう。大町に食堂があります。回っても、料金はそんなに変わりません」

「運転手さんは、まだなんですか」

「四時から出てますから、とっくに減ってます」

「じゃあ、付き合ってください。一人で食べたくないんです、今日は」

「では、お言葉に甘えて」

 店の前に着けて、工藤はメーターを空車に戻した。ここからは休憩です、と言った。キャリーケースはトランクに入れたままにした。

 やまと食堂は、アーケードの下の、暗いくらいに古い店だった。両隣はシャッターが下りていて、一枚には去年の秋の貼り紙がまだ残っている。冷房のかわりに扇風機が二台、首を振っていた。品書きは短い。工藤は迷わず親子丼を頼み、あかりも同じものにした。

 出てきた丼は、卵が二段になっていた。上のほうはまだ流れそうで、飯に近いところはきちんと火が入っている。鶏は歯を当てるとしっかり返してきて、噛むほど皮の脂が出た。三つ葉の香りの下から、山椒がわずかに立ってくる。汁が飯に落ちたところを掬うと、その一口がいちばん旨い。

 あかりは二口食べて、箸を止めた。

「これ、割り下にしょっつる入ってますよね。少し」

 厨房から女将が顔を出した。七十をいくつか越えているはずだが、声だけは若い。

「よく分かったね。何年ぶりかね、当てたお客は」

「仕事で、匂いと味を見てるんです。東京の、食品の会社で」

「ハタハタの、三年もの」女将は布巾で手を拭いた。「醤油だけだと、この鶏に負けるのさ。比内は喧嘩っ早いから」

「醤油としょっつる、両方入れると濁りませんか」

「濁るよ。濁って旨いんだから、いいのさ」女将は笑った。

「今日は比内があと二人前しかなかった。あんたら運がよかったね」

 工藤は黙って汁を飲んだ。

 車に戻ってメーターを倒すと、あかりは自分のほうから口を開いた。

「継がないと言いに来たんです」

 工藤はミラーを見なかった。県道に入って、田んぼが両側に開けたところだった。

「祖父は八十八です。室は一人でやってます。母は嫁いで市内にいますけど、麹には触りません。私が東京に出たとき、じいちゃんは何も言わなかった。それで、そのままにしてしまって」

「なるほど」

「来月から、新しい商品の担当になるんです。二年かけて、私が通した企画で」あかりは膝の上で手を組んだ。

「それに、室の土壁も直さないと、あと何年もたないって。見積もりだけ取って、まだ誰にも見せてません」

「見積もりは取ったんですか」

 あかりは答えなかった。

「田んぼ、花が咲いてますね」と工藤は言った。

 あかりは窓に顔を寄せた。稲の穂の先に、白いものが点々と出ている。

「あれ、花なんですか」

「昼前後の、ほんの二時間ばかりです」工藤はハンドルを切った。

「あとは閉じてます」

「遠回りさせて、すみません」

「うちらは時間と距離しか売るものがない商売です。買ってもらえるなら、どこへでも回ります」

 沢に沿って道が細くなる。杉の影に入ると、外気温の表示が二度下がった。

「この商売も、娘は継ぎません」工藤は言った。

「盛岡で保険屋に勤めてます。それでいいんです。継げと言われて継いだ人の運転は、乗ればだいたい分かりますから」

「……どこで分かるんですか」

「止まり方です。嫌でやってる人は、止め方が荒い」

 柏沢に入ったのは一時半だった。

 成田麹店は、家と一続きの土蔵だった。表の戸は開いていて、白い作業着の背中が見えた。あかりが財布を出したとき、その背中が振り向いた。

「来たか」寅次は言った。木の根のような手が、戸口を指した。

「手ぇ洗え」

「おじいちゃん、私、話が」

「後だ。いま熱い」

 あかりは工藤を見た。工藤は帽子を取って、どうぞ、と言った。

 戸口の内側は、外より涼しいはずなのに、奥の一室から熱が押してきた。木の壁、木の棚、木の箱。箱の中の米が、うっすら白いものをまとって、板のように固まっている。匂いがした。甘くて、青くて、湿った匂い。その奥に、蒸した栗のような香りがあった。工藤の鼻の奥が、二十年前に戻った。

