クロハルRe:start③
高校卒業と同時に俺は上京した。
就職先など決まっちゃいなかったが東京に出れば何とかなるだろうと思っていた。
直ぐ正社員になれずともしばらくバイトで食いつなげば良いやと。
無計画で向こう見ず。端的に言ってただの馬鹿だ。
……まあ、実際最初の内は何とかなってしまったのだが。
夜の仕事に就いて働いてるんだか遊んでるんだか分からない日々を送っていた。
快楽に溺れ手痛い失敗をやらかしたことも一度や二度じゃない。
それでもまあ結構上手くやれていた。ケチがついたのは二十二の頃だ。
馬鹿は馬鹿なりに将来のことを真面目に考え、このままではいけないと思い俺は就職活動に励んだ。
その結果、とある会社に拾われたんだがそこがいわゆるブラック。それもドのつく真っ黒さ。
これまでだらしない生活をしていたからだろうな。
これぐらいは我慢しないと、なんて踏ん張っちまったのが本当に失敗だった。
五年で心身がぶっ壊れてしまった。
『辛いなら帰っておいで』
親ってのはやっぱ子供のことは分かっちまうんだろうな。
一週間ぐらい無気力に過ごしてたが会社を辞めたことを報告しなきゃと電話したら開口一番これだ。
俺は堰を切ったように泣き出してお袋にこれまでのことをぶちまけた。
『しばらくこっちでゆっくり休みな。母さんはおばあちゃんの介護で一緒には居られないけどそっちで一人よりはマシだろ?』
うん、うん、と何度も頷き俺は帰郷を決めた。
業者に頼んで荷物のほとんどを処分してもらいスポーツバッグ一つで故郷へ。
新幹線と特急を乗り継いで地元の駅に辿り着いた時、俺は泣いた。
故郷が俺を迎えてくれているような気がしたのだ。
『……ちょっと、寄り道してから帰るか』
就職してからはよそ見をする余裕なんてなかった。
でもこれからは回り道をしたって良い。そう思ったのだ。
だがそれがケチの始まりだった。
俺は小学校の頃、よく遊んだ公園に向かったのだが……。
『うぇ』
公園に子供はいなかった。後で知ったことだが区画整理で新しく綺麗で広い公園ができたのだとか。
ただ子供はいないが小汚いオッサンはいた。
みすぼらしい格好で髪ぼさぼさヒゲぼーぼーのオッサンがベンチで項垂れているのだ。
東京ではホームレスなど珍しくもなかったが地元。それも思い出の場所にとなれば拒否反応が出てしまうのもしょうがないだろう。
帰るか? いや何で俺が気ぃ遣わなきゃいけないんだよと俺は無視してブランコに向かった。
俺、二十八だけど靴飛ばして良いかな? などと考えていると、
『……お、お前ひょっとして次郎か?』
ホームレスが声をかけて来た。俺を知ってる? いや誰だお前?
困惑する俺にそいつは言った。
『俺だよ俺! 佐竹葵!!』
『…………さ、佐竹?』
佐竹葵。それは何かとやんちゃしていた俺を時に叱り時に助けてくれた兄貴分で……。
俺、梅原次郎にとってはヒーローのような男だった。
『ははは、久しぶりだなあ。元気そう……ではないな』
『あ、ああ。ちっと色々あってさ』
混乱する頭で俺は帰郷の理由を語っていた。
俺の話を聞いて大変だったなあと卑屈に笑うそいつに昔日の面影は微塵もない。
『……お、お前も何かその、すっげえあの』
『へ、へへ。いやちょっと俺も色々あってさ』
そこでは事情は聞けなかったが佐竹はクソみてえな理由で莫大な借金を背負っていた。
良い大学に行って良い会社に入って調子に乗っていたのだ。
我が世の春とばかりに好き勝手して手を出しちゃいけない女に手を出しそこから破滅の坂を転がり始めた。
何とかしようと手を打つも上手く行かず会社の金に手をつけてクビ。何とか示談に持ち込んだが借金が更に増えた。
負債の悪循環。気付けば借りちゃいけないとこでまで金を借りて絶体絶命。
首を括る前に一度故郷の景色をということで帰って来たのが真相だった。
『あれ、ひょっとして梅原くん?』
『そう、だけど』
佐竹と別れた俺は動揺を抱えたままコンビニに向かった。
酒で内心の動揺を誤魔化そうとしたのだ。そしてそこで――――出会ってしまった。
ウエストベルトのついたゆったりバルーンスリーブの黒いシャツにゴシックスカート。ビニール傘。
地元に不釣り合いな地雷系ファッションに身を包んだそいつを見て俺は思った。誰だコイツ、と。
美人。とんでもない美人だ。しかしそれなりに遊んでいた経験のお陰で俺はそいつから面倒な手合いの臭いを感じ取っていた。
手を出せばずるずると駄目な方向に引き摺り込まれてしまうと。
怪訝な顔をする俺にそいつは名乗った。
『私だよ私。覚えてないかな? 松永真央だよ』
『…………え、松永?』
松永真央。俺の世代では誰もが一度は恋したであろうマドンナの名前だ。
容姿もさることながら上品な立ち振る舞いと分け隔てない優しさで男女共に人気が高かった。
その松永と目の前に居る女が同一人物?
『うん! わぁ、それにしても久しぶり。元気そう……ではないね。どうしたの?』
混乱しながらも俺は佐竹の時と同じように理由を語る。
『そっか。梅原くんも大変だったんだね。ちょっと親近感』
『え』
『あ、そうだ。折角の再会だしさ。今夜、一緒に飲まない?』
『OK』
『あっは即答。じゃあ、梅原くんのお家で良い?』
俺はあっさり誘いに乗ってしまった。
地雷臭い? 佐竹のこともあってネガティブになってるだけだ。確固たる根拠もなく人を決めつけるのは良くない。
などと自分に言い訳をしたがぶっちゃけると下心だ。
精神状態がよろしくないのは自覚しているのでベッドインを狙っているわけではないが……分かるだろ?
学生時代に憧れていた女の子と飲める機会に胸弾まない男が居るかよ。
――――結論から言ってこれが失敗だった。
俺は下心は見せず紳士的に振舞った。昔取った杵柄だな。
それが松永の琴線に触れてしまったのだ。
『これでも結構、自信あったりするんだけど梅原くんの好みじゃないかな?』
女と二人でサシ呑み。なのに全然じゃないと松永がからかうように言った。
『そんなことはないさ。でも、松永の前では誠実で在りたいんだよ』
『へえ? 何で?』
『何時かの青い自分を穢したくないから、かな』
かつて君に淡い想いを抱いていた。
そう暗に告げているようなものだが構わない。酒が入れば気障になるのは男の性だ。
なんて甘い考えをしていた俺だが、ここで一気に雰囲気が変わった。
『梅原くんって、さ。昔っから妙なとこですっごく真面目だよね』
『駄目かい?』
『ううん。私は、良いと思う』
私、さと焦点の合わない瞳で天井を眺めながら松永はポツポツと語り始めた。
都会の大学に進学して悪い男に引っ掛かったこと。
最終的には別れられたがそれで病んでしまったこと。
『男なんて信じられない、って女の子に手を出したりもしたなあ』
……統計データがあるわけではない。
唐突に自分語りを始める。
自分語りの内容が他人に話すようなことではない=一般的なモラルと乖離しがち。
同性愛者でもないのに同性に走ったりする。
これらの特徴は経験上、地雷女のそれだ。
いやまさか、そんな。でも……と酔いがドンドン冷めて行った。
『それでも心の隙間は埋まらなくて地元に帰って来たけど私の胸は空っぽのまま』
でも、と松永はロング缶を揺らしながら言う。
袖口から見えた白い手首には幾つもの赤い古傷。
陶酔したように蕩けた瞳が俺を射貫く。
『梅原くんと話してて少し、埋まった……かも』
理解した。してしまった。もう、あの輝かしい青い春はどこにもないのだと。
