<連載 汚れた水 PFASを追う>②
東京・多摩地域のPFAS(ピーファス)汚染で、住民の血液検査が進められていた3月下旬、都庁第2本庁舎10階の会議室で取材に応じた都環境科学研究所(都環研)の主任研究員の西野貴裕(50)が、ある論文の記述を見つめた。
「飛行場排水B 67~410ナノグラム/リットル」
論文は、自身が2008年に執筆した。西野らは当時、多摩地域を流れる多摩川のPFAS濃度が高いことに着目し、汚染源を突き止めるため04年から調査をしていた。
「飛行場」とは一体、何を指すのか。西野は詳細を明かさなかったが、都関係者によると、米軍横田基地(福生市など)のことだったという。
つまり、横田基地の排水から高濃度のPFASを検出したということだ。都環研は、都の出資を受ける監理団体(当時)の一組織。既に15年前、横田基地がPFASの汚染源になっている可能性を把握していたことになる。
◆東京都水道局は05年から調査
結果的に汚染源は特定できたのか。そう尋ねると、西野は答えた。「地下の水脈はすごい複雑で…。情報をいろいろ収集したんですが、汚染源は結局分からなかった」
実は、都庁内で早くからPFASに注目し、調べてきたのは西野らだけではない。都水道局は05年から、水道水の取水源としていた井戸を対象に、PFAS濃度を調査。07年には、都福祉保健局も飲用井戸で調査を始めている。いずれも調査開始当初から高濃度のPFASが検出されている。
きっかけは2000年。PFAS生みの親の米化学メーカー「3M(スリーエム)」が、環境や生物への残留性が高い恐れがあることから、一部製造からの撤退を宣言した。米環境保護局は05年、「ヒトで発がん性がある可能性が高い」と報告した。
◆「毎日飲む水、何かあってからでは遅い」のはずが
PFASは泡消火剤だけでなく、調理器具や衣類を含め撥水 加工の製品に使われ、日常生活に欠かせなくなっていた。当時の都の関係者は「毎日飲む水に、何かあってからでは遅い。データを取っていくべきだと考えた」と振り返る。
だが、危機感は長く続かなかった。国が10年にPFASの一部について国内での製造・販売を禁止すると、都福祉保健局は「今後減少していく傾向がある」と14年に調査を中断。15年には、西野らの研究も終了した。都水道局はその間も調査を続けたが、当時の都幹部の多くは「話題になることはほとんどなかった」と話す。
◆急展開、大量漏出が判明
数年後、事態...
残り 1041/2082 文字
この記事は会員限定です。
- 有料会員に登録すると
- 会員向け記事が読み放題
- 記事にコメントが書ける
- 紙面ビューアーが読める(プレミアム会員)
※宅配(紙)をご購読されている方は、お得な宅配プレミアムプラン(紙の購読料+300円)がオススメです。
カテゴリーをフォローする
おすすめ情報
コメントを書く
有料デジタル会員に登録してコメントを書く。(既に会員の方)ログインする。