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浄土三部経 上: 無量寿経 (岩波文庫 青 306-1)
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- 本の長さ380ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1990/8/16
- ISBN-104003330617
- ISBN-13978-4003330616
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店
- 発売日 : 1990/8/16
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 380ページ
- ISBN-10 : 4003330617
- ISBN-13 : 978-4003330616
- 商品の重量 : 1 g
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著者について

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1912~1999。東京大学印度哲学梵文学科卒業。インド哲学者、仏教学者。東京大学名誉教授、日本学士院会員。専攻はインド哲学・仏教学。勲一等瑞宝章、文化勲章、紫綬褒章受章(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 バウッダ[佛教] (ISBN-13: 978-4062919739 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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日本からのトップレビュー
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南無阿弥陀仏…。
2023年10月28日に日本でレビュー済み『浄土三部経』上下巻を通しての感想。
上巻が『無量寿経』、下巻が『観無量寿経』と『阿弥陀経』を収録。
いずれの「経」も和訳、漢訳、漢文読み下しが掲載されており、ことさら他書を手引きとせずに読み通すことができる。
上巻「まえがき」において、
《仏教諸経典のうちで日本人一般の心に最も深く感化を及ぼしたものは、恐らく浄土三部経であろう。》
との前提から、
《かなり多くの日本人に認められる謙虚で誠実な心情は浄土教とは無関係ではないであろう。》
と規定している。そのうえで、
《日本の浄土教では「南無阿弥陀仏」とお念仏をとなえるということは、誰でも知っているが、しかしその根本経典にはいったい何が説かれているのかということは、案外知られていない。》
とのことを踏まえて読めば、一層具体的に観えてくるものもあろうかと思われる。
しかしながら、梵文(サンスクリット語)からの和訳(『観無量寿経』のみ梵文が未発見のため漢文和訳)は、あまりに修辞が多く非常にくどくどしいので、かえって漢文読み下しの方が読みやすいという顛倒も起きている。
これも経典という性質上から仕方ないようではあるが、和訳を一読しただけでは全体像をつかむのは困難なため、もうひとつ前段階として、別途おおよその「あらすじ」記述のようなものが欲しいところか。
一方で、註釈については非常に行き届いている印象だ。
また、下巻末の「解説」も一読の価値があり、
《日本の浄土教においては、信、信仰、信心が非常に重要なことがらとされているが、浄土経典は、必ずしも熱烈な信仰の絶対性を明らかに説いていない。[中略]説いているのは、無量寿仏を念じ、その名を聞くならば、その不思議な力によって、衆生が極楽世界に生まれることができるということである。したがって、原始浄土教の説く信仰は、排他的なものではない。他の信仰を許容するものである。》
という指摘は興味深い。加えて、
《阿弥陀仏の「名号」ということが、日本の浄土教では、非常にやかましく論議されるが、最初の意味はそんな難しいものではなかった。》
との点も読む側として是非押さえておきたいところであるかもしれない。
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広い知識が必要な労作です。
2012年7月2日に日本でレビュー済み浄土真宗で育ってきました。法事の度に般若心経、無量寿経、・・・などを門前の小僧で読経し、眺めてきましたが、この本を読めば読むほど奥深いことが判ります。神、如来、釈迦の解くところには、当時の自然環境や、社会環境(身分制度、住家、装飾等々)などに影響されている処がありますが、先達がそれなりに思索を巡らして居られたことも良くわかります。社会生活を営む上で大切なことが書かれていますが、宇宙の起源と果て、(人間?)世界の始めと終わりについて先人の思索の中に何か手掛りは無いかと探してみましたが、未だ不明です。現世の人間には思い描くこともできない世界なのかも知れません。
前半の(意)訳と後半の原文解説のマッチングが難しいところが多々あります。訳者の深い知見による訳があってこそ意味が理解できるようになるのでしょうが、読んでいて有難く頭に残るのは原文です。原文とその対訳がもう少し判りやすければ良かったかなと思います。(原文の訳と訳者の追加説明・挿入訳部分の仕分け)
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きれいな商品で喜んでいます
2022年5月10日に日本でレビュー済み昨日商品が届きました。想像していた以上にきれいな商品で大変喜んでいます。
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味わいが、違う感じがする。
2022年12月28日に日本でレビュー済み多角的にみるには、良いと思います。
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浄土とは何か
2020年2月2日に日本でレビュー済み元々原始仏教に興味があり,中村元先生の書籍を読むようになった.今回は初期大乗経典の一つと言われる『無量寿経』に手を伸ばしてみた.本書には「梵語和訳」と「漢語書き下し」が掲載されているが,私は専門家ではないので梵語和訳とその訳注のみ読み,漢語書き下しには目を通していない.