「夏の麹は走りすぎる」寅次はあかりに言った。しゃべりながら箱の縁を叩いて、固まった米を崩している。

「放っとくと自分の熱で焼ける。息ができねば死ぬ。だから割ってやる。それだけだ」

 あかりは袖をまくって、手を入れた。入れた途端に肩が小さく跳ねた。熱かったのだろう。

「もっと下から」

「はい」

「撫でてどうする。怖がらねで、割れ」

 二人の手が、同じ動きをしていた。工藤は戸口でそれを見ていた。祖父のほうが少し速く、孫のほうが少し丁寧だった。誰も、継ぐという話をしなかった。

 十分ほどして、あかりが出てきた。額に髪が張りついている。

「すみません、待たせて」

「いいえ。いい匂いを吸わせてもらいました」

 あかりは料金を払い、それから、思い出したように言った。

「明日の朝、五時に出麹だそうです」

「そうですか」

「帰りの切符、まだ取ってないんです」

 工藤は名刺を出した。柏沢なら朝の四時でも夜の十時でも迎えに来ます、と書いた覚えのない文句を口で足した。あかりは名刺を両手で受け取って、シャツの胸のポケットに入れた。

 土蔵の奥から寅次が出てきて、紙袋を工藤に押しつけた。中身は麹だった。炊いた飯と湯に混ぜて、ひと晩温めておけば甘酒になる、と言った。

 帰りの県道は下りだから、いくらか楽だった。田んぼの花は、もう閉じていた。

 盆には娘が盛岡から帰ってくる。助手席の紙袋は、まだかすかに温かかった。

 工藤は空になった後席を一度見て、メーターを空車に戻した。


原案:Y
執筆:Claude



今日は何の日?

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タクシーの日

8月5日は「タクシーの日」です。駅や空港からの移動、通院や買い物、観光や仕事など、さまざまな場面で人々を目的地まで送り届けてきたタクシーの歴史と、地域交通における役割を見つめる日です。

「タクシーの日」は、日本で本格的なメーター付きタクシーの営業が始まった日に由来します。1912年8月5日、現在の東京都千代田区有楽町に設立された「タクシー自働車株式会社」が、タクシーメーターを備えたT型フォード6台で営業を開始しました。タクシー業界ではこの日を「タクシーの日」と定め、1989年から全国各地で利用促進のためのキャンペーンを行っています。

それまでのハイヤーとは異なり、走行距離などをもとに料金を算出するメーターを採用したことは、日本の都市交通における大きな変化でした。乗る前に料金の仕組みが分かるタクシーは、近代化が進む東京の町に登場した新しい公共交通として、人々の関心を集めました。

タクシーの特徴は、鉄道や路線バスのように決められた駅や停留所の間を移動するのではなく、利用者の必要な場所から目的地まで運ぶことにあります。高齢者の通院や買い物、公共交通が少ない地域での移動、観光やビジネスなどを支える、ドア・ツー・ドアの公共交通機関です。

配車方法や決済手段、車両の形は時代とともに変わってきましたが、安全に人を送り届けるという基本的な役割は変わりません。「タクシーの日」は、便利な乗り物の歴史を知るとともに、運転、接客、車両整備などを通して地域の移動を支える人々に目を向ける日でもあります。

「タクシーの日」は、1912年8月5日に東京・有楽町でメーター付きタクシーの営業が始まったことに由来します。6台の自動車から始まったタクシーは、長い年月を経て、地域の日常生活に欠かせない移動手段の一つとなりました。

一台のタクシーが運んでいるのは、乗客だけではありません。通院や仕事、旅の思い出、家族との待ち合わせなど、一人ひとりの目的と時間を目的地へつないでいます。



発酵の日

8月5日は「発酵の日」です。味噌や醤油、酢、漬物など、普段の食卓に自然に溶け込んでいる発酵食品。その背景にある微生物の働きと、長い時間をかけて受け継がれてきた日本の食文化に目を向ける日です。

