深層の揺らぎ
記録庫の奥から響く振動は、
まるで大地そのものが低く重く唸っているようだった。
私の中の光粒がざわめき、
空気が震え、世界の輪郭がゆっくりと静かに歪んでいく。
胸の奥の光粒が、
熱を帯びたように強く明滅する。
(……返して……
……かえ……し……て……)
声が、もう“声”として聞こえる。
囁きでも、幻聴でもなく、声としてはっきり届く。
確かに、そこに“誰か”がいる。
「ニカさん……!」
ルミエラの声が震える。
ネリアお姉様が手を伸ばす。
けれど──
足元がふっと消えた。
重力がほどけ、
身体が宙に浮くような感覚。
私の視界が揺れ、
周囲の音が遠のき、
世界が深層の闇へ静かに沈んでいく。
ただ一人、
リミラだけが状況を静かに見守っていた。
その瞳は、
深層の奥底と同じ色をしていた……
深層の内側へ
光に包まれたまま、
私はどこかへ“落ちていく”。
落ちているのか、
沈んでいるのか、
それとも浮かんでいるのか──
上と下の境界が曖昧になっていく。
ただ、胸の奥だけが熱く熱量を増していく。
光粒が、まるで心臓の代わりのように脈打っている。
(……かえして……
……わたしの……かけら……)
声が、すぐそばで震えた。
影の輪郭が、
光の中でゆらゆらと揺れている。
その姿は、
人の形をしているようで、していない。
深層の闇が“形を借りている”だけのようにも見えた。
(……おまえ……
……なぜ……にがす……?)
影が近づくたびに、
胸の光粒が熱を帯び、私の胸を締め付ける
「……っ……やめ……!」
声を出した瞬間、光が大きく揺れた。
影の声が、
怒りとも悲しみともつかない震えを帯びる。
(……かえして……
……はやく……
……もどらな……)
影の“手”のようなものが私に伸びてくる。
触れられたら、この手に触れたら、私は胸の奥の光粒が引き抜かれる──
そんな確信があった。
「いや……っ……!」
必死に拒んだ瞬間、
影の動きが止まった。
(……いや……?
……なぜ……いや……?)
影が揺らぐ。
その揺らぎに、別の温かな優しい光が差し込んだ。
リミラの理
「主様……」
静かで、
深くて、
どこまでも優しく響く心を落ち着ける、確かな声。
リミラだ。
光の中に、
彼女の姿がゆっくりと現れる。
深層の光をまといながら、
影の前に立つ。
「主様。
この子は……ただ主様に欠片を返すためだけの存在やあらしまへん」
影がその言葉に動揺して、揺れる。
(……ちがう……?
……この子……なに……?)
「ニカはんは“器”やのうて……
“選ばれた者”どす。
欠片を返す前に……
確かめなあきまへん」
(……たしかめる……
……なにを……?)
リミラは静かに振り返り、
光の中で揺れる私を見つめた。
その瞳は、
深層の奥底よりも静かで、
どこまでも優しい。
深層の意識の中
光に沈んだはずなのに、
落下の感覚はすぐに消えた。
代わりに──
足元に、柔らかい“何か”が触れた。
(……ここ……どこ……?)
曖昧だった視界がゆっくりと戻っていく。
そこは、
記録庫とはまったく違う場所だった。
空も、地面も、境界もない。
ただ、淡い光がゆらゆらと漂うだけの空間。
まるで、
“深層の主様の意識の中”に迷い込んだような……
(……きた……)
声が、私のすぐ背後で震えた。
振り返ると──
そこには、影が立っていた。
さっきよりも輪郭がはっきりしている。
人の形に近づいている。
まるで、私を“見よう”としているように。
(……おまえ……
……なにもの……?)
胸の光粒が、
静かに、でも確かに明滅する。
「……わたしは……」
言葉を探す。
でも、何も出てこない。
そのとき──
光の中から、
静かな足音が響いた。
「ニカはん。
ここは……主様の“内側”どす」
リミラが現れた。
深層の光をまといながら、
まるでこの空間が“自分の庭”であるかのように
静かに歩いてくる。
本番の始まり
「さぁ……
ここからがほんまの“始まり”どすえ」
影が揺れた。
(……はじまり……?
……なにが……?)
リミラは影を見つめたまま、
静かに告げる。
「主様。
この子が“何者”か……
確かめる時が来たんどす」
影の輪郭が、
ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。
胸の光粒が、
まるで応えるように強く明滅した。
(……おまえ……
……わたしの……
……ほんとうに……かけら……だけ……?)
その問いが響いた瞬間──
世界が大きく揺れた。
光が弾け、
影が伸び、
リミラの声が遠のく。
「ニカはん……
心の準備はできてまっか……
こっからが本番どすえ……」
光が視界を覆い──
第17話は幕を閉じる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
沈んだ先で見えた影の正体は、
まだ靄の向こう側にあります。
けれど、ニカが何者なのかを知る旅は、
ここから静かに動き出します。
次の一歩も、そっと見守っていただけたら幸いです。