Definition of スイアブ in the Japanese dictionary
Suuab 【Suyab】 Oasis city located in the northern base of the Central Asia, the western part of the Tian Shan Mountain Range, Chu River. It corresponds to Tokumak in the northern part of the Republic of Kyrgyz Republic. The place where Tang 's crushed tomb was put. [Supplementary] Write "Breeding leaves". スイアブ【Suyab】 中央アジア、天山山脈西部の北麓、チュー川河畔にあったオアシス都市。キルギス共和国北部のトクマク付近にあたる。唐の砕葉鎮の置かれた所。[補説]「砕葉」とも書く。
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10 JAPANESE BOOKS RELATING TO «スイアブ»
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スイアブ and brief extracts from same to provide context of its use in Japanese literature.
江上波夫 復することができ、中国とトルキスタンを結ぶ東西交易の幹線「シルクロード(絹の道)」が唐によの宗主権が確立されました。この西突厥平定に伴って、唐とソグディアナ諸国との服属関係も旧にスイアブ城を回復して、これによって西突厥の余衆は続々と ...
しかし同じころ、西部天山でもスイアブ地方に同じ系統に属する集団があらわれ、やがて山南のカシュガルやアクスにむかって強く働きかけはじめた。このように、タ 19 ム盆地にテュルク化の種子を蒔く導管が、ビシュパリクとスイアブとに開口していたことは、我我 ...
可汗は綠色の綾の上衣を湖岸伝いに西北に五百余里進んで、スイアブ城( ^ ! ? ! ^お 1 ^ま)に至り、突厥の菜護可汗(ぽ^お。)にとっナっャブグかぬ時でも- ( : 1 さ数丈の荒波が立っている。^飞さ)この湖の周囲は千四、五百里で、東西に長く南北は狭い。遠望する ...
目的を果した裴行俛はスイアブから帰国し,ペルシア王子はそこからペルシアへ戻ったがイスラム勢力のため国に入れず,吐火羅葉護のもとに身を寄せたという。〜〉この事件は,大食ナなわちアラビア勢力がまだ中国にとって切実な問題ではなかったことを示して ...
松田壽男, Matsuda Hisao Hakushi Koki Kinen Shuppan Iinkai, 松田壽男博士古稀記念出版委員会, 1975
... とコーカサス)を結ぶ文明の十字路であったことは,すでにロストフツ-フがくわしく述べているところである。 道と南道,スイアブ一タラスのオアシス このようにシルクロードは,いくすじかの重要な幹線— —たとえば西域の北 ある榇乱たる草花におおわれた都で...
... ウイイ河上流域を本拠としてキルギスが磐居し、六世紀以来モンゴリア,ズンガリアの遊牧 31 家の隣人として、ときけ、チュ I 河畔のスイアブやタラス河畔のタラスなどの都市も建設した。一方、カルルクの北方には、イ III セ 1 北アジア地域の歴史的展開二八 0.
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支那西域經綸史: 上 - 第 1 巻 - 99 ページ
... 寒さ^し-、雨量は極めて裏おに入る。から西北に流れてバ^カシ湖に入る。クラル河(さヒお. )はゥラル山脈南部の水を受けて南流し湖( ^ ^ 121 熱い湖の意)から溢れ出て西北方アシャクルといふ湖に注ぐ。伊犁河は我が新疆統一する〕は北: :碎葉〔スイアブ 8 三!
一方、天山北路からの道は、イリ(伊^ )から西行して、イツシクリクル(熱海)の北辺でアラタウ山脈を横切り、アルマリアタ、トクマク(スイアブ、素〈&〉葉)、タラス( ^羅斯)、チムケントなどのオアシスを通過した後、南下してタシュケント(シヤシュ、者舌、锗時、拠支、石 ...
9
文明の「血液」: 貨幣から見た世界史 - 104 ページ
5 ノこれらのル I トを通じ珍奇な奢侈品は中国に流入しており、そのため『塩鉄論』は「力耕第一」に三は「南海路」で、番禺(広州)を起点に海路で南海に及び、はては西アジアに至るル—トである。が「漠島路」で、天山南路のオアシス国家を結んで、スイアブから ...
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井上靖歴史紀行文集 - 第 3 巻 - 106 ページ
山の斜面などに高塚古墳が発見されているが、これは塞、さいうそんばんきょチュ—川は古くはスイアブと呼ばれ、中国の史書には素葉水また砕葉水の名で現われて来る。この地方はそょうすいさいょうすいろであるか、一応過去の歴史を振返ってみょう。