パンケーキはわたしとあなたのクッション材
「いつになったら結婚するの?」
独身のころ、他愛もない質問がわたしの心をチクチクさせた。
「いつでしょう?わたしにもわかりません」
下顎をぽりぽりしながら笑顔で答えるけれど、わたしの心の中は不穏である。台風が迫っているかのような大荒れだ。こんな時は一刻も早く台風に進路をそらし、心に太陽を照らさなければ。
そんな時、わたしは決まってあの甘い香りがする誘惑に身と心を全てゆだねる。そう、パンケーキだ。
カフェでふわふわパンケーキを頬張る自分を想像するだけで口の中がジュワッとする。早く、早く、わたしにご褒美を与えなければ。
パンケーキは絶対にわたしを裏切らない。いつだって励ましてくれて、幸せにしてくれる。
けど、ここまでの執着ぷりにある日思った。わたしはあえて、パンケーキに依存している、と。
◇
初めてパンケーキに救われたのは、就職したての頃に、VIP患者さんの診察で大きなミスをした時だ。
院長にも「絶対にミスするなよ」と耳打ちされていたのに、手が震えてしまい、ピンセットでつまんでいたセラミックを患者さんの口の中に落としてしまった。
幸いすぐに対処できたが「もし、飲み込んだらどうしてくれるのよ!?」とお得意様を怒らせてしまったのだ。
切り替えが下手なわたしは、自分をより責め続けた。
─もし、今のわたしに仕事を取ったら、何が残るんだろう?
こんな時、東京に友達がいたら、彼氏がいたら、愚痴の一つでもこぼせるのに…。
東京で、わたしのことを名前で呼んでくれる人など1人もいない。
そんな時にふらっと寄ったパンケーキ屋さん。バターのいい匂いつられて、つい扉をあけてしまった。
席に着くまえから、メープルシロップの香りが沈んでいた心がふっと軽くなった。
テーブルに運ばれた2段のパンケーキにフォークを入れると、カリッとした音とともに湯気が立ち上る。熱々のパンケーキを頬張ると、体の中からじんわりとあたたまる。

「あー、生きててよかった」
あれ?さっきの悩みはどこへやら…あまりの美味しさに思わず独り言ちる。
それ以降、落ち込んだ時や、自分の存在理由がわからなくなった時には、彼氏や友達に会うようにパンケーキを食べにいった。
こんなにも、パンケーキに依存する前のわたしは「誰か」に依存していた。
彼氏すらいないのに、親戚の人に「結婚しないの?」としつこく聞かれた日には、友達に「ちょっと、聞いてよ」と長電話をした。
あれ?そういえば、あの子とはいつのまにか疎遠になってしまった。わたしは彼女の悩みを聞けていただろうか。
それから彼氏ができてからは、連絡がこなければ不安になって、「今、何してるの?」って送ってしまった。
あれ?そういえばあの人とは、1ヶ月でフェードアウトされてしまった。しつこくて、窮屈さを感じていたのかもしれない。
そこに、相手のことを考える「思いやり」はなかった。
「今、聞いてほしい」「今、寂しいから会ってほしい」実に自分本意だった。
わたしは誰かに依存してしまうと、相手との心の距離感がバグってしまい、崩壊させてしまう。
仮にそれが家族だとしても。人間である以上、心がある以上、崩壊することはあり得るだろう。
だから、わたしはあえて自分の人生で1番の存在をパンケーキにしている。
誰かの心ない発言でモヤモヤした時は、「今」誰かに聞いてもらうのではなく、まずパンケーキを食べて自分をご機嫌にさせる。
それから友達のランチで「そういえばこんなことあってさ」とユーモアを添えて互いの近況報告をすれば、素敵な時間をすごせるようになった。
けど、子供を産んだ今、わたしは前みたいにパンケーキを食べに行けない。
時間もないし、1ヶ月に使えるお小遣いも決まっているからだ。
だからこそ、家で簡単にホットケーキミックスにバナナを入れて、もう豪快に全部フライパンに流し込み、蓋をして10分ほど焼く。


子供はフルーツを食べないけど、この方法だと唯一食べてくれるから、栄養も取れるし一石二鳥!

息子とふわふわのパンケーキをパンケーキ頬張る。バナナの自然な甘味がふわふわの生地と絶妙にマッチして、たまらない。
「んーー!!」と口の周りをメープルシロップでベタベタにしながら、満面の笑みを浮かべる息子。
その顔を見て、わたしも思わず口がゆるむ。あまりの美味しさに「イエーイ」と息子とハイファイブ。「 あ、しまった」わたしの手がメープルシロップでベタベタだ。
子供の食の勢いがとまらない、ママとパパの分も食べられるほど。
ああ、わたしの分が…。
まぁ、これで息子がご機嫌になるならいいのだ。
きっと、パンケーキはわたしを包む「プチプチ」のようなクッション材だ。パンケーキを介入させてコミュニケーションを取ればいつだってご機嫌でいられる。
これからも、人生にパンケーキを添えて、大切な人とそれぞれの人生を尊重し合える、そんな関係を築いていけたらいいな。