原始仏教とは「釈尊その人が残した言葉を後世の弟子達が記述したもの」と思っていたのだが,学術的には「釈尊入寂後100年までの仏教」を言うらしい.そして初期大乗経典というのは,紀元後1〜2世紀に成立した仏典を言うようである.釈尊の入寂年代から勘案すると,初期大乗経典は少なめに見ても入寂より400年以上後に成立していることになろう.
上記時間的因果関係から,無量寿経を「釈尊その人が残した言葉」と考えるのは,私にとってはかなり難しい.無責任なことは言えないが,仏教が中国に伝わる経過で書かれた後世の創作と考える方がすんなり頭に入る.ただし「釈尊その人が残した言葉」であろうが,後世の仏教徒達が残した書籍であろうが,本書が仏典であることには変わりない.個人的には,その寛容さも仏教の魅力の一つであると感じる.
本書に述べられている無量寿・無量光如来が作る浄土の世界観は,ある時代・ある場所での仏教徒達が真剣に考えたものと信じる.いつものことながら中村元先生の素晴らしい訳と素人にも分かる詳細な注釈のおかげで,浄土の概念を掴めた気がする.浄土に興味のある人が手に取って損することは無いと思う.残りの浄土三部経も読んでみたくなりました.
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お経は意味を理解することが大切
2017年7月3日に日本でレビュー済み我が家は実家も嫁ぎ先も浄土宗です。信心深かった両親の影響で総本山知恩院の「勤行式」を仏壇の前で毎日おつとめしています。
一般的に短いお経ですので、経本はいりませんでしたが、私に優しかった義父を亡くしてからは、毎日のおつとめのほかに「阿弥陀経」を一年かけて覚え、日々読経をしています。
浄土宗はいわゆる「浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)」をよりどころとしていますので、この際、全部を学習(修行)してみたいと思い立ち、京都の知恩院が宗祖法然上人の800年大遠忌を記念して浄土三部経の『教典付きCD六枚』を販売していましたので、購入しました。
今の私の力で、全部読誦すれば、軽く5時間は掛かると思います。そんなに長いお経を覚えることはできないと思っていますが、付属の経本を見ながら読経すれば、なんとかあげることができます。
それも、一度に全部ではなく「章」単位で小分けして一週間で一通りあげられました。
両親は常々「お経はただ上げるだけでは有り難さが伝わらない。意味を知ることが大切」と申しておりました。
そのことから、最もわかりやすいと思われる参考(指導)本を探していましたら、この本に目がとまり、即購入しました。
中でも気に入ったのは、最初に著者が現代用語に直して物語風の説法に翻訳されていること。
それから、次の章はページの上段に「お経文」を全て列記し、その真下段にやや難しい訳文を記載されています。(前の物語風をしっかり読んでおけば一応の理解ができます。)
なおかつ、難しい文は注釈としてまとめています。ありがたい編集だと思います。
この上巻は「無量寿経」のみですが、私にとってこのお経がありがたいのは「往生した後に会いたい人(ペットも含む)に必ず会える」と言うことが説かれています。しかも現世の人も来世の人(人に限らず「生きとし生けるもの」の表現)たちにも瞬時に会えること。もし一人でもこのことが叶えられなかったら、私(阿弥陀如来様)は仏とはならないとお約束しています。これはほんの一部に過ぎませんがこれだけでもありがたく思います。
読めば読むほどありがたさは身に染みて、これらの意味を真心込めて経本で読誦することに喜びを感じています。
