名前で呼ぶ、という小さな挑戦
きっかけは、ふとした出来事でした。
数日前に中学校の同級生とその旦那さんが、家に遊びに来てくれた日。
当然ですが、二人は、私たちのことを自然に名前で呼びます。
その流れで、気づけば私たち夫婦もお互いを名前で呼んでいて。
そのときは特に何も思わなかったのですが、あとからふと、
「あれ?今日、一度も“お父さん”って呼んでない」と気づきました。

なんだか少し、不思議な感覚でした。
長いあいだ、お互いのことを
「お父さん」「お母さん」と呼び合ってきました。
それが当たり前で、違和感を持ったこともありません。
でもその日、名前を呼んだときの感覚が、あとからじんわり残っていて。
このまま名前で呼び合うのもいいのかもしれない、と思えたんです。
「お父さん」「お母さん」という呼び方は、
子どもを中心にした暮らしの中で、
私たちが担ってきた役割の名前だったのだと思います。
その役割の中で、守るものがあって、支えるものがあって、
必死に過ごしてきた時間がありました。
だからこそ、名前で呼んだとき、少しむずがゆくて、くすぐったくて。
いつも見ていたはずの相手を、少し違う目で見ているような、
そして同時に、自分自身もまた、
「誰かの役割」ではなく、ひとりの自分に戻っているような気がしました。
子どもたちはそれぞれの暮らしを始めていて、
家の中で夫とふたりで過ごす時間が、増えています。
これから先、夫との時間がどれくらいあるのかは、正直わかりません。
それでも、その時間の中で「お母さん」「お父さん」としてではなく、
ひとりの人として向き合っていけたらと思います。
名前で呼び合うことは、その小さな入り口なのかもしれません。
うっかり「お父さん」と呼んでしまう日もあります。
正直、少しめんどくさいなと思うこともあります。
でも、それもそのままでいいのかな、くらいに思っています。
気づけばこれが、私にとっての
新年度に始めた小さな挑戦になっているのかもしれません。
#言葉の庭

