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【12/22感想②】X-factorウズベキスタン:トルコ語の美しさを知った日・音楽とは?

Q. ファズリディンのクラウドファンディングってないんですか?

XfaktoruzのSNSコメントを読んでいたら、「ファズリディンをXファクターで勝たせて、歌の教育を受けさせたいと言ってる人は、自分がお金出せばいいでしょ!」と書いあって、それだー!と思いました。本人は嫌味のつもりかもしれませんが100%同意。
ウズベキスタンにはクラウドファンディング文化ないのかな?ファズリディンが音楽学校に通うためのクラファンあったら、喜んで寄付します。
音楽止めないでほしい。


ファズリディン(Fazliddin)の魅力

Xファクターウズを見るきっかけになったファズリディン。決戦のスーパーファイナルに進むことは敵いませんでした。残念です…。
でも今回のファイナルのステージは、特に印象に残るものでした。

ファズリディンは子音が苦手なのでは?

1曲目は再びの「Belalım」(愛しい人)。
ファズリディンが予選の初回で歌い、X-Faktorウズベキスタンの公式チャンネルで、ダントツ再生回数1位の伝説を作った曲です。
今回のファイナルでは、2曲ともトルコ語の歌で挑んでいました。

Belalım

やはりトルコ語の歌の方が、声がよく通って上手に聞こえる…。

なぜだろうと考えて、ふと思い当たったのが、ファズリディンは「子音」を歌うのが苦手なんじゃないだろうか?ということ。
話す時に口が開く母音と違い、普通に歌おうとすると口が閉じて音がこもったり途切れてしまいがち。彼は歌の専門教育を受けておらず、完全な初心者の状態で出場したので、子音を綺麗に歌う技術をまだ身につけていないのでは。
これまでウズベク語の歌でことごとく失敗してしまったのは、子音の連続で声を思うように出せなかったからなのでは…?

1曲目「Belalım」(愛しい人)」

感想は後ほどまとめて。
再生位置:20:07〜


2曲目「Vefasız」(無情)

Vefasız

再生位置:1:30:44〜
"vefasız"は、「不実」や「不誠実」のほうが意味が近いかと思いますが、歌詞としてはあまりしっくりこないので、「無情」にしてみました。

歌詞:
Bir vefa bekleme geçen zamandan
過ぎた日々を誠実だと思うな
Mevsimler vefasız, yıllar vefasız
季節は無情 月日も無情
Bir umut bekleme sevdadan, aşktan
愛や恋に希望を求めるな
Seviyorum diyen diller vefasız
「愛している」の言葉も誠実ではない

Gün gelir gönülde solar çiçekler
心に咲いた花はいつか枯れる
Yalana karışır bütün gerçekler
真実はすべて嘘に紛れていく
Sevenler gideni boşuna bekler
去った人を愛して空しく待ち続ける
Yolcular vefasız, yollar vefasız
旅人は無情 行く道も無情

Bir dünya düşün ki, vefadan yoksun
寄る辺ない世の中を想像してごらん
Ömrünü verdiğin dostlar vefasız
人生を捧げた友も無情
Bir hayat düşün ki, sevgiden yoksun
愛のない人生を想像してごらん
Canını verdiğin canlar vefasız
命を捧げた愛しい人も無情

Vefasız

なんつー歌詞だ…。と最初は思いましたが、いつまでも美しい過去にとらわれず、今と未来に目を向けろということですよね。
この歌はかなり難易度高い………。

3曲目「Onam」(母)

今回は、視聴者投票で1位を獲得した候補者のみ、ストレートで決勝に進めます。最低票数はその場で退場。残りの1枠をかけて、2位と3位がもう1曲ずつ歌って競います。

過去あまり上手く行ったことがない、ウズベク語の曲。
今回は……感動しすぎて動けなくなってしまった。
歌い出しは声が出ていなくて音が少し外れ気味で、大丈夫かな…と心配になりましたが、途中から魂がこもってすごかった。

