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現代左翼の戦い方:グローバル資本主義とリベラルデモクラシーに抗して

The Strategies of the Contemporary New Left

池田光穂

★グローバル資本主義とはなにか?

While the idea of international capitalism has been part of political economy and related disciplines for more than a century, the concept of global capitalism is of more recent origin. Despite the fact that many scholars have used the terms interchangeably, one consequence of the popularity of the concept of globalization in the 1990s was the increasing force of the argument for a firm distinction between the terms. International capitalism has generally been conceptualized in state-centrist terms, focused mainly on how national capitalists based in competing national economies and working through national companies operated across borders. The distinctive concept of global capitalism takes its departure from the idea of a global economy dominated by globalizing corporations and those who own and control them, and those who serve their interests. The article traces the development of the concept of global capitalism since the 1960s from the transitional idea of capitalist world-economy through several attempts to establish a genuinely global conception of capitalism not grounded in national economies and societies. Resistance to global capitalism is analyzed in terms of the class polarization and ecological crises inherent in the system.
「国際資本主義[international capitalism]」という概念は、1世紀以上にわたり政治経済学や関連分野の一部として存在してきたが、「グローバル資本主義[global capitalism]」 という概念は比較的最近になって登場したものである。多くの学者がこれらの用語を同義語として用いてきたにもかかわらず、1990年代に「グローバル化」 という概念が広く普及した結果、両者の用語を明確に区別すべきだという主張がますます強まった。国際資本主義は、一般的に国家中心主義的な観点から概念化 されており、主に、競合する各国の経済を拠点とし、国内企業を通じて活動する各国の資本家たちが、国境を越えてどのように事業を展開したかに焦点が当てら れてきた。これに対し、グローバル資本主義という独自の概念は、グローバル化を進める企業や、それらを所有・支配する者、そして彼らの利益に奉仕する者た ちによって支配される世界経済という考え方を起点としている。本稿では、1960年代以降のグローバル・キャピタリズムという概念の展開を、資本主義的世 界経済という過渡的な考えから、国家経済や社会に根ざさない真にグローバルな資本主義の概念を確立しようとするいくつかの試みを通じて追跡する。また、グ ローバル・キャピタリズムに対する抵抗については、このシステムに内在する階級的分極化や生態学的危機という観点から分析する。
https://www.sciencedirect.com/topics/computer-science/global-capitalism


☆グローバル資本主義と(政治とその補完物である)リベラルデモクラシー(の全面的ヘゲモニー)に対して現代の左翼の戦い方の8つの戦略(ジジェク 2010:504506)

1
グローバル資本主義と(政治とその補完物である)リベラルデモクラシー(の全面的ヘゲモニー)の枠組みを完全に受け入れる。解放をめざす戦いはこの支配の枠組みのなかで続けるべきだ。 社会民主主義
2.
基本的にこの枠組みを受け入れるが、その支配が及ばないところに退き、その隙間から抵抗を試みる
サイモン・クリッチリー
3.
闘争はすべて無益である。支配の枠組みは、対立するものの中にも含みこまれている(強制収容所、終わらない非常事態[ =継続する非常事態])。したがって、実際に私たちはなにもできず、神的暴力の暴発を待つしかない。
神のみが我々を救えるというハイデガーの革命版、ジョルジョ・アガンベン、後期アドルノ
4.
闘争は当面無益である。グローバルな労働者階級のなかに革命的精神が再生するまで待とう。そのあいだは、権力者に無理難題をふきかけ、福祉国家が実現しているものを守り抜く。あるいは、カルスタに撤退して、おとなしく批判作業をつづける。

5.
問題はより根本的である。テクノロジーあるいは道具的理性の原理は存在論のレベルですでにあり、これが存在的な帰結がグローバル資本主義である

6.
グ ローバル資本主義と(リベラルデモクラシーがつくりあげる)国家権力は掘り崩すことができる。ただし、直接攻撃ではなく、新しい世界の構築のために、日常 的実践の場に戦いの場を移すべきである。国家と資本を支える土台は掘り崩されていき、国家はふらふらして崖から落ちる。
・アルドゥーロ・エスコバールのデザイン論;サパティスタとそれを支える運動
7.
反資本主義闘争から、さまざまな形態の政治イデオロギー的ヘゲモニー闘争へと、状況をポストモダン化する。この枠組みでは、ヘゲモニー闘争は、言説による再分節化の偶発的なプロセスとして概念化される。
・エルネスト・ラクラウ
8.
ポ ストモダンの水準で、古典的マルクス主義の身振りを反復する。そうして、資本主義が規定的に否定できることを賭ける(=信じて闘争を開始する)。情報産業 が認知労働を必要として、増加していることがが、社会的生産力と資本主義的生産関係の矛盾が極点まで達するときに、絶対民主主義(=プロレタリア独裁?) が実現可能になる、というレーニン主義の焼き直し。
・マイケル・ハートとアントニオ・ネグリ






グ ローバル資本主義そしてリベラル民主主義に支配され、高度資本主義の加速する現代にあって、その潮流に抗する真のラディカリストは如何に考え闘争すべきか —フランス大革命、ボルシェヴィキのロシア革命、毛沢東の文化大革命が、人類の普遍原理を追求し、大流血と恐怖政治の悲惨な結末に終息したのはなぜか。ハ イデガーとナチズム、フーコーのイラン革命も視野に、裏切られた革命の数々の検証から、反資本主義闘争にとっての火急の要請を根源から問い直す、画期的な 理論成る。

序 大義が語れば、ローマは終わる

第1部 現状(無調の世界における幸福と拷問;イデオロギーの家族神話 ほか)

第2部 過去の教訓(ロベスピエールから毛沢東にいたる革命的恐怖政治;スターリン主義再訪、あるいは、スターリンはいかにして人間の人間性を救ったか ほか)

第3部 なにをなすべきか?(規定的否定の危機;アラン・バディウ、あるいは差し引くという暴力 ほか)

リ ンク

文 献

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CC

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