虹の始まりは落とし穴 7
「ケリだなんて! 私は確かに代筆はしましたが文に込められた想いは本物だと思ってたのに…違うのですか?!」
何も言えずただ無言で首を横に振るドッコ。
「それに私が代わりに行くという事は両班を装おうという事ですよ?! そんなの…それで捕まれば罰せられてしまうのですよ?!」
サムノムは被せられた帽子を取って背を向けた。
幾ら金の為なら何でもする男だといっても法に触れるような事までするつもりはない。
それにたったあれっぽっちの相談料で両班の振りなどリスクが高すぎて話にならない。
しかし、これはあくまで拒む振りである。
「サ…サム…こ…か…金…」
「“報酬は弾む” と!」
ジャラジャラと金が鳴る音にニンマリと笑ったサムノムはそれでも振り向くとジト目でドッコを見た。
「人を何だと思って…」
帰ろうとするサムノムにドッコは更に袖の中の隠し金を鳴らしてみせた。
「“まだ上乗せするぞ” と!」
「………」
それでも背を向けたままのサムノムに
「ケ…ケリ…つけ…」
「“ケリをつけてくれたら成功報酬としてこれに更に上乗せする” と!」
サムノムはパッと振り向くと金の入った皮袋と銅貨銭の束を手に取った。
「人の心を金で買おうなんていけない事ですよ?! まったく…!」
「わ…分かってる」
「で?! これを着ればいいんですね?!」
「ああ!」
思わぬ臨時収入にサムノムは着替えながらニヤリと笑う。
カップル成立とはいかなかったが仕方ない。
相手は余程身分の高いご令嬢なのだろうと絹の衣に身を包み、約束の場所へ向かう。
そこに待ち受けているのが運命の出会いになる事など夢にも思わずに──。
***
濃い桜色の山ツツジが咲き乱れる木覓山の麓の立派な東屋に到着したサムノムは、内部に目を凝らしたが御簾が下ろされているのと逆光のせいなのか、中にいるであろう待ち人の姿を捉える事ができない。
「………?」
ーま、いいやー
外の階段に腰掛けると中に意識を向ける。
「遠目に見るばかりだったお方がお側にいると思うと胸の高鳴りを抑える事ができません」
精一杯低い声で、甘い台詞を囁いてみる。
「……」
しかし、何の反応も返ってこない。
ーあれ? 照れてるのかな…それとも身分の高いご令嬢はそう簡単には返事をしないとか?ー
気を取り直しサムノムは言葉を続ける。
「恋しい想いを書き綴っても会いたい気持ちは到底満たせないものです…」
「“私の瞳にそなたが映っている”」
「くぅ~♡ なんて素敵な声…」
痺れるような美声にサムノムは思わず呟き、聞こえてきたその声が女人のものではない事に気付いて声のした方に目を向けた。
ー…え?ー
下ろされた御簾の隙間から足が見え、ゆっくりと視線を上げていくと、その手には自分が書いた恋文。
更に目線を上げていくと……そこには若い男が立っていた。
「?!」
驚き、男に背を向ける。
ーそんな…春の陽炎の様な乙女ではなく男があの恋文を?!ー
“所詮私達は結ばれぬ仲なのだ、 禁じられた恋をした罪をどうか許してほしいと!”
涙に滲む小さな瞳でそう語っていたドッコ。
ー禁じられた恋って…そういう事?!ー
「身分の高い家の娘かと思ったら男だったとは…!」
サムノムは東屋から逃げ出した。
とてもじゃないが男が男相手に恋の駆け引きは出来ないし、した事もない。
***
「………」
ヨンは自分を見て逃げ出した男を横目にニヤリと笑った。
ーまさか、代理が来るとは思っていなかったであろう…(笑)ー
これくらいの事で逃げ出すとは、所詮妹に対する想いなどその程度という事だ。
***
「参ったな…」
帰ろうとしたサムノムは “上乗せするぞ!” と言われた事を思い出す。
この恋にきれいにケリをつけなければ成功報酬は貰えない。
「………仕方ない」
今は少しでもお金が欲しいサムノムは覚悟を決めると東屋へ戻る。
ヨンは戻ってきた男を見て意外そうに眉を上げた。
ーほぉ…まだ諦めぬかー
男に近付いたサムノムは意を決して御簾を持ち上げた。
そして自分に目を向けた男を見て絶句する。
ー嘘でしょ…ー
若様よりも身分が高く、有り得ないくらい端整な顔立ちのこんないい男が、なんでよりにもよってあの若様と恋に落ちるのか。
サムノムは世の不条理を心の中で嘆く。
自分が代筆した恋文のせいもあるのかと思うと、かなり申し訳なく思ってしまう。
一方、ヨンもまた男の顔を見て驚いていた。
美少年の見本と言っても差し支えがないくらい、やけに綺麗な顔立ちの男だった。
女だと言われた方がまだ納得できる。
下手をすればミョンウンよりも…。
いや、男の価値は顔ではない。
あの恋愛指南書にも書いていた。
男の価値は相手への誠実さで決まるのだ。
「心に響く文であったぞ」
ヨンはパンッと扇子を広げた。
「………」
サムノムは御簾を持ち上げたまま男を観察する。
「特に先程のあのくだりは私もウルッと…」
言いながら男は文で目元を押さえる振りをして「…きてしまった」とサムノムを見る。
なんだろう…イラッとくる。
男と恋に落ちるだけあって……いや、偏見はよそう。
持ち上げた御簾を潜るとサムノムは男に近付いた。
