インフレバトルエロゲの『最強』に転生した僕の自分探し②
普通に生きて、運悪く有り触れた不幸に出くわし生を終えた。
特筆すべきことなど何もない道端に転がっている石ころのような人生だった。
だが神か悪魔か、あるいはもっと違う何かの仕業か僕は第二の生を得た。
初めて感じたのは酷い悪臭と圧迫感。思い通りにならない体、ぼんやりした思考。
後になって分かったが僕は赤子になりゴミ山の中に捨てられていた。
生存本能というやつだろう。僕の意思とは無関係に泣いた。力の限りに。僕はここにいる、誰か僕を見つけ出して。
そんな願いが込められていたのだと思う。そして一生分の幸運を使ったのか僕は命を繋いだ。
オルガノン・ジーザス(通称オンジ)。ジャンク屋を営む老人がゴミ山の中に埋もれていた僕を発見し拾い上げてくれたのだ。
『気紛れだ』
オンジは決して善人とは呼べぬ老人だった。
なのに何故、僕を拾い迎え入れてくれたのか。その問いに返って来た答えがこれだ。
『現代日本で暮らしていた軟弱者には厳しい世界だ』
決して良いとは言えないがそれでも他の浮浪児に比べたら天国のような生活だろう。
小さな不満を友に僕はオンジの仕事を手伝いながら日々、漫然と暮らしていた。
そんな僕がこの世界が何であるかに気付いたのには二つ、理由がある。
一つはA.B.という暦。もう一つは僕の名前。二つの理由に出会ったのは偶然にも同じ日だった。
六歳の頃、僕はオンジに聞いた。
『あの、僕に名前ってないの?』
オンジは僕の名を呼ばなかった。おい、とかそれだけで事足りていた。
僕自身どうしても名前が欲しかったわけではなく単純に疑問に思ったから聞いたのだ。
オンジはそう言えばつけてなかったなと言って数分、思案してそれを口にした。
『ゼット。遊び人Z』
頭おかしいのかこの爺、という言葉を飲み込みとりあえず頷いた。
でもあれ? 何か聞き覚えのある単語だぞと思った。
思い出したのは二時間後。オンジの手伝いでゴミ山を漁っている時のことだ。
僕は箱の中からワインを見つけた。
『? このA.B.777って何だろ』
箱の隅に刻印されていたA.B.777という文字。
文化的な暮らしから遠ざかっていたせいで考える力が衰えていたのだろう。
オンジに言われて初めてそれに気付いた。
『暦だ』
雑談のようにオンジは暦について教えてくれた。
暦そのものの意味は知っていたが問題はA.B.――正式にはAfter Break Moonという紀元名だ。
『After Break Moon……アホバカマヌケ……遊び人Z……あぁあああああああああああああああああ!!!!』
僕は自分が前世で遊んだエロゲの世界に生まれ変わったことを認識した。
突然叫んだ僕にオンジは怪訝な顔をしていたが深く考える性質ではないので軽く無視された。
仕事を終え家に戻った僕は粗末なベッドの上で途方に暮れた。
『……円環のファルスの世界かよここ』
円環のファルス。いわゆるエロゲだ。ジャンルはインフレ異能バトルでシリーズもの。最新作は4。
ハッキリ言って際物の部類に入る作品だ。
一例を挙げると敵(♀)の性癖で胎児にされた主人公(♀)が子宮の中で大暴れして出産ヴィクトリーを決めたりする。
【私を孕んだのがお前の敗因よ! ざまぁないわね! ギャハハハハハハ!!】
こんな台詞が普通に飛び出すのだ。色物としか言いようがない。
ただそれゆえにコアなファンが多く妙な中毒性があるゲームで僕も例に漏れず戸惑いながらハマっていた。
まあそれは良い。クソみたいな理由で世界存亡の危機が頻発する世界観だが生まれてしまったものはしょうがない。
問題は立ち位置だ。ただのモブなら可能な限り努力して駄目なら死ぬしかないで割り切れたが……僕はモブじゃない。
遊び人Zは作中世界において最強とされるキャラなのだ。
ただ最強と言ってもゲーム本編には登場していない。設定だけ存在するキャラ。
