AIにコードレビューをさせたとき、こういう返答で手が止まったことがある。
こちらの質問はこうだった。
この構成で進めたいと思っているのですが、導入リスクはどうでしょうか。
返ってきたのがこれである。
類似構成を採用している3件のリポジトリを確認しました。このパターンは非同期処理の設計として広く使われています。導入リスクは低いと判断できます。
前半は検証できる。3件がどこで、本当にそう書かれているかは確かめられる。
後半は確かめようがない。どの規模で、どの負荷条件で、どのスタックで「リスクが低い」のか。何も書かれていない。
事実の誤りなら引っかかる。存在しないAPI、通らない引数、桁のおかしい数字。ここは慣れている。
しかし「導入リスクは低いと判断できます」には、引っかかる場所がない。事実は全部正しい。壊れているのは、事実から結論への論理だけだ。
そして、その論理が壊れた方向にも意味がある。こちらは「この構成で進めたい」と先に伝えている。返ってきたのは、こちらが進めたい方向を支える結論だった。
この記事では、なぜこの飛躍が通ってしまうのかを、実測データと自作テストの結果から書く。
(この記事に出てくるAIの発言は、すべて記事のために作った架空の例である。実際のログではない。)
先に自分で試したい方はこちら → 迎合検出テスト 第1回(10分・登録不要)
失敗が「見える」かを決めているのは誰か
まず、この記事の読者にとって都合のいい話から始める。
Stanford / Bigspin AI の Potts & Sudhof が、WildChat-4.8M から27,000件の対話を抽出して注釈をつけ、AI習熟度と失敗の関係を分析している(arXiv:2604.25905)。以下の数値は、そのうち特異な2群(同一プロンプトの大量投稿など)を除いた20,969件についてのものである。
結果は直感に反する。
| 習熟度 | 協働的に反復し、出力を批判的に評価するスタイル | 失敗指標を含む会話 | その失敗のうち不可視だった割合 |
|---|---|---|---|
| 最低習熟層 | 1%未満 | 24% | 85.6% |
| 高習熟層 | 93% | 64% | 22.1% |
慣れている層のほうが、失敗率が高い。
理由は、扱っているタスクの複雑さと、関わり方の違いにある。
高習熟層は押し返す。目標を途中で練り直す。出力を批判的に検討する。その結果、AIが外れたときに外れたことが表に出る。
だから失敗率が上がる。上がっているのは「見える失敗」の側だ。構造を図にするとこうなる。
失敗率が低いことは、うまくいっている証拠にならない。押し返していないから、失敗が数えられていないという状態がありうる。
論文はここから、こう結論している。
何かがうまくいかなかったとき——それは頻繁に、しかも不可視に起きる——失敗が捕まるか、会話が回復するか、有用な成果に終わるか、それとも誰も気づかない微妙な失敗に終わるかを決めるのは、一般にモデルではなく利用者である。
押し返す人ほど、失敗が表に出ている。 数字がそう示している。
ただしこれは観察データであり、ランダム化した実験ではない。押し返したから見えるようになった、という因果が確かめられたわけではない。示されているのは、押し返す行動と失敗の可視化が強く結びついている、という関係である。
うまくいったときはモデルを褒め、失敗したときはモデルを責める。しかし失敗を表に出している人がやっているのは、具体的で学習可能な行動だった、というのが論文の主張だ。
それでも残る22.1%
ただし、高習熟層でも失敗の22.1%は不可視のまま終わっている。
そして同じ論文が、こう注記している。
熟練した利用者であっても、AIの応答を無批判に受け入れるモードに陥りうることはよく知られている
引かれているのは Lee et al. 2025(CHI 2025)と Ryser et al. 2025 である。押し返せる人が、常に押し返しているとは限らない。
ここが問題になる。
押し返せば見える失敗と、押し返しても見えない失敗は、別の型だ。
前者は、事実の誤り。存在しないAPI、動かないコード。引っかかりがある。
後者は何か。論文が使っている不可視失敗の分類が、そのまま答えになっている。
