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虹の始まりは落とし穴 3

「『先程引用された小学  “明論《メイリン》” の一節はどういう意味ですか?』」

「……〈“明論” の一節はどういう意味ですか?〉」

 吏書判書が紙に書かれたヨンの台詞を一緒に読み上げ始めた。

 それに気付いた師がヨンに目配せをするが、ヨンは気付かずそのまま台詞を読み続けた。

「『まさか初歩的な問いだと笑いはしませんよね? はっはっは!』」

「〈まさか初歩的な問いだと笑いはしませんよね?はっはっは〉……」

 吏書判書の棒読みの台詞が聞こえていないのか、どうもおかしな空気にヨンが首を傾げているが、師は穴を掘って逃げ込みたかった。

「どうしたのですか?」

 次の台詞を答えない師にヨンが問いかけるが答えられる訳がなくヨンから目を逸らす。

 王の側にいるチャン内官も両手で頭を抱えた。

 領議政は笑いを堪え俯くと表面上だけ取り繕おうとしたヨンを心の中で嘲笑する。

 これが自分の孫なら屋敷から叩き出しているところだ。

「笑い声の “は” の字まで正確に3つ書かれていますね…人形劇でもあるまいし、これはなんの茶番ですか」

 紙を手に持つ戸曹判書が呆れたように言うと

「シッ!」

 言葉が過ぎると領議政が嗜める。

 仮にも王の臣下が世継ぎである世子を貶める発言をするのは頂けないからだ。

 事態の深刻さに気付いていないヨンは “あれ? 何かマズい事に?” といった表情で王の方に目を向ける。

 王は拳を握り締め「持って参れ」と尚膳に命じた。

 戸曹判書の持っていた紙を手渡され、それに目を通し、怒りを抑えるように息を吐く。

 王にバレたと気付いたヨンは慌てて立ち上がろうとし、それを見た師もヨンに合わせて慌てて立ち上がる。

しかし、身支度の間に合わなかったヨンの衣は立ち上がると同時にはだけてしまい、更に慌てたヨンがはだけた衣を整えようと屈んだ。

「ああ…!」

 嫌な予感がした師が止めようとしたが間に合わず、屈んだヨンの頭から帽子が転げ落ち、寝起きのぐちゃぐちゃに乱れた髪が顕わになった。

「…………」

 脱げかけの衣に寝起きそのままの乱れた髪。

 なんともみっともない姿で立つヨンは決まり悪そうに王を見た。

「王様ー! 面目次第もございません!」

 堪りかねた師が深々と頭を下げ

「「「面目次第もございません!!!」」」

 東宮殿付きのチャン内官達も一斉に頭を下げた。

 政敵である領議政らの前で大いに恥をかかされた王は「まったく…愚か者め!」と手にしていた紙を丸めて地面に叩きつける。

 ヨンはその様子を探るように見つめた。

 王は怒りも顕わに叩きつけた紙を踏みつけて去って行き、領議政らも嘲笑しながらその場を去って行った。

「…………」

ー上手くいったな…ー

 ヨンは心の中で呟いた。

 師には悪いが芝居が露見する所までがヨンの真の狙いだった。

 父にも領議政らにも、まだ悟られる訳にはいかない。

 もう少し  “遊んでばかりでだらしのないダメ世子” を演じる必要がある。

 “敵を欺すにはまず味方から”

 ヨンは盛大な溜め息をついた。

「私はただ先生の言う通りにしただけなのに…更に拗れたではありませんか」

「?!」

 乱れた衣を直しながら師を責めるヨンに、この三文芝居を考えたのがほぼヨンであるにも拘わらず、世子にそう言われると全責任は自分という事になってしまう。

「世子様、わ、私はただ…!」

「まったくもう…」

 適当に衣を整え座ったヨンは溜め息をつきながら紙を折り始めた。

「先生なのにきちんと教えもしないで…教える振りをしてどうするのですかっ…ああ…呆れた」

 そんな風に言われると頭を下げるしかない。

「お許し下さい! 世子様!」

「やれやれ…」

 ブツクサ言っていたヨンは平伏す師を見ると「はは♪」と面白そうに笑った。

「冗談ですよ先生(笑) あなたに非はありません」

「??」

 師が顔を上げる。

「突然吹いた風が悪いのですよ」

 そう言って折った紙を空に向かって投げると、その紙は風に乗り見事に飛行した。

「世子様…あれは一体…?」

 飛んでいく紙を見上げ師が問うと、ヨンは本来のお茶目な一面を見せる。

「空を飛ぶ紙…名付けて “飛行紙”♪」

 文机をポンッと叩いて笑顔で答え  “馬鹿な振りをするのは疲れるものだ…”  と心の中で大きな溜め息をついた。


***



風に乗った “飛行紙” は人で賑わう雲従街まで飛んでいった。

「あれ、おじさん! 元気でやってる?」

「おお! 久しぶりだなぁ!」

手を叩き合わせ笑顔で挨拶を交わした若い男はあの“恋愛相談所” の店主だった。

「じゃあ♪」

手を上げて若い男は家路を急ぐ。

「あのえらく小さい男は何者ですか?」

最近、街にやって来た行商人の男はやたらと顔の広い若い男の事を聞いた。

「おお、あいつはこの雲従街の有名人だよ」

有名人だという若い男はすれ違いざまに蒸したての餅を味見させて貰っていた。

「美味い! さっすが、おじさんの蒸し加減はいつも最高だね!」

「そうだろう(笑)」

「“絶好調な男” “将来有望な男” “金になるならなんでもやる男” 人呼んで3人の男  “サムノム” だ!」

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