はじめによんでください

批判の時代:医療人類学の制度的誕生

The Age of Criticism: The Institutional Creation of Medical Anthropology

Anti-cholera Inocution in Caltutta in March 1894

Anti-cholera Inocution in Caltutta in March 1894, Simpson, W. J. (William John), Sir, 1855-1931.

池田光穂

4.  批判の時代:The Age of Criticism

4.3  医療人類学の制度的誕生:The Institutional Creation of Medical Anthropology

ここまで応用医療人類学の「歴史」 を述べてきた来たようだが、じつはそれらの諸活動はそれまで医療人類学とはみなされていなかった。なぜ なら「医療人類学」という学問の名称がなかったからである。しかし、ここで「医療人類学」という学術用語の発生について論じるつもりはない。早いものでな ら1959年に論文タイトルとして医療人類学という言葉が初出するが、科学社会学的に言えば1960年代中頃においてさえ医療人類学の教科書、学会、専門 雑誌は存在しなかった。つまりそのようなパラダイムはまだ登場していなかったのだ。

米国の医療人類学会は、(1)健康と病気とヘルスケアに関連した人類学研究を促進し、(2)研究成果を報告しそれを伝え、(3)そのよう な活動にする/しようとする人たちを教育する、という3つの目的をもって1968年に創設された(Weidman 1986)。米国において医療人類学学会が成立した背景には、すでにこの領域で研究調査する研究者の数が存在したこと、またそれに見合う医療人類学者ない しは類似の研究者が常勤ないしは非常勤の仕事につけた、あるいは医療人類学への需要が存在した、そして、専門の学会を形成する人びとの意識があったからで あろう。最後の「意識」は検証しにくいが、今まで述べてきたように米国では応用人類学の伝統があり、積極的に行政などに関与することに抵抗が少なかったか らだろう。この時期は応用人類学において、援助の官僚組織そのものも相対化しようとする新しい流れである新・応用人類学(new applied anthropology)も登場し、現実に関与する多様な視点が登場しようとしていた。医療を外側から眺めて研究する(anthropology of medicine)のではなく、医療の中に入って実践を通して研究する(anthropology in medicine)ということが正当化され、両者の間での盛んな交流が開始された。そのため米国の医療人類学会は70年代の初頭までに急成長をとげる (McElroy 1986)。




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★ クレジット:「健康の開発」史——医療援助と応用人類 学、文学部論叢(地域科学編),第49号,pp.41-72, 熊本大学文学会,1996年2月

リ ンク

引用参考文献

クレジット:「健康の開発」史——医療援 助と応用人類 学、文学部論叢(地域科学編),第49号,pp.41-72, 熊本大学文学会,1996年2月

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