わたしとあなたのブラックボックス
20代前半の頃。分厚いスマホでFマークのアイコン開くと、当時付き合っていた彼が川辺でBBQしている写真が表示された。
「ウェーイ」と唾を放ちながら、少し低い声が画面から聞こえてくるかのよう。わたしの顔が彼らの吐いた唾液により汚された気分になった。
片手にビールを持って、上半身裸の男性陣の中心に彼が写っていた。隣には女性もいる。両手を膝につけて、かがんでいるその女性はタンクトップの隙間から谷間が溢れ落ちていた。
サングラスをかけているあの人はカメラ目線のふりをしつつ胸元を覗いているに違いない。はい、やってきました、覗き放題のボーナスタイム。一部の男性にとってサングラスは紫外線の予防ではなくオスの自分を隠すため。
自宅でその写真を見たわたしは、Tシャツを豪快に脱ぎ捨て、タンクトップ姿になり、全身鏡の前でその女性と同じポーズを真似てみた。クソッ!どんなに頑張ってもわたしの胸元はスカスカだ。
これでもかというほどに両腕をクロスさせても、寄せる脂肪がないのだ。これ以上両手はクロスできん。なんてこった、えらいこった。これは、清々しいほどに完敗ではないか。カンカンカーンと脳内でゴングが鳴り響いた。
当時、彼からBBQに誘われていたけれど、クラスの端っこで一軍の人たちを眺め続けていたわたしが参加する勇気はなかった。
彼らの自信に満ち溢れたガハハという笑い声の威力はとてつもない。それは竜巻が発生したかのようで、わたしの滑舌が悪くて小さな声はその渦に巻き込まれていく。そして、次第に自分の存在さえ消失するのは想像つく。
それでも、BBQに参加している人達は誰にでも分け隔てなく接してくれる優しい人だろう。
だからこそ、眩しくてたまらなかった。わたしはどんなに真似ても彼らのようになれないし、「人生絶賛謳歌中」の笑顔は作れない。
もし、わたしがBBQに参加したとして、集合写真を撮るとなれば、1番後ろの右端で幽霊化するに違いない。
SNS に投稿されては幽霊のような自分を客観視するなんて、これほど屈辱的なことはない。
「いいなぁ、楽しそうで」 そう思いながら、インスタを閉じてAKB48で一番の推し曲「言い訳メイビー」のPVをひたすらリピートして見ていた。
時には、大島優子のシーンで一時停止をする。「いいんだ、いいんだ。わたしはウェーイとしなくても、自宅で大島優子の笑窪を拝んでいるのだから」と小さな画面を見続けた。
そう思いながらも、少しずつ、わたしの体内は黒くてスライムのようにネバネバした正体不明の何かに侵食されるのを感じた。
その何かに全て喰われそうになった時、わたしは黒い海に溺れていった。
息苦しくて、胸の中が悲鳴を上げた瞬間、
一時停止していた大島優子の笑窪に吸い寄せられ、なんとか正気を取り戻した。
きっと世間は、この何かを「嫉妬」と表現する。
それにしてもわたしは、誰に、何に、嫉妬していたのだろうか。
わたしの知らないところで、あの人が楽しそうにしていたこと?
オスの本能をかき乱したであろう、豊満な体をしたあの女性?
いつだって自分の周りに人が集まってくるだろうヒエラルキーが高そうな男性陣?
今ならわかる。きっと、全てに嫉妬していた。
◇
あれから随分と時が流れた。
スマホの極薄型とは反比例するかのように、わたしの腰周りはぶ厚くなった。
全身鏡の前では華奢だった身体を思いだしてはため息を溢す日々。
そして、片手には小さな鏡を持ち、合わせ鏡をしながら白髪チェックも欠かせない。
そんな毎日を送りながらもインスタを開くと、知り合いかも?に夫らしき人のアイコンが出てきた。
わたしは夫をフォローをしなかったし、夫からもアクションはなかった。
というのも、今のわたしは大切な人のSNSは知なくていいという考えになったからだ。
あなたが、どんな思想を発信しようが、
あなたが、どんな女性にオスの目になろうが
あなたが、わたしの知らないところで全力の笑顔を向けたこととか、
どうぞ、ご自由に。
それらは、わたしが知る必要のないブラックボックス。
だけど、あなたが目の前にいる。
今日の出来事を話あえる。
鍋をつつきあえる。
手をのばしたら、あなたの深くなったほうれい線をなぞることができる。
その事実だけで十分。
それだけで、わたしの心には光が差し込み、ぽかぽかと温かくなるのだから。
◇
最後までありがとうございました!
嫉妬祭りに参加させて頂きました。斉藤ナミさんの新連載、夢中になりながら読ませてもらいました!素敵な企画をありがとうございます。