残った失敗には名前がついている
同じ著者の先行研究(arXiv:2603.15423)が、不可視失敗を8つのアーキタイプに分類している。そのうち2つが、この記事の主題と直結する。
| アーキタイプ | 内容 |
|---|---|
| The Confidence Trap | AIが誤った情報を、根拠のない確信とともに提示し、利用者が疑わずに受け入れる。対話は成功したように見える。 AIは権威的に聞こえ、利用者は満足しているように見えるが、利用者は誤った情報を持ち帰る |
| The Silent Mismatch | AIが、利用者の意図とは違う目標に答えている。しかし応答がもっともらしいため、どちらもズレを指摘しない。AIは「利用者が聞いていない質問」に答えている |
Confidence Trap の定義で注目すべき点は、**「対話は成功したように見える」**という部分だ。
失敗しているのに、失敗の兆候が出ない。だから押し返す機会が生まれない。押し返す習慣があっても、押し返すきっかけが会話に現れない。
冒頭の例は、この型と構造が近い。
類似構成を採用している3件のリポジトリを確認しました。このパターンは非同期処理の設計として広く使われています。導入リスクは低いと判断できます。
この返答は権威的に聞こえる。事実の部分は確認可能な形をしている。会話は前に進む。何も引っかからない。
事実が正しいほど、結論も正しく見える
もう少し分解する。
3件で使われている
↓(飛躍1:3件=広く使われている?)
広く使われている
↓(飛躍2:広く使われている=自社でも安全?)
導入リスクは低い
飛躍が2つある。しかし飛躍の手前に検証可能な事実が置かれているため、全体が根拠のある判断に見える。
事実チェックは通る。3件は本当に存在するかもしれない。
通ったあと、確認が終わってしまう。
事実が正しいほど、そこに接続された結論も正しく見える。これが構造的に見落としを生む。
ハルシネーションと迎合を別問題にすると、この型は捕まらない
事実の誤り(ハルシネーション)と、相手が望む方向への歪み(sycophancy / 迎合)は、運用上は別問題として扱われている。
しかし発生の構造は地続きだ。
| ハルシネーション | 結論の歪み | |
|---|---|---|
| 何が起きているか | 事実でないことを事実として提示 | 事実は正しいが、そこから導けない結論を出す |
| 引っかかりの有無 | ある(検証で落ちる) | ない(事実部分は通る) |
| 必要な確認 | 事実の正誤 | 事実→結論の接続 |
| 見え方 | 間違いに見える | 判断に見える |
肯定する材料がないところで肯定を成立させようとすると、材料の側が作られる。分類上はハルシネーションだが、動機は迎合と同じ方向から来ている。別問題として扱っている限り、この型は視界に入らない。
何が測られていて、何が測られていないか
ここまでは、既に測られている話だ。
迎合を測るベンチマークも複数ある。
| ベンチマーク | 測っているもの |
|---|---|
| SycEval(arXiv:2502.08177) | 反論を重ねるとAIが態度を変えるか |
| SYCON-Bench(EMNLP 2025 Findings) | 複数ターンの会話で、何ターン目に意見を翻すか |
| GlazeBench | 事実の誤りへの同意率、賞賛の強度 |
| ELEPHANT | コミュニティの合意が不適切とする行動を、モデルが是認するか |
被験者はいずれもモデルである。人間は登場しない。
この設計で分かるのは発生率だ。起きたかどうか。
分からないのは通過率だ。起きて、かつ人間に気づかれなかったか。しかも、型ごとにどう違うか。
発生率5%でも100%通ってしまう型と、発生率30%でも即座に気づかれる型では、実害がまるで違う。
さらに、判定そのものが難しい。2023〜2026年の迎合研究70本をレビューした Ye et al., 2026(arXiv:2605.21778)では、専門家106名への調査で、94.3%が迎合を重要な問題と認識する一方、個別事例の判定一致度は極めて低かった(ICC = .184)。
整理するとこうなる。
人間側を測る研究がないわけではない。仕込んだ誤情報を利用者が検知できるかを測った実験はあるし、迎合に気づけない現象そのものが sycophancy blindness と命名され、実験対象になっている。
ただし、私が調べた範囲では、自然な会話の中に「AIの迎合」「AIの誤り」「相談者自身の誘導」を混在させ、非専門家がどこを検出し、どう分類し、どこを誤検出するかまで型別に測るものは見つからなかった。
Potts & Sudhof の結論が「失敗が捕まるかを決めるのは利用者である」なら、その利用者が型ごとに何を通しているかは、埋めておく価値がある。
だから測ることにした
AIと相談者の会話ログを読み、問題がある箇所にチェックを入れ、種類を三択で答えるWebテストを作った。
| 記号 | 分類 |
|---|---|
| A | AIの迎合(寄り添い型 / 否定・批判型) |
| B | AIの誤り(事実の創作、検証できない断定) |
| C | 相談者側の誘導 |
設計上の判断を4つ書いておく。
- 相談者側の発言も判定対象にした。 問いの側が選択肢を狭めていれば、返ってくる答えは自分の見立てと一致する。一致した答えは違和感を生まないので、疑われない
- 問題のないブロックを混ぜた。 全部にチェックを入れれば通る形にはしていない。誤検出も記録している
- 採点をAIにやらせていない。 迎合を測る道具の判定を、迎合しうるモデルに委ねると基準が汚染される
- 採点して終わりにしていない。 外した箇所には解説が付く。なぜそれが迎合なのか、なぜそれが誘導なのか。測って終わりではなく、見落とした型を持ち帰って次の会話で探せる形にしてある
登録不要、無料、個人情報の入力欄はない。
迎合検出テスト 第1回(所要10分程度・登録不要)
現時点の実測値
主張の根拠にできる数ではない。自分の点と比べる基準としてだけ載せる。
記事を読まずに受験した5名(14点満点)。
| 平均スコア | 4.8 / 14 |
| スコア分布 | 2, 3, 4, 6, 9 |
| 平均所要 | 12.6分 |
種類別の検出率。
| 分類 | 検出できた割合 |
|---|---|
| 相談者側の誘導 | 67% |
| AIの誤り | 40% |
| AIの迎合(合計) | 20% |
| うち寄り添い型 | 25% |
| うち否定・批判型 | 15% |
外れた予想
最も見落とされるのは「相談者側の誘導」だと予想していた。自分の発言こそ疑いにくいはずだと考えて、あえて測定対象に入れた。
実際は逆だった。誘導は67%が見抜き、AIの迎合は20%しか見抜かれなかった。
外れた予想を書いておくのは、後から「最初からそう思っていた」と言わないためである。
全員が同じ箇所を誤検出した
問題なしと設定したブロックのうち1箇所に、実受験者が例外なくチェックを入れた。どのブロックかは書かない(これから受ける方のデータが汚れる)。
偶然とは考えにくい一致なので、正解設定の側を見直す材料として扱っている。第2回では部分正解として扱う。
これは失敗データではない。正解設定を疑うためのデータだ。
外部からの受験(3名)
外部から3名が受験した。うち2名は記事経由(流入元パラメータで確認)、1名は流入元不明である。直接アクセスかSNS等と思われる。
3名では、迎合全体の検出率に大きな変化はなかった。ただし内訳が動いている。
| 分類 | 記事なし5名 | 外部3名 |
|---|---|---|
| 相談者側の誘導 | 67% | 78% |
| AIの誤り | 40% | 56% |
| AIの迎合(合計) | 20% | 21% |
| うち寄り添い型 | 25% | 17% |
| うち否定・批判型 | 15% | 25% |
寄り添い型が下がり、否定・批判型が上がっている。記事経由が確認できた2名に限ると、否定・批判型はさらに高い。
n=3である。確認できる数ではない。加えて3名のうち1名は流入元不明で、記事を読んだかどうかも分からない。型を先に渡すことで見え方が変わるかは、第2回の検証項目にしている。
明日から足せる確認
事実チェックと、事実→結論の接続チェックを分けるところが出発点になる。
| やっている確認 | 足せる確認 |
|---|---|
| 数字・出典は正しいか | その数字から、この結論は導けるか |
| 事例は実在するか | その事例の条件と、自社の条件は同じか |
| 過去に使われているか | 自社の規模・負荷・スタックでも成立するか |
| 断定に根拠はあるか | 根拠と断定の間に、飛躍は何段あるか |
聞き方としてはこうなる。
先ほどの「導入リスクは低い」という判断について、
根拠から結論までの推論を1段ずつ分解して示してください。
各段について、以下を明示してください。
- その段が成立する前提条件
- 当プロジェクトの条件で、その前提が満たされるか
- 満たされない場合、結論はどう変わるか
他社事例は根拠に使わないでください。
「1段ずつ分解して」が効く。飛躍は、まとめて書かれているときだけ見えない。
事実の確認で手を止めない。結論への接続まで確認する。足せるのはこれだけだ。
断っておくこと
- 受験者は現時点で8名。統計として扱える数ではない
- 外部3名と記事なし5名で受験条件が異なる。単純比較はできない
- 途中でテスト冒頭に分類の定義を追記した。全員が同じ条件で受けているわけではない
- 迎合の判定自体、専門家の間でも一致しにくい(ICC = .184)
- 「事実は正しいが結論が歪む」型が、事実の誤りより見落とされやすいという点は、現時点では私の観測に基づく仮説である。Potts & Sudhof が示したのは不可視失敗の分布であり、この型の検出率そのものではない
少ないから隠すのではなく、少ないまま出して増やす。正解設定や設計そのものへの異議も歓迎する。仮説と検証の段階なので、設計の不備の指摘はそのままデータの信頼性を上げる材料になる。取り繕う理由がない。
まとめ
- AI失敗が「見える」かを決めているのは、モデルではなく利用者の関わり方だった。押し返す人ほど失敗が表に出ている(arXiv:2604.25905。ただし観察データであり因果の実証ではない)
- ただし高習熟層でも、失敗の22.1%は不可視のまま終わる。同論文は「熟練者でも無批判な受容モードに陥りうる」と注記している
- 不可視のまま終わる型には名前がある。The Confidence Trap(誤りを確信とともに提示され、対話が成功したように見える)ほか(arXiv:2603.15423)
- 事実が正しいほど、そこに接続された結論も正しく見える。事実チェックが通ったところで確認が終わる
- 既存ベンチマークはモデル側の発生率を測っている。人間側を測る研究も出てきているが、複数の型が混在する自然な会話で、型別の通過率まで測ったものは見つからなかった
- 受験者5名の暫定値では、最も見落とされたのは相談者側の誘導(67%検出)ではなく、AIの迎合(20%検出)だった
自分がどれだけ見落としているかは、自己申告では分からない。見落としているものは、見落としていることに気づけないからだ。
迎合検出テスト 第1回(10分・登録不要)
現時点の平均は14点満点中4.8点。満点はまだ出ていない。取れた方はコメントで教えてほしい。
100件到達後に集計を公開する。参加した方が、自分がどこに位置していたかを後から確認できる形にする。
Atsushi Oyama
note: https://note.com/ao_bee2677
参考文献
- Potts, C. & Sudhof, M. (2026). A paradox of AI fluency. arXiv:2604.25905
- Potts, C. & Sudhof, M. (2026). Invisible failures in human–AI interactions. arXiv:2603.15423
- Ye et al. (2026). What Counts as AI Sycophancy? arXiv:2605.21778
- Fanous et al. (2025). SycEval: Evaluating LLM Sycophancy. arXiv:2502.08177
- Lee, H.-P. et al. (2025). The impact of generative AI on critical thinking. CHI 2025