歌詞:
Yomg’ir bo’lib yig’lar onam,
雨になって泣いているのは 母さん
Iztiroblardan dodlasam.
僕が苦しくて叫んだときに
Netay to’lmoqda paymonam,
どうしよう 心があふれそうだ
Onam ro’molin hidlasam.
母さんのスカーフの香りがすると

Yolg’iz suyanchig’im onam,
ただひとりの僕の支え 母さん
Boshqa hech kimim yo’q edi.
他には誰もいなかった
Boshimni silar yagonam,
僕の頭を撫でてくれる 唯一の人
Borida ko’nglim to’q edi.
母さんがいたときは 心が満たされた
(…)
Qancha g’amni ko’rgan onam,
どれほどの悲しみを知っていただろう 母さん
Men deb bo’ldi umri xazon.
僕のために 母さんの人生が過ぎていった
Kulib silardi peshonam,
微笑みながら額を撫でてくれた
Qayda endi u mehribon?
今どこにいるの? あの優しい人は

Xazin kuyday yangrar onam,
秋風のように響くのは 母さんの声
Bu azoblardan ingrasam.
この苦しさのせいでうめいたら
Chaqirsaydi deb “bolam”,
僕を呼んでくれたらいいのに
Zora tushimda tinglasam.
せめて夢の中で その声を聞けたなら

onam

トルコ語の歌の美しさに気づく

今回のXファクターを通して、トルコ語の曲をいくつも知ることができました。歌詞がまた詩的で美しいものが多いですね。
ファズリディンが歌うと、音が本当に綺麗に透き通るように響いて、トルコ語ってなんて美しいのだろう…と感動しました。
ウズベク語とは同じ言語系統なのでよく似ていますが、トルコ語は音で聞いたときに母音がより多く柔らかく感じられ、歌と相性の良い言語のように思えました。トルコ語には学習者泣かせの母音調和(母音の組み合わせの制限)がありますが、もしかしたらそれも音の響きの美しさに影響しているのかもしれません。

無視できない技術的な問題

ファズリディンのことは今後も変わらず応援し続けますが、今回のファイナルでのライブも(すごく良かったけど!)問題があることも否定できません…。

・テンポが合っていない(先走りがち)
・音程がときどきずれる、不安定
・パフォーマンスの動きがない(審査員に再三指摘されていた)
・歌の内容と舞台設定がいまいちかみ合っていない

技術的に課題が多いのは誰が見ても明らかです。
会場では演奏の音が反響するので、イヤモニで正確な音をよく聞いて合わせる必要があるけれど、最後まで慣れなかったようです。演奏よりも歌が先走ったりテンポがずれたり。
他の出場者は、すでにコンテスト出場やライブ経験が何度もある人が多いのに対し、圧倒的に経験不足。でも裏返せば、伸び代があるということ。簡単ではないけれど。

そして選んだ歌が難しい。
まだ22歳。(11月に誕生日を迎えたらしい、おめでとう!)
22歳でも老成したような人はいるけど、ファズリディンはむしろ逆で、10代に見えるくらい幼さや純朴さが残っている。それが素直なキャラクターと結びついて強い魅力でもある。
一方でこのキャラクター性で、人生を説くかのような「Vefasız(無情)」を歌うのは難しい…。うまくいけば、ギャップになってむしろ評価が爆上がりしただろうけど。
どういう意図で歌うのか、達観なのか励ましなのか、胸張り裂ける過去があるのか……考えられていないように見えた。
あとステージでも「素」なんですよね、なんか。普段の素のままそこにいる、みたいな。でもそれがファズリディンらしくていい気もするし、よくわからなくなってくる。
Xファクターって、音楽もまた総合芸術だということを教えてくれますね。いろいろと考えさせられました。

胸に響く音楽とは何なのか?

