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わたしのなかのグロテスク


「誕生日プレゼント!欲しそうにしてたやん?」

国道沿いのカフェ。同級生から満面の笑みで小さな水槽を渡された。

水槽に沈んでいるビー玉に、窓際から差し込む真夏の光が輝いて幻想的だった。そこにわずか数センチのウーパールーパーが気持ちよさそうに泳いでいる。

それは23歳の頃。高校の友人による結婚式の幹事の集まりをしていた時だ。

「な、なんでウーパールーパー?」

口を引きつりながら答えた。わたしは両生類が大の苦手なのだ。

「ドンキでビンゴ大会の景品選びで言ってたじゃん。ウーパールーパーを見て可愛いーって」

ああ、確かに言ったかも。でもそれは犬を見て可愛いという口癖のようなもの。
「無邪気に可愛いと言っているわたしが可愛いでしょ?」なんてね。

そんな気持ちとは裏腹に、カツオくんに似た同級生はニコニコしている。

「あ、ありがとう。名前はうーちゃんにしようかな」

「あはは、そのまんまやん!」 

頭皮から流れる汗を腕で拭く友人を前に、
あの時の発言に後悔した。




愛車「ホンダのライフ」の助手席に小さな水槽を置いた。リラックマのブランケットをドーナツ型にして中心に。揺れても守れるようにそっと。

ギュィンと勢いよくアクセルを踏む。ペットショップ「アミーゴ」を目指して。 

到着して店員さんに話を聞いた。

「水槽用のクーラーは必須です。成長するとペットボトル一本分になることもありますよ」

ペットボトル一本分…。

その姿を想像した瞬間、世界が止まった。

そのまま帰宅すると「猫がいるからダメ!」と母が大激怒。

わたしは交際3年目になる彼氏の家まで車を走らせた。事情を話すと「いいよ、いいよ」と2つ返事で安堵する。

彼は白タオルを頭に巻いているガテン系。愛車は軽トラ。オンボロな軽トラで海岸沿いに行くのが鉄板のデートコースだった。

彼はうーちゃんのことを高級時計のように大切にしてくれた。

「今日も可愛いよ」と1日に何枚も写真が届く。ほら、友達が出産した途端に子供の写真を連続で送ってくるでしょ。あれみたいに。

久々に彼の家にいくと、アクアライトも装備され水槽は輝きを増していた。  

「ポケモンみたいだよなぁ」と彼はくしゃっと笑いながらエサをあげている。

うーちゃんは大きくなっていた。蒼白く透き通った肌を神秘的に輝やかせながら泳いでいる。

その姿はグロテスクだった。

◇   


その後、彼と一緒に暮らすことになる。

同棲生活は楽しいはずなのに、うーちゃんの存在に怯えていた。

仕事から帰ってきて部屋の明かりをつけると、うーちゃんがこちらをじっと見る。わたしの心を見透かされているようで、すぐに視線をそらした。

世話は分担制。餌やりは彼、水槽の水換えは交代、水槽のクーラーは彼が早朝出勤の為、わたしがつける約束。

そんなある日、事件が起きた。

水槽の水替えをしている最中だ。彼が勢いよくわたしを突き飛ばした。

「何しとるんや!?それお湯やで!!」

残業で思考力落ちていたのか、お湯を入れた水槽にうーちゃんを入れてしまったのだ。

彼は素早くお湯を捨て、冷水を入れている。

ああ、なんて事をしてしまったのだろう。
ごめんなさい、ごめんなさい、わざとじゃないの。

もう怖いと思わない。心から大切に育てるからどうか、どうか元気でいてくれますように。

思いが通じたのだろか。うーちゃんは何もなかったかのように泳いでいる。

さっきの緊張感がプツンと切れて、「よかっとぁ」と2人で胸を撫でおろした。




事件から、2ヶ月あまり。

仕事から家に帰ると、彼が電気もつけず水槽の前で立ちすくんでいた。

アクアリウムライトが暗闇を青く照らしている。青の洞窟にいるかと錯覚するくらいに、幻想的な美しさに息を飲む。

青い光に顔を照らされながら、彼が無気力に一点を見続けている。あまりにも静寂な空間で唯一、エアポンプの音が時を刻んでくれていた。

わたしは、ぱちんと電気をつけた。

「うーが死んでいるんだ」

「水温が熱い。今日の朝、水槽のクーラつけないで仕事に行っただろう?」声を震わせながら彼が言う。

その日、わたしは寝坊してバタバタしながら仕事に向かったので、水槽のエアコンをつけ忘れていた。

「なぁ。お前、本当はうーが死んでホッとてないか?」

鋭い目はわたしの心を突き刺さした。それは最上級の軽蔑の目。

ううん、違う。

わざとじゃない、わざとじゃない。

わざとじゃないけど、白状する。

本当はホッとした。

疎ましかった。

居なくなればいいのにって思ってた。

どうしても、うーちゃんを愛せなかった。

そして、彼は言い放った。

「もうお前は命が宿っているものを育てるのはやめろ。子供なんてもってのほかやで」

わたしは目線を下にずらし、こくんと頷く。

彼の言う通りだ。

命が宿っているもの育てる資格はない。
その約束だけは彼と別れた後もずっと守ろうと思った。



あれからわたしは母になった。

布団の上でごろごろする息子を見守っていると、水槽の中を駆け巡るうーちゃんを思い出す。 

同時に命を大切に出来なかった未熟な自分も。

うーちゃんはグロテスクなんかじゃない。
グロテスクなのは紛れもなくわたしの心だ。

グロテスクと美しさ、冷たさと優しさが表裏一体ならば、そのカードは全てひっくり返った。

またひっくり返ったとしても、醜い心を自覚できたなら、自分の力で返せるはずだ。

小さな十字架を背負ってるからこそ、目の前の命とむきあえると信じよう。


ひょこっと、こちらを見るうーちゃん。
とても愛らしいと思えた。




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