そしてその設定も極々僅かしか開示されていない。ライターがSNSで明かしたのは二つ。
作中世界における『最強』であることと本編以前一作目に繋がるまでの時間軸で大きな事件に結構関わっていること。これだけ。
異能どころかビジュアルさえ不明。問題は後者だ。
『単なる偶然の一致――じゃないよ! こんなイカレタ名前つける奴が他に居て堪るか! というか名前かこれ!?』
この世界におけるA.B.以降の歴史は大衆ではなく極まった個人が動かしている。
そしてこの世界における強者は主人公を含めて軒並み頭がおかしい。
紀元のAfter Break Moonの頭文字から取ってアホカバカマヌケの歴史と称されるほど頭おかしい奴に事欠かない。
【私が私の欲望のままに生きた結果として世界が滅びたのならそれは私の欲を受け止め切れない世界が悪いのでは?】
と一作目のラスボスが言えば、
【仰る通りだわさ! 良いわ来なさいこのまま行き着くとこまで行き着いて世界が滅びてもお前を殺せるなら問題なし!!】
と主人公が答えるぐらいに大体、強者の人品が終わってる。
“大きな事件”というのは大体、そんな人品終わった連中が関わっているわけだ。
動機は不明。事件の詳細も数も不明。分からないことだらけだ。
でも事実として遊び人Zはそんな終わってる連中を始末して滅亡の危機を防ぎ本編にバトンを繋げた可能性が高い。
つまり僕が何か動かなければ本編が始まる前に世界が終わるということ。
原作のストーリーを守りたいなどという気は一切ない。
一個の人間として生きている以上、自分の暮らし以上にファン精神を優先なんてできやしない。
『なら、放置する? 僕が動けば少なくとも本編時間軸まで世界は続くかもしれないのに? 生きられるかもしれないのに?』
現状、僕に世界をどうこうできるカスどもをどうにかできる力はない。
覚醒していないだけなのか、本物の最強である遊び人Zがやはり別に居るのか。
分からない。分からないことだらけだ。誰かがどうにかしてくれると他力本願を決め込むには僕という人間はあまりにも小心。
だからと言って能動的に動けるほど強くもない。
――――懊悩の日々が始まった。
これまでのように難しいことは考えずオンジを手伝ってだらだらテキトーに生きることはできなくなった。
かと言って何か行動を起こすわけでもなくモヤモヤを抱えたまま時は流れ僕は十五歳になった。
この世界における成人年齢だ。お酒も煙草も博打も今日から解禁される。いやまあ底辺層で守ってる奴なんて皆無だが。
(あぁ、僕はこのままで良いんだろうか)
成人という一つの節目を迎えたからだろう。
僕の中で少し、能動的な気持ちに秤が傾いていた。
だから、一つ。些細ではあるが行動を起こすことにした。
「オンジ」
「何だ」
「オンジは、どうして僕に遊び人Zって名前をつけたの?」
理由を聞いたところで何が変わるとは思えない。
だが万一。オンジが何かしら深い理由を以ってこのイカレタ名前をつけたのだとすれば?
もしそうなら最強に繋がる何かを見出せるかもしれない。
オンジはスプーンを置き、虚空を見つめながらポツリと呟いた。
「……最初はハイジにしようかと思った」
「オイ」
オンジってそういう意味かよ。
「だが、やめた。名をつけるならそこには祈りや願いを託すべきだと思ったから」
それで遊び人Zってお前の思考回路どうなってんだよ。初期不良起こしてるだろ。
ジャンク屋やってる場合じゃないぞ。お前の頭がジャンクじゃないか。
「ゼット」
オンジの瞳が真っ直ぐ僕を射抜いた。
静かだが、それでいて強い何かを感じさせるそれに僕は思わず背筋を正す。
「お前は神にも悪魔にもなれる遊び人だと、儂はそう信じておる」
「何言ってんだお前」
オンジは静かに目を閉じた。
おい、おい爺! 何を良い感じの空気をつく……うん? え、ちょっと待って。
「し、死んでる」
成人したその日、僕は何とも締まらない独り立ちを果たした。
