わたしと母のメロンパン騒動
「こんなメロンパン買ってきてわざと!?」
その母の言葉はメロンパンの甘い香りを一瞬で蹴飛ばした。
当時、中学生だったわたしは用事ついでにメロンパンを買って帰った。早朝に母が「パンが食べたいな〜。パンなら何でもいいよ」と言ったからだ。
しかし、その予想外の反応に脳内の処理が追いつかない。
「はぁ?機嫌が悪いからってメロンパンに八つ当したらあかんって」
負けじと言い返す。確かに、高級なメロンパンではない。スーパーの特設パン売り場の120円のメロンパン。でもメロンパンって当たりハズレがなくて誰もが喜ばない?
表面のカリカリのビスケット生地。口に入れた瞬間に広がる、甘くて香ばしい風味。そして、中のふわふわ生地のコントラスト。
う〜ん、想像するだけで美味である。
もし、メロンパンのカリカリだけ売っていたら、迷わず10個は買っちゃうよね。
「あんたはいつもそうやって、お母さんが嫌がることをするねん!」
ちょ、待ってくれよ。
そりゃないぜ、ベイビー。そんなに怒り狂うようなメロンパンが世の中に存在する??
例えばさ、メロンパンなのに上のカリカリが全て剥がれ落ちていたり、中の生地がスカスカで3センチくらいの気泡が入っていたら、そこまで怒るのも理解できるよ?
でも仮にそうだとしても、全てのメロンパンはパン職人が早起きして編み出した愛おしい子供のような存在なんだよ!世のパン職人に謝ってくれよ!!
誰か教えてほしい。
一体あのとき何のパンを買えば、母の正解だったんだ?
その日を堺に、わたしの心は割れたビスケット生地のように粉々になった。
◇
それからというもの、わたしはパン屋でメロンパンをあまり手にとらなくなった。
けど、母はメロンパンが嫌いなわけではない。かつてメロンパンを頬張りながら「古畑任三郎」を観ていたからだ。
母は困った人だ。いつも家族を傷つけておきながら、「お母さんのこと愛してよ」と叫んでいた。
わたしは口下手なため「いつもありがとう」とか、「お母さん大好き」なんて言えない。そんな言葉を発している自分を想像するだけで鳥肌がたつ。柄じゃない。
でも母はいつだって言葉で伝えてほしかったのかもしれない。
そういえばあのメロンパン騒動は、父の転勤で引っ越した直後だ。
当時住んでいた団地は、昔ながらの濃厚な人間関係が残っていた。その逃げ場のない閉塞感に母はよくイライラしていた。慣れない土地で、子供を2人を抱えて神経をすり減らしていたのだと思う。もしかしたら、寂しかったのだろうか。
そんなことを考えていると無性にメロンパンが食べたくなり、近所のパン屋さんメロンパンを手にとった。


帰宅して、スーパーで買った食品を冷蔵庫に入れる前に、我慢できず一口頬張る。
キャラメルの甘さと、カリッと歯ごたえのある味。ふわふわ生地の紅茶の味がキャラメルの甘ったるさを包んでくれた。
うん、やっぱりうまいわ。
喧嘩ができるのも生きているから。
互いの泥臭くて、醜くて、矛盾してて、ずるくて、だけど、必要とされたくて、心まで裸にした相撲のようなぶつかり合いができるのも家族だからだ。
いつか母とチープな捨て台詞合戦した日々を懐かしむ日々がくる。
そして、それは少し間違えたわたしと母なりの愛し方だったということも。
けどそんな母ももう65歳。
互いに残された時間はどれくらいだろう?
そう考えると、一刻も早く母に会って素直な気持ちを伝えたくなった。
わたしは衝動的に新幹線のチケットを予約して、翌月に瀬戸内海に帰省した。メロンパンをお土産に抱えて。
実家に到着して「よう来たなぁ」と他愛ない言葉を交わし、お土産をわたす。
早々にサクサクと音を立てながらメロンパンを頬張る母。

「美味しいわあ」
「やろ?」
そしてエプロンの上に落ちたクッキー生地まで人差し指ですくい上げて口に放り込む。
なんだよ、やっぱり母はメロンパンが好きなんだ。その落ちているサクサクまで口に入れる儀式は、メロンパンを愛している証拠じゃないか。
あの時に怒り狂っていたのは虫の居どころが悪かったんだ。
そう確信した。
いつ感謝の気持ちを伝えようと思いながらも訪れた別れの日。
団地の前に停まるバスに乗って駅に向かう。帰り際、「お母さんもバス停で一緒に待ってるよ」と言われたけれど、「恥ずかしいからいいよ」と玄関をでた。
結局わたしの気持ちは伝えられず。あーあ。
バス停のベンチに座っていると、白髪のおじいちゃんと目が合い「今朝、わしの家に石を投げたのはお前か!?」と身に覚えのない罪をなすりつけられた。
ここは市営の団地だから色々な事情を抱えた人が住んでいる。蛇に睨まれたカエルのように硬直していると、おじさんは姿を消した。
ふと、実家のベランダを見ると、母が心配そうに見ていた。
わたしは手招きして「こっちきて」とジェスチャーした。母がすぐにベンチまで駆けつけて、わたしの横に腰掛ける。
「なんなん、あのおっちゃん?」
「あのおっちゃんな、悪い人じゃないねん。草むしりとか、団地のお花の手入れよくしてくれるんよ。だから、許したって」
これはチャンスだ。わたしの気持ちを伝える最後の。
バスはもういつ来てもおかしくない。だから、早く言わないと。
「なぁ」
「ん?」
「お母さんのこと好きやで?」
すると、母はいたずらそうに笑い口を開く。
「あんたにそんなこと言われたら鳥肌立つわ!」
そう、そうなのだ。これがわたしと母の形なのだ。ドラマのように綺麗な言葉を飾って、抱き合ってなんて美しい関係じゃない。こんな風にお互いに罵倒しながらも、汚い言葉の裏に、愛を探しているのだ。
バスが来た。
「ありがと。ほなな」そう言いながらバスに乗り込む。
バスに揺られながら思う。
きっと母はバスを見送りながらきっと涙を流しているに違いないと。
わたしの心はなんだかすっきりしていた。わたしと母はこの形でいいんだと。
やっぱり母はメロンパンが好きだったと。
それは、20年越しにメロンパン騒動が完結した日だった。