三部経は一週間かけて、続週もまた新たな気持ちであげるように努めています。下巻も含めて良い本に巡り会いました。
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ご迷惑をおかけいたしましたが、無事着きました。
2015年12月4日に日本でレビュー済み身勝手な注文で大変ご迷惑をおかけいたしました。保存も良く、もったいない気持ちも致しましたが、ありがとうございます。
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< 幸あるところの美しい光景 >
2017年2月3日に日本でレビュー済みインド最大の強国マガダ国の首都ラージャグリハ。「鷲の峰」と呼称される峡頂きに、三
万二千人もの修行僧が集まった。長老、大弟子、マイトレーヤ(弥勒)を先導者とする求
道者たちである。そのなかで一人、若いアーナンダ(阿難)が「師」に問いかけるには、
一切世間の師である人々が「如来」のように輝かしく生気に満ちているのは、「覚った人の
境地に住み、正しく目覚めたひとたちのことを思いつめていられる」からではないのか。
自らの判断力をもってそう理解したと言った。
師は感嘆をもってこれを聞き、ならばなぜ一切世間の師が出現するのかを説き始める。
過去、「無数、広大、無量、不可思議」の時分より代を重ねて数多の如来が世に出た。
きわめて優秀なダルマカーラ(法蔵)は、ローケーシヴァラ・ラーシャ如来(世自在王)
に合掌し、自ら一切の救い主である「仏」になること、「世間において比類のない如来」と
なれるように、仏国土のみごとな特徴や配置の完成をとりいれることができるように「最
上最良」の誓いをたてた。ローケーシヴァラ・ラーシャ如来はダルマカーラに向かい、仏
国土を具現する願いを「獅子吼」するごとく語りなさいと言った。
ダルマカーラは「この上ない正しい覚り」を得られんがための四十七の誓願を立てる。
誓願をしめくくるにあたり、高調した「仏」の威力をもって、ダルマカーラは誓願が達成
された暁に訪れるであろう仏国土の典麗を詩句で表現した。やがて「民衆と神々、人間
とアスラを含む生けとし生ける者の前で求道者の行いを実行し、みごとに「完成成就」さ
せた。こうして「師」が説き終わると、アーナンダは「覚りを得たダルマカーラ」は死んで
しまったのかと聞き返す。「師」は言った。無量光如来と位置づけられ、「これより西の方
向の幸あるところ、無量光の仏国土に日を送り、法を説いておられる」。
さらに言うには、珠玉を散りばめた壮大な極楽浄土の世界を惜しみなく披露して、光背に
浴した無量寿仏の出現を讃えて止むことがない。無量寿如来の仏国土では「法を聞く修
行者や求道者」への栄典は言い尽くすことはできないほど素晴らしいが、ここで覚りに至
らぬ衆生に目を向け、人間一般の「五悪」を提起して気をひきしめる。衆愚の五つの「業」
を克服して求道者となれば、「幸あるところ」の広大な蓮花の蕚(うてな)「胎蔵」に住む
ことができるが、その過程で求道の道に迷い疑う者は、紅蓮花の中に「化生」して「両脚
を組んで安座出現」することは難しい。「諸々の事物に対して、塵や汚れを離れた清らかな
法の眼」を得んがためのイニシエーションである。達成された暁には、「地上に膝が没する
ほどのマンダラヴァの花がまき散らされ、神々や人間の諸々の楽器が奏でられ、歓呼の声
はアカニシタ天(色究竟天)の宮殿のところまで聞かれ知られた」と、師は淀みなくアーナン
ダに説き終わった。
14人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しください