「発酵の日」は、長野県長野市に本社を置くマルコメ株式会社が制定した記念日です。2012年に同社が申請し、日本記念日協会に8月5日の記念日として登録されました。
日付は、8と5で「発酵」と読む語呂合わせに由来します。

目的は、味噌や醤油をはじめとする発酵食品の魅力を広め、日本に古くから伝わる食文化に触れるきっかけをつくることです。子どもたちが夏休みを過ごす時期に、家族で発酵食を知り、味わってほしいという願いも込められています。

食品における発酵とは、麹菌や酵母、乳酸菌などの微生物の働きによって、食材が人にとって役立つものへ変化することです。日本の食卓に欠かせない味噌、醤油、酢、みりん、酒なども、微生物の力を生かして作られています。温暖で湿度の高い日本の風土と、人々が培ってきた知恵が結びつき、多彩な発酵文化が育まれてきました。

発酵食品の魅力は、材料と微生物だけでなく、時間が味を育てるところにもあります。仕込んですぐに完成するのではなく、温度や湿度を見ながら変化を待つ。その営みには、自然の働きを受け入れながら食べ物を作ってきた、日本の暮らしの知恵が表れています。

夏の発酵文化を象徴するものの一つが甘酒です。現在は冬の温かい飲み物という印象もありますが、江戸時代には暑気払いとして飲まれ、俳句では夏の季語として扱われています。8月の「発酵の日」は、暑い季節と発酵食の意外に深い関係を知る機会にもなります。

味噌汁や醤油の一滴にも、目に見えない微生物の働きと、完成を待つ長い時間があります。速さが求められる現代にあって、ゆっくりと味を育てる発酵文化は、待つことの豊かさも教えてくれます。



親子丼の日

8月5日は「親子丼の日」です。鶏肉と卵を一つの丼で味わう親子丼は、だしの香りと卵のやさしい口当たりが親しまれてきた、日本の身近な家庭料理です。

「親子丼の日」は、関西鶏卵流通協議会が制定し、8月5日の記念日として登録しています。
日付は、数字の並び「085」を「おやこ」と読む語呂合わせに由来します。

暑さが厳しく、卵の消費が落ち込みやすい時期に、親子丼を食べて元気に夏を過ごしてもらうことや、親子で料理を作ることを通して家族の絆を深めてもらうことが目的です。関西鶏卵流通協議会では、親子で参加する料理教室や、保育所での親子丼昼食会などを行い、卵と親子丼の魅力を伝えてきました。

親子丼は、鶏肉と卵という「親」と「子」にあたる食材を同じ丼に盛りつける、名前にも親しみのある料理です。だしや割り下で煮た鶏肉を卵でとじ、温かいご飯にのせるという基本は共通していますが、玉ねぎを使う家庭、長ねぎを使う店、卵を半熟に仕上げる作り方など、その味にはさまざまな個性があります。

材料が比較的身近で、一つの器にご飯、肉、卵をまとめられる親子丼は、家庭の昼食や夕食にもなじみやすい料理です。夏休みに親子で台所に立ち、卵を割る、だしを合わせる、盛りつけるといった作業を分担すれば、食事を作る時間そのものが小さな思い出になります。

「親子丼の日」が大切にしているのは、料理のおいしさだけではありません。同じものを一緒に作り、同じ食卓で味わうことで生まれる会話や時間も、この記念日に込められた意味の一つです。

「親子丼の日」は、「085」を「おやこ」と読む語呂合わせから生まれた記念日です。夏にも親子丼を味わってもらうことと、親子で料理を作りながら絆を深めてもらうことを目的としています。

親子丼は、特別に豪華な料理ではないかもしれません。しかし、温かいご飯、だしの香り、柔らかな卵が一つの丼にそろうと、家庭料理ならではの安心感が生まれます。親から子へ受け継がれる味や、家族で囲んだ食卓の記憶にもつながる一杯です。



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