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アダルトチルドレン わたしが家の手伝いをスタートしたきっかけ

こんにちは
zukaです
訪問してくださりありがとうございます
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今回は、わたしが過去に受けた母親からの殺気のフラッシュバックと、現在のわたしの思考の癖とが繋がった事を書きたいと思います

情景の中に常に存在する 毒親の殺気によって心を支配されて 心をコントロールできないことが回復の妨げになっている

殺気のフラッシュバックってなんだ?



あなたは両親の仕事が大変だからといって家の手伝いをしてましたか?

テレビ番組で、とある女性が、「両親が共働きで大変だから、少しでも家の事を手伝おうと小さい頃から夕飯をつくっていたら、料理が好きになった」と話していたのをみた時のこと

わたしは、高校生になるまで、全く家の手伝いをしていなかったことを思い出しました

実家は農家でしたので、繁忙期になると猫の手も借りたいくらいの忙しさ

両親も祖父母も朝早くから夜遅くまで働いていました

ですがわたしは、母親が仕事から家に帰ってくるまで、テレビを見たりして待っていました

母親は疲れてくたくたで帰ってきて、不機嫌に食事を作り始めます

その母親に怯えながら、申し訳ない気持ちの中、食事が出来上がるのをわたしはじっと待っていました

怯えてじっとしているくらいなら、
少しでも手伝えばいいのではないか?
小学生高学年くらいには多少の料理はできていたのではないか?と思うのですが、
私はその頃、台所に立って母親を手伝った記憶が全くありません

恐怖のロールキャベツ

一度、学校の家庭科で習ったロールキャベツを自宅でつくったことがありました

普段から料理をしていない私が、キャベツで挽肉を巻いて煮込むなどといったハードルの高い料理を、いきなりやってもうまくいくはずがありません

しかも実家は、夕飯を食べる時間が早く、夕方の6時ごろには出来上がっていないといけないのです

案の定、夕飯の時間に全く間に合わず、ロールキャベツが煮込めるまで家族を待たせるしかなく、その時間が地獄でいたたまれませんした

不思議なのが、ロールキャベツが出来上がるまで、母親が一言も文句を言わなかった事です

「おそいなぁ」とぼそっと口走った父親を「しぃっ!」と言ってにらむ母親

祖父も祖母も、待ちくたびれていた様子でしたが黙っていました

いざ出来上がったロールキャベツは、味が薄くておかずとしてはまったく役に立たず、祖父や祖母は、お漬物をおかずに私が作ったロールキャベツを食べていました

「ご飯のおかずにならん」とぼそっといった父親を母親は睨んでいて、

そのときのわたしは、母親が、嫌味を言ってくる父親から私のことを庇ってくれてたんだと思っていました

ですが、今考えると母親の行動にはものすごい違和感がありました

母親は、私がロールキャベツを作っている間、全く台所にきませんでした

わたしがいたたまれない気持ちでロールキャベツを煮込んでいた時も、母親は洗濯をしたりお風呂に入っていたのです

わたしが家の手伝いをスタートしたきっかけ

話が少しかわるのですが、
私は高校の頃、とある同級生の友だちの家にしょっちゅう遊びに行っていました

その友だちは夕方になると、夜勤のお母さんの代わりに夕食を作っていました

彼女のお母さんが採ってきた山菜を、サッと湯がいておひたしにしたり、
彼女のお兄さんが好きなエビフライを揚げたり
卵焼き機を片手に、ひょい、ひょいと菜箸で卵焼きを巻いたり

彼女は料理の手際が良いので見ていて面白く、わたしはいつも彼女の横に立ってその光景をみていました

あるとき彼女に、「あんたも、かあちゃんの夕飯の手伝いしたらどうなん?」と言われたことがありました

「高校生にもなって、親の手伝いしてないとか、おかしいで」と・・・

私は同い年の彼女に言われたことがとても悔しくて、そのことをきっかけに、母親のかわりに家の夕飯をまめに用意するようになりました

内容は、彼女が作ってたものを見よう見まねです

わたしは、母親のかわりに家族の夕飯を作るようになり、なんとも言えない後ろめたさが減ってゆき、自信のようなものも少しわいていたことを思い出しました

殺気のフラッシュバック

わたしがロールキャベツを作っていた時、母親に感じた違和感

それは、親の手伝いを促してきた彼女とは違い、母親はわたしと全くかかわろうとしなかったということです

なかなかロールキャベツが出来上がらなくて困っている私に対して、たとえばチクリと、「普段から料理を手伝わんからや」と嫌味をいうだとか、「手伝おうか?」などといった、わたしをかまう言葉かけは一切なく、

洗濯したりお風呂に入ったり自分のことをしていて、わたしのことはまったく無視、放置でした

それはなぜなのか?

母親は、わたしが1人で料理をして上手くいかなくて嫌な思いをすれば、二度と台所に立たなくなるだろうと無意識に思ったのでしょう

父親の、「料理遅いな」とか、「味が薄いな」という言葉に「しっ!」と殺気をだしていたのは父と私との関わりを分断したかったのでしょう

そして母親は、料理一つできない私に対してせっせと世話を焼き、共依存関係を続けるつもりだったんでしょうね

母親と子どもとの共依存関係を断ち切るには

私は今でも、一人で何かをしようとすると、ものすごく怖くて怯えて、逃げ出したくなります

それは、過去にロールキャベツを一人でつくったときのいたたまれない記憶、過去の母親の呪いのような殺気がフラッシュバックして怯えて思考停止していたんですね

だとすると、わたしに対し、「高校生にもなって、親の手伝いしてないとか、おかしいで」といった友だちの言葉は、私を母親との共依存から一歩抜け出させる言葉
社会で役に立つように、とか、母親に頼らず自立心を育てる考え方、父性、だったんだなと思います

母親からは、わたしを押し出してくれる言葉を言われたことは一切ありません
「あんたが心配や」が口癖です

この事実が、わたしという人間にどのように影響しているのかを、ゆっくりと考えてみてもらいたいなと思います

そしてこの話は、「高校生にもなって親の手伝いしてないとか、おかしいで」
と友達から言われたことが悔しくて、ムキになって、家の手伝いをスタートしたという、
私の自我が芽生えた話でもあるのです

当時抗っていた自分を思い出すことができたことは、今の私にとって大きな力になると思います

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ぜひともお待ちしています  
zuka❤️‍🩹

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