子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
<< August 2026 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
現在、創作やっています。ご来訪をお待ちしております。

チキチトnote


新美南吉 リンク
第一童話集『おじいさんのランプ』
『川』 新美南吉 - どこか懐かしい少年心理
『嘘』 新美南吉 - フィクションについて
『ごんごろ鐘』 新美南吉 - 鐘という無機物に込められた村人の思いが果たす反戦
『久助君の話』 新美南吉 - 他人という概念との遭遇
『うた時計』 新美南吉 - 人生という泥道
『おじいさんのランプ』 新美南吉 - みなしごだったおじいさんの一代記

第二童話集『牛をつないだ椿の木』
『小さい太郎の悲しみ』 新美南吉 - 大人の世界と子供の世界の断絶
『手袋を買いに』 新美南吉 - 南吉の物語の狐たち
『狐』 新美南吉 - 狐に託された南吉の考える無上の母子愛
『牛をつないだ椿の木』 新美南吉 - 皆のために働くということ
『耳』 新美南吉 - 子どもたちの太平洋戦争
『いぼ』 新美南吉 - 底なしの肯定感、心洗われる物語

第三童話集『花のき村と盗人たち』
『ごん狐』 新美南吉 - 兵十と子狐ごんの失敗
『百姓の足、坊さんの足』 新美南吉 - 南吉の人生観
『のら犬』 新美南吉 - 気のやさしいお坊さんのお話し
『和太郎さんと牛』 新美南吉 - 心のどこかで希望を捨てなければ不思議は起こる
『花のき村と盗人たち』 新美南吉 - 民話調ユートピア文学
『正坊とクロ』 新美南吉 - 本来無一物



JUGEMテーマ:童話


18:23 : 新美南吉 : comments(1) : - : チキチト :
『正坊とクロ』 新美南吉 - 本来無一物
青空文庫 『正坊とクロ』 新美南吉



村々を興行して歩くサーカス団がありました。十人そこそこの軽業師と、年をとった黒くまと馬二頭だけの小さな団です。

サーカス団はある村へつきました。そして、テントばりの小屋がかかってから、三日めのお昼すぎのことでした。

ダンスをおわったお千代さんが、うすももいろのスカートをひらひらさせて、舞台うらへひきさがってきました。つぎは、くまのクロが出る番になっていました。

ところが、どうしたことか、クロはいつものように立ちあがってくるようすが見えません。クロは腹痛をおこしていたんです。

クロに、竹の皮でくるんだ、黒い丸薬をのませようとしましたが、クロはくいしばった口からフウフウあわをふきふき、首をふりうごかして、どうしても口をひらきません。

そのとき、だれかが、「正坊がいたら、薬をのむがなあ」と、ためいきをつくようにいいました。団長は、「そうだ。お千代、正坊をつれてこい」と、ふといだみ声で命じました。

お千代は馬を一頭ひきだして、ダンス姿のまま、ひらりとまたがると、白いたんぼ道を、となり村へむかってかけていきました。



正坊は初日のはしごのりで、足をひねってすじをつらせ、となり村の病院にはいっているのです。

「ねえさん、ぼく、もうなおったよ。さっきもここで、とんぼがえりをうってみたの」お千代さんは、いつも正坊を、ほんとうの弟のようにかわいがっているのでした。

「へえ、早くなおってよかったわね。あのね、正ちゃん、たいへんなのよ。クロが腹痛をおこしちゃって、お薬をのませようとしても、のまないの。みんなこまっているの。だから正ちゃんをよびにきたのよ」

「クロが? ではぼく、かえる。もう、すっかりいいんだもの」 ふたりは院長さんにおゆるしをいただいて、いっしょに馬にのって、かえっていきました。



正坊は手のひらに丸薬をのせて、右手でかるく、クロの鼻のうえをなでさすりました。クロはさっきよりは、いくらかおちついていましたが、でも目のいろは、まだとろりとうるんで、生気がありません。

正坊はふと思いついて、「ゆうかんなる水兵」の曲を、うたいだしました。それは、いつも、正坊とクロが舞台に出ていくときの、たのしい曲なのです。

クロは正坊のうた声をきいて、しばらく耳をぴくぴくさせていましたが、やがてヒョコリと立ちあがりました。正坊がすかさず、手のひらの丸薬を口の中へおしこむと、クロはぞうさなく、ペロリとのみこみました。

こんなことがあってから、正坊とクロは、まえよりもまたいっそう、はなれられないなかよしになり、見物人からも、団の人気者にされました。



小さなサーカスは、村むらをねっしんにうってまわりましたが、みいりはほんの、みんなが、かつかつたべていけるだけの、わずかなものでした。

そのうちに、一とうの馬が病気で死んでしまいました。「おしいことをしたなあ」と、団長をはじめ、留じいさんもお千代さんも、正坊も五郎も、馬の死がいをとりまいてなげきました。

それからひと月もたったある朝、目をさましてみると、団長とお千代さんと、正坊の三人きりをのこして、ほかの軽業師は、みんな小屋を逃げ出していました。これではいよいよ、興行することができなくなりました。団長もしかたなく、わかれわかれになることに話をきめました。

クロはおりにいれられたまま、車にゆられて、町の動物園に売られていきました。正坊とお千代さんは、のこった一頭の馬と、テントやテーブルやいすなぞを売りはらって、できたお金をもらいました。


「団長さんはなんにもなくなって、どうするの」と、正坊がたずねますと、団長はさびしそうにわらって、

「なんにもなくって家を出たんだから、なんにもなくって家へかえるんだよ」

と、いいました。団長は、町の警察にたのんで、正坊とお千代さんを、メリヤス工場へすみこませてもらいました。



クロは町の動物園に飼われるようになってからは、まい日、力のない目で、青い空のほうばかりを見あげていました。

そんな時、すぐ鼻のさきで「クロ」とよぶ、ききなれた声がひびきました。クロはものうい目をあげて、声のするほうをのぞきました。

すると、正坊が「ゆうかんなる水兵」の曲をうなりだしました。クロはきゅうにからだじゅうに、血がめぐりだしてきたように、いさましく立ちあがって、サーカスでしていたときのように、歩調をとっておりの中を歩きまわりました。

正坊はにこにこしながら、ふくろからクロの好物のビスケットをつかみ出して、クロの口の中へいれてやり、なんどもなんども鼻のうえをなでてやりました。

正坊のうしろでは、お千代が、なみだぐんだ目をして見ていました。ふたりは、はじめての定休日に、クロを見にきたのでした。と物語は結ばれます


illust3786-c


団長の「なんにもなくって家を出たんだから、なんにもなくって家へかえるんだよ」という言葉が印象的でした。まるで禅語の『本来無一物』というような言葉が連想されます。

しかし正坊やお千代はクロとの別れを悲しみます。最後は何だかやるせない物語になってしまいましたね。

物語は含みを持たせた終わり方をしています。団長が再び人を集めて、また正坊、お千代、クロを呼び戻して、再びサーカス団を始めるラストも想像されます。



JUGEMテーマ:童話


18:32 : 新美南吉 第三童話集『花のき村と盗人たち』 : comments(0) : - : チキチト :
■ホーム ▲ページトップ