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「負けた」と思った夜に、書き始めた。71歳のnoteデビュー。

この記事は、ある夜の敗北から始まった私の挑戦の記録です。


「最近、YouTubeで頑張ってるらしいじゃないか。税金対策も考えなきゃいけないくらい稼いでるのか?」

2〜3ヶ月に一度、なかなか顔を見せない息子と孫を 「豪華な食事」というエサで呼び出すのが、私の密かな楽しみだ。

その日も、少し得意げに、 成功しているらしい息子を褒めてやるつもりで聞いた。

71歳の父親として。 人生の先輩として。
まあ、多少は上から目線で。

ところが、返ってきた答えは私の予想の、斜め上どころか、真上を行っていた。

「いや、YouTubeもだけど、実は前からAmazonで出してる3〜4冊の本が、毎月〇〇万円くらい入金になっててさ……」

「……そうか、それは良かったな」

口では平然と答えた。 箸も、止めなかった。 グラスのビールも、ちゃんと飲んだ。

しかし私の内側では、 静かに、しかし確実に、 何かが音を立てて崩れていた。

ご馳走を食べているはずが、 なんだか自分が「食わされている」ような、 なんとも言えない敗北感。
息子に、だ。自分が呼び出した、あの息子に。

その夜、帰り道の電車の中で、私はずっと窓の外を見ていた。

夜景が流れていく。
二十代でのビジネス世界に飛び込んで、小さな貿易会社を立ち上げては畳み、また立ち上げては畳み——三度、同じ過ちに近いことを繰り返した。
海外の取引先から大口の売掛金が戻らなかった夜も、帳簿の上では黒字なのに手元の現金が尽きて、あと一歩のところで全てが終わりかけた朝も、全部覚えている。
それでも懲りずに、またスーツを着て、また誰かと握手をしてきた。そうやって四十年近く、もがいてきた。
定年などというものはなかった。ただ、ある日を境に、静かに「もう十分やった」と自分に言い聞かせた。

それなのに、息子のたった一言が、その「十分」を根底からひっくり返した。

問題は、息子が稼いでいることではなかった。問題は、私が息子の可能性を、ずっと「子どもの遊び」だと思っていたことだ。
YouTubeも、ネットの本も、本物の仕事とは少し違うもの、と。その「上から目線」が、あの夜、完全に崩壊した。

家に帰り、一人になって、私は初めてその夜の感情と正直に向き合った。

悔しい、というより——恥ずかしかった。

昨年(2025年)の年末。 私は一人で、猛烈に反省した。

「私にだって、書けることはある。書けるはずだ」

71年間、生きてきた。仕事もした。失敗もした。家族を養った。 笑った夜も、眠れない夜も、山ほどある。
高度経済成長を身体で知っている。バブルの熱狂も、その崩壊も、リーマンショックの寒さも、全部この皮膚で感じてきた。
これだけの「素材」を持っていながら、私はまだ一行も書いていなかった。

書くことは、若者の特権ではない。むしろ、積み重ねた時間にしか書けないことがある——そう気づいた夜だった。

というわけで、私は決めた。

今年、71歳。 noteを始める。今年中に、Kindleで一冊、電子書籍をデビューさせる。
大きな夢でも、無謀な挑戦でもない。 ただ、書く。
71年間、積み上げてきたものを、言葉にする。 それだけだ。

息子よ。
お前が毎月稼いでいる印税の話を聞いた夜、父は確かに「負けた」と思った。
でもな、 その「負け」が、私を動かしてくれた。
だからお前に、感謝している。 ——とは、まだ口が裂けても言えないが。

いつか「父さんの本も、なかなか売れてるぞ」と言いながら、今度は私が、本当の意味でお前を「ご馳走」に招待する。その日まで、見ていてくれ。

はじめまして。  71歳、noteデビューしたての書き手です。  どうぞよろしくお願いします。

このエッセイを読んでいるあなたが、71歳でも、50歳でも、20歳でも、  「書くことに遅さはない」と感じてくれたら、  私にとっては、十分に意味のある文章になる。



【追記】
この記事の最後で、「今年中にKindleで一冊、電子書籍をデビューさせる」と書きました。
実はその目標、達成できました

2026年6月、71歳で人生初のKindle出版です。

あの夜、息子に負けたと思わなければ、この本は生まれていなかったかもしれません。
人生、何がきっかけになるか分からないものですね。

もしよろしければ、父の挑戦の続きものぞいてみてください。

使われてみたら、自由だった。

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