月の輪よりも丸い縁 13
ドッコの屋敷を出たサムノムはこれで利子が払えると上機嫌で歩いていたが、ふと警告板に貼られた人相書が目に止まった。
「?」
よく見るとサムノムが仲を取り持った29組目の下男と両班の娘、その横に何故か自分の人相書も貼ってある。
ーな、なんで私が?! まさか両班を装ったのがバレた?!ー
丁度そこへ久しぶりの都を散策していたユンソンが警告板の人相書を見て足を止めた。
ーこの2人は先程船に乗った身分違いの2人では…ー
「この者たちは何の罪を犯したのだ?」
警告板の隣で商いをしていた露天商の主人に聞く。
「その下男が主人の若奥様と駆け落ちしたらしい」
「え?!」
サムノムが声を上げた。
「?」
ユンソンは警告板の前で食い入るように人相書きを見ていた小柄な男に目を向ける。
「主人の娘ではなく…若奥様?!」
男は3枚目の人相書の男によく似ていた。
人相書には “年の頃 17~8才 特徴 美少年” とある。
ーなるほど…美少年ー
確かに女と言っても通るくらいの美しさだ。
滑らかそうな白い肌に大きく美しい瞳、まるで紅を差したかのような形の良い唇は、これが女なら思わず塞ぎたくなる。
……若干薄汚れてはいるが。
ユンソンは小さく笑った。
ー間違いない…人相書の男だー
男はその場を離れようとしたが前後に兵士が立っており逃げられないと思ったのか再び背を向けて身を屈め何やらごそごそやっている。
「では、この3人目の男は──何を?」
ユンソンは男を見ながらわざと大きな声で露天商の主人に再度聞いた。
「ああ、下男から金を貰って若奥様を唆したらしい、けしからん話だ」
露天商の言葉に男が振り向いた。
「!」
ユンソンは思わず吹き出しそうになる。
ーせっかくの美しい顔が台無しだ(笑)ー
その顔には先程まではなかった大きなホクロが小鼻の横に付いていた。
「い、いやいや…そ、唆したのは誤解で…! は、橋渡しをしてやっただけではないか?!」
慌てた様子で言い訳する男に、何やら事情がありそうだと察するが──
「待ってくれ」
──この男をもっと揶揄いたくなったユンソンは巡回中の兵士を呼び止めた。
「?!」
兵士を呼び止めた事に男が驚いてユンソンを見る。
「な、何を…?」
ユンソンは不安気に自分を見上げる男にチラッと目をやってから兵士に話しかける。
「この2人はすでに駆け落ちをしたようだが…」
人相書ではなくわざと男の顔を指差し
「“この者” は、捕まったらどうなる?」
「連行される前に主人に殺されるだろうな」
答える兵士に「ああ…なるほど」とユンソンが大袈裟に頷いていると「あの…っ」と男が声を上げた。
「よくは知らないが、この娘…いや…若奥様はその屋敷で非道く虐げられていたとかで…心に深い傷を負った若奥様を唯一慰めてくれたのが…この男! ……だと聞いたが…(笑)」
男の話を聞いて成る程そういう事かとユンソンは納得した。
あの2人の幸せそうな顔にはそういう事情があったのか。
「お前、やけに詳しいではないか」
「!」
兵士に指摘された男は しまった! という顔で目を逸らした。
「おい、お前、顔を見せろ。こっちを向け」
兵士たちが男に近付いていくのを横目に見ながら、巻き込まれない内に退散しようと行きかけたユンソンだがふと思い直す。
このままこの男がなぶり殺されるのは惜しいなと。
人でも物でも美しい物が大好きなユンソンは男だというのが本当に残念だが、顔だけで言えばドストライクだ。
ーあの2人の幸せに免じて今回は助けてやるかー
ユンソンは踵を返すと流れるような動作で兵士に詰め寄られていた男を庇うようにその肩に腕を回す。
「?!」
男はビクッと肩を竦め、驚いてユンソンを見上げた。
「…………」
しかし男の肩を抱いたユンソンはもっと驚いていた。
ーこれは…ー
いや、確認は後だ。
「何をしている、行くぞ(笑)」
とにかくこの場から離れよう。
「あーあ、子供じゃあるまいしこんなに泥だらけになって(呆)」
言いながら男の顔の泥を手で拭い、小鼻の横の付けボクロを取る。
「あ!」
そのまま2人は去って行き、兵士は訳が分からず呆然と立ち尽くして2人を見送った。
***
──その頃
王殿では領議政がいつものように己が下した決定の事後報告をしていた。
「米騒動の首謀者らは皆、斬首いたしました」
王はこの時間が怖くて仕方なかった。
自分の与り知らぬ所で政が行われている。
その事実を否応なしに突き付けられるこの時間が堪らなく恐ろしい。
「しかし、商人らの談合もまた…見逃してはならぬ問題かと存じます」
領議政は親指の爪で衣の袖を忙しなく弾く王に胸の内で笑う。
「よってこれを主導した商人、キム・ジェソクとハ・ヨンスを打ち首にしては如何でしょうか?」
「……領議政の好きにせよ」
「畏まりました」
「まて……既に斬首しただと…? 余は聞いておらぬぞ…」
心此処に在らずで聞いていた王は冒頭の領議政の言葉を思い出し狼狽する。
「私がそうするよう命じました」
「………っ」
「私の判断は王様の判断ではございませんか」
王宮に戻ってきたヨンは泥だらけの格好のまま王殿の扉の前にいた。
この情けない姿で王に挨拶をし、更なるダメ世子の演出でもしてやろうと思っていたが、王と領議政の会話を聞き険しい顔で黙って扉の前に佇んでいる。
ー“自分の判断は王の判断” だと…? よくも…そんな事を!ー
ヨンは拳を握り締めた。