ファズリディンの何がいいのか。
理由はわからないけど感動してしまう。
ファイナルで歌った3曲はどれも「上手」とは言い難いけど、本心で良い歌だと思ったし、聴けて本当に良かったです。

最後のスーパーファイナル出場をかけた「Onam」(母)は、次の日ふと思い出して、聴いていないときに少し泣けてきた。家族を歌った曲だから感動するなんてことは一度もないし、むしろお涙頂戴系の歌詞には引いてしまうのですが…。純粋にファズリディンの歌には感動してしまう。真っ直ぐに心に刺さるというか。

ファズリディンはまさに「何か」を持っているけど、それは一体何なんだろう…。
人を感動させる何か。人の心を打つ何か。
これだけの短期間で、国外にも年齢性別問わず数多くのファンを作ってしまった魅力があるのは、まぎれもない事実。

審査員による決定:ファイナル敗退

3曲目も視聴者投票で勝敗を決めるのかと思いましたが、ファイナルになると審査員が決めるようです。ファズリディンはスーパーファイナル出場に選ばれませんでした。

そうなるのも…個人的にはとても残念ですが、納得はできます。
もし、今回のようなパフォーマンスを前回していて、今回がさらに少しだけ良くなっていたら…。次のステージにも期待が持てて、結果は変わっていたかもしれません。でも、ファズリディンがこれまでもベストを尽くしてこなかったはずがないし。
スーパーファイナルはステージを「仕上げて」臨むのは必須なので、音を外した状態で出ることは、さすがに許容されないのは理解できます。まだ不安定な状態で決勝に進んだら、無駄にアンチを作ることになりかねないし。

音楽は技術がすべてじゃないから難しいし面白い

歌唱力が重視されるのなら…
私はリシャット(Richat)とグルヤーラ(Gulyara)がスーパーファイナルに進むと思っていました。
グルヤーラは歌唱力がずば抜けていて、迫力ある低音が持ち味の女性。まだ18歳!わかりやすく例えると、演歌の女王みたいな子。演歌を歌ったら絶対最高だと思う。
彼女が予選で歌ったトルコ語の「Kanasın」(カナスン)が忘れられない。

グルヤーラはファイナルで最初に敗退してしまいました。
前回は、2曲勝負の視聴者投票では選ばれず、3曲目の投票で勝ち残ってこのファイナルに進みました。

選曲の問題?
推測の域を出ませんが、もしかしたら選曲も影響しているのか…?
会場を見渡しても、ウズベキスタンの年齢平均(なんと29歳)を考えても、若い人が多いので、伝統的な曲や渋い曲は実は受けにくいとか?
グルヤーラは一貫してかっこいい系、渋い系の選曲でした。

スーパーファイナルに進むもう一人の候補者はイリヤス。彼は西欧的なメロディー、バラード系の選曲が多かったです。もちろん歌唱力は安定しているしムードのある良い声だし、曲のアレンジも自ら行なっているので、選曲のせいにしたら失礼ですが。
ウズベク語のこの曲「Bu oqshom」(今夜)が特に好きなのだけど、歌詞が見つからない。原曲よりもイリヤスのアレンジ版の方が好き。

魅力の正体とは?
技術じゃないって逆に恐ろしくないですか。
技術力を高めるのであれば、目標もすべきことも道筋がある程度見えています。なら、すでに技術が身についていたら、いったい次はどうすればよいのでしょう。さらに技術力を極めればいいのでしょうか。

おそらくその道はあまりうまくいきません。
歌でもアートでも漫画でも、名前が広く知られているくらい売れている人の中で、超絶技巧ゆえに評価されている人なんてほとんどいません。ある程度のレベルを超えると、素人にはもう違いがわからないし、エンタメを楽しむ圧倒的大多数が素人です。
どうしたらヒットするのか?それはエンタメ業界に携わる全員が、常に答えを探している謎。

何がヒットするかなんてわからないけれど、ひとつだけ確かで多くの人が言うのは、「数をこなして試行錯誤するしかない」ということ。
その過程で「何か」を見つけて爆発的にヒットする人もいれば、(多くの場合)延々と迷い続けることも。
もっと恐ろしいことに、新人の頃は確かに光る「何か」があったのに、技術を身につけていく過程や成長の過程でそれが失われていくことすらある…。

ファズリディンがすでに持っている「何か」がこれから磨かれて光っていくことを願います。
ぜひ歌を続けてほしいし、遠くない将来また表舞台に出てきて、歌を聞かせてほしいです。

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