自分をねぎらう、日記を書くという行為
私事で恐縮なのですが、最近、久しぶりに日記を書いたのです。
「今日やったタスク」など、メモ程度にはいつも残していたのですが、ちゃんと、日記を書いたのですね。読者の方にとってみたら、「そうですか」としか言いようがないと思うのですが、何か本当に、久しぶりだったのです。半年ぶりぐらい。
何か特別なことがあったから、久しぶりに日記を書いたわけではなくて、今週の土日にやったことや、二か月の期間をかけて執筆してきた2025年下半期占いが公開されて、これまで大変だったことなど、まぁ、他愛もない内容でした。
でも、自分の中で何かピーンとくるものがあって、「日記、書かなきゃ!」と思い立ったのですね。そして今回、この「ピーン!」ときた感覚について、「もしよければ、このコラムを読んでくださっている方と共有し合いたい」と、けっこう強く願ったのです。
まず、「日記を書く」って、それなりに労力がかかる行為です。
「日記を書く」って、スマホやパソコンなど、デジタルな機器を使って書いている人もいらっしゃると思うのですが、僕は、昔から、ノートとペンを使って、日記を書いています。
ただ、どのツールを使っていたとしても、「日記を書く」って、まぁまぁハードルが高い習慣だとも感じています。
そもそも、「自分がやったことや、考えたことについて、わざわざ自分の記録のためだけに日記をつける」という行為そのものをやらないタイプの人もいるでしょうし、「日記を、どこに保管するか」みたいな問題も出てきてしまうのですね。
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