一番ダサい自分を見せたら恋をした。
あの日、おしゃれな若者で賑わう中目黒の街をダサい格好で駆け走った。
メイク落としに使う100均の黒ヘアバンドで前髪を上げて、高い位置でのお団子ヘア、アイラインが滲んで黒くなった涙袋、夏フェスで購入したMONSTER bashとデカデカと書かれているライブTシャツ、足元はビーチサンダル。
ロングスカートの裾を何度も踏んでしまいそうになりながら走った。到着する頃には、淡い色をしたスカートの裾は黒ずんでしまった。
そんな格好でのちに夫となる人と2回目の食事をした。
◇
「中目黒にお住まいなんですね。でしたら、次は中目黒で食事しませんか?」
渋谷でのとあるレストランでの会話。この日はマッチングアプリで知り合った彼と初めての顔合わせだった。
「早速ですが、来週はどうでしょう?」
「ごめんなさい、その週は忙しくて」
「でしたら…」
何度かこのやり取りが続く。
「でしたら8月の最終週はいかがでしょう」
「…大丈夫です」
そう答えたのは、延々にループしそうな会話を早く終わらせたかったから。
次に会うのは3週間後、猶予はまだある。
申し訳ないがどこかでキャンセルしようと思った。
それに実際のところは私は忙しくしていた・・・オタ活に。
この頃の日課は、仕事が終わり次第に早々と動物小屋みたいな激狭1Kに帰宅して、節約のために作り置きしたご飯を食べながらオタ活をすること。
これが至福の時だった。婚活しながらも、こんな生活が永遠に続くことを心の何処かで望んでいた。
オタ活をする時は正装のようなマイルールの格好があった。 まず前髪をヘアバンドでぐっと全開に上げて髪を高い位置でお団子にする。
そして、これまで訪れたライブのバンドTシャツを今日の気分で選ぶ。フジロック、京都大作戦、モンスターバッシュ、マキシムザホルモン、くるりなどライブで手に入れたコレクションから「どれにしようかな〜」と選んだ。
これが小さな楽しみだった。
そして、そのTシャツをスウェットのズボンにしっかりインする。レディに冷えは禁物だ。
この格好をすると私のオタクモードが全開ON!
こんな暮らしは最高に楽しくて手放したくなかった。
職場の人に「彼氏作らないの?結婚相談所に入会したら」なんて耳にタコができるくらい言われたけど、「ほっといてくれよ、私は彼氏がいなくても最高に幸せなんだよ」と思いつつも、婚活する自分に矛盾を感じていた。
仮に結婚しても別居婚でいいかもと思っていたし、誰かとすり合わせして暮らすことなんで無理だろうとも思っていた。
そんな私のオタ活の内容はギャルゲー。
※主人公が男性で女性と親密になるゲーム
プレイヤーは23歳で卒業して、宝物のようなゲーム達は全て売却した。
が、便利なことにyoutubeやニコ動でプレイ動画が上がっていた。 かつてプレイしたゲームの名シーンを見ながら感傷に浸るのが、1日の楽しみだったのだ。
そんな日々を過ごしていると、ある夜にラインがきた。
「明日、20時15分に中目黒駅で待ってますね。こちらのお店を予約しました」
しっ、しまったーーーー!
この3週間デートのキャンセルをするのを忘れていた。
あぁ、どうしよう、どうしよう。。シングルのベッドに顔を疼くめながら、一気に気が重くなる。明日の自分は髪をゆるく巻いて、メイクをしっかりして、膝下までのスカートを履いて、ピアスをつけて、あぁ、ネイルも禿げてるし。正装の自分から女の子にならなきゃいけない、どこかの会社の面接に行くような気の重さ。
悩んだ結果、もう明日の朝に急な体調不良でドタキャンしよう、そう決めた。
◇
翌日の夜、プレイ動画を見ながら涙を流していた。 鼻水もだらだらで、ティッシュで鼻をかみながらPCに釘付けになる。
それは、ベスト・オブ・ギャルゲの名シーンだった。
人はただ、いてくれるだけでいい。場所もまた、性質も、性別も、問わない。 いてほしいんだ。人は人にいてほしい。より近くに感じたい。手を伸ばした先に、誰かがいるという安心。それを得たい。だから人は呼びかける。電話で。言葉で。手紙で。態度で。無線で。 どこかで誰かが聞いてくれますように。そう願って。
あぁ、何度見てもこのセリフは泣ける。
お陰でアイラインが滲んでは、涙袋は真っ黒になった。 うん、人って1人じゃ生きていけないよね。
私だってこんな風に引きこもってるけど、本当は誰かに出会いたい、今にも切れてしまいそうな細い糸でもいいから、他者と繋がりたい。心と心を交じり合わせたい。
そんな風に感傷に浸っているとラインがきた。
「中目黒駅に着きました。遅れそうですか?先にお店に行ってますね。」
わ、忘れてたーーーー!!!
やばいやばいやばい。体調不良で、今からドタキャンする?いや、でもっ、さすがに店内でポツンと待ってる彼に、そのラインを送るのは酷すぎる。それにコース料理を予約しているかもしれない。
だ、だけど私はオタ活用の正装だ。ここから女の子になるのは40分はかかる。 準備を試みようと、ヘアバンドを外してみる。なんてこった、普段は目の上ギリギリの前髪が、直角の90度だ。
あ〜っ、髪を濡らす時間もないっ。
もう、行こうっ!この格好で!!
だって彼には嫌われてもいいんだし、媚びなくていいじゃないか!
かろうじてスウェットのズボンだけ脱ぎ捨てロングスカートに履き替え、ライブTシャツをインした。 隣のドンキに出かける時にいつも履くビーチサンダルで家を出る。
その格好で、目黒川をとんでもない速さで走った。
◇
指定されたお店に入ると、店内が暗めの夜カフェでホッとする。これなら、よれよれになった化粧をごまかせる。
「遅れてすみません!」
鼻息荒く私が言うと、ホッとした表情で、
「よかったぁ、来てくれて。正直来ないかと思いました」
笑顔で迎え入れてくれた。
私のTシャツを見るなり、「あ、くるり好きなんですね。ばらの花はアイポッドに入れてます。オススメな曲ありますか?」
このTシャツは香川で開催されるフェスに
くるりが出た日。バンド名が小さく印字されていた。
「ばらの花、私も好きです。リバーとかもいい曲ですよ。」
それからも楽しそうに話す彼を見て、
え、こんなダサい私でもいいの?受け入れてくれるの??と呆然としていた。
私もオタ活の格好のおかげかリラックスしながら会話をすることができた。 私、頑張らなくていいんだ、このままでいいんだ。
それは、「男性と会うときは女性らしい格好で」という自分で自分をがんじがらめしていた固定概念が紐解けた瞬間でもあった。
その紐が解けた瞬間、
「あ、この人いいな」と思った。
それは、今までとは違う形をした、恋ってヤツだった